最終章
うんち出雲
出雲という土地は思っていた以上に僕の肌に合わなかった。いつ見ても代り映えの無い曇天、田舎なのに自然も無くチェーンストアだけが乱立する街並み、選挙の度に当選する自民党、車線減少に2キロ以上手前から備える自動車。至るところに保守性が顔を覗かせ、排他性と慣習に常に監視されているようであった。走行する車のナンバープレートに書いてある島根の文字が、遠くから見ると男根に見えることくらいしか面白いことは無かった。ドストエフスキーに言わせれば僕は人生の謎を解く力の無い者という事になるであろう。
僕が君を思い出すのは、本当に好きだからなのか、それとも今の日々が楽しくないから思い出すのでしょうか。出雲に来て一週間、『線香花火』を口ずさみながらマミちゃんを思い出す。ハルカちゃんとは濃厚な別れ方をしたものの、一番関わりの深かった筈のマミちゃんとの別れは実にあっさりとしたものだった。わざわざ長期休暇の中日に、僕の見送りに来てくれたものの、職場の面々と共に声を掛けてくれただけで、何一つ特別なことはしなかった。僕の方は数日前から彼女との別れを実感し、一つ一つ彼女との思い出に浸りながら別れの言葉を編んでいたのに、彼女にとっての僕はただの同僚であったようだ。一応ハルカちゃん同様マミちゃんにもお別れのハグを申し込んでみたが、南米人の挨拶よりもあっさりとした、言うなれば超フレンチハグをするに留まった。一体お弁当を作ってくれていたのは何だったのであろうか。手を握ってくれた夜は何だったのであろうか。出会い系サイトで一時代を築いた僕も、アズサちゃん、ハルカちゃん戦での連敗とマミちゃんから告げられた余りに簡素過ぎる別れの言葉に自信を無くし、アメフト男にマミちゃんを奪われた日の精神状態に戻りつつあった。結局性交渉を経なければ異性の心を留め置くことはできないのだ。性交渉だけの接点であったのに涙ながらに別れを悲しんでくれたアミちゃんと、性交渉以外の全てを共にした筈なのに簡素に別れを告げて来たマミちゃんを比較し改めて噛みしめる。僕の顔を見ることが無くなれば、存在すら忘れてしまうかも知れない。あんなにも可憐で、健気で、優雅で、爛漫で、奔放で、明朗で、純粋で、優しくて、魅力的な彼女に忘れ去られるのだ。僕に性的魅力が、性的魅力だけが無かったせいで、彼女の中から僕という存在が無くなってしまうのだ。誰かの記憶に自分を留めたいと思った事はそう多く無いが、マミちゃんの中にはずっと僕の存在が、彼女に恋をした僕という存在が生き続けて欲しかったものである。彼女の中に残るのは僕の精神では無く、アメフト男の肉体なのである。窓の外には雪が降る。静かに白く染まる街並みは空っぽになってしまった僕の心を映しているようだった。
ガシャン。玄関のポストに郵便物が入る音がした。引っ越したばかりだしどうせ下らない宣伝物であろうが、やることも無いので目を通してみようか。デリバリーのチラシなら今日の夜はそれを頼もう。そう思いポストに足を運ぶと、そこにはマミちゃんからの手紙が入っていた。ポストの前で急いで中身を開ける。
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