パイ山公園覚えてる?
研修の二ヶ月後、連休を貰った僕は神戸への帰省がてらアズサちゃんとデートすることにした。久々の実践である。出会い系で学んだ事で同期相手に転用できる技術はほんの僅かであり、マミちゃんの時に比べて成長している気は毫もしなかったが、アズサちゃんに会える好機を逸する訳にはいかなかった。
当日の待ち合わせ場所は三ノ宮であった。暫く見ないうちに愛しのパイ山公園は消え去り、その他も大分様変わりはしていたが、やはり神戸はいい街である。人は多いものの喧騒を感じさせず、どこか気品を保っている。そして何より歩くのに適した町なのである。商店街を通りながら三ノ宮駅からハーバーランドに向かって歩く。近代化された都市部を抜け、中華街のシュウマイで舌鼓を打ち、古くから神戸に根付く人々が営む店を巡り、最後は日本で最も完成されたデートスポットであるハーバーランドで海を眺める。また逆方向に歩けば、海沿いの景色を堪能しつつ兵庫県立美術館にも行ける。自然以外の僕の求めるもの全てが見られる町だ。将来定住するなら、農業と狩猟を同時に味わえる田舎か、神戸と僕は決めていた。
三ノ宮付近のあれやこれやの場所にアズサちゃんを連れていく妄想をしていた僕だったが、今日はそんな時間的余裕は無かった。飲食店はコロナの影響で九時に閉まる。今から約三時間後だ。そしてその後は、あらかじめ二次会を想定して予約しておいた少し高めのビジネスホテルで数時間、あわよくば一晩をアズサちゃんと共に過ごすのだ。エロはリサーチ力から生まれるという友人のアドバイスに忠実に従い、予約した飲食店とホテルの距離は300mしか離れていない。今日のデートプランには距離も抜かりも無かった。アズサちゃんに次の日の予定が無いことは既に把握済である。今日の結果は完全に僕の実力次第で決まるのだ。なんとしてでもアズサちゃんと床を共にする。僕がここまで体を重ねることにこだわっているのは、何も有り余る性欲を抑えられないからでは無い。好色に生きるアズサちゃんという人間を深く理解する為にはセックスは避けて通れない、そんな気がしていたのだ。
「マコトちゃん久しぶり!」
アズサちゃんが小走りでやって来た。アズサちゃんはメッセージの文面で僕の事を「マコトちゃん」と呼んでいたが、現実世界でも呼んでくれるとは光栄だ。入社までは女性に下の名前で呼ばれる事すら無かった、いや、女性に名前を呼ばれる事すらなった僕も随分と隅に置けない存在になったものである。今の僕なら百戦錬磨のアズサちゃん相手でも渡り合えるかもしれない。
「生でもちゃんづけで呼んでくれるのええな。」
「いちいちそういうの言ってくるあたりマコトちゃん童貞臭いよな。」
初っ端から舐められてしまったが、童貞臭さは僕を守る鎧でもあった。僕は今までの性行為中の動きが同期相手に通用するとは思えなかった。下手に経験がある雰囲気を醸し出してしまえば、いざアズサちゃんと性行為をするとなった時に、余りの受け身さに幻滅させてしまうことであろう。その点、経験がほぼ無いように装っておけば、性行為中の動きに対するハードルが下がるので安心である。僕は何故か性行為をすることを前提に動いていたのだ。杞憂とは正にこのことである。
アズサちゃんとの初デートに選んだのは焼肉屋であった。満腹は睡魔を呼び寄せる。下戸の僕がアズサちゃんに、次のホテルで泊まる口実を与えるには焼肉屋以外の選択肢は無かった。ボーナスが多めに出たことも幸いして、社会人のデートに相応しい焼肉屋を取ることができた。ここからプラン通りに事を運べるかが勝負である。
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