きんにくん
三日目からはフレームワークの講義だ。フレームワークを学ぶ、そのフレームワークを利用して与えられた問題をチームで解決する、を繰り返す内容であった。余程頭の悪い人間が考えたのであろう。フレームワークを学ぶというプログラム自体もそうだが、学んだフレームワークを使うのには適さない問題が幾問か出題されているのであった。僕はブレインストーミングで列挙した問題点を、ロジックツリーを用いて整理するという破茶滅茶な問題に取り組むチームメイト達に設問自体の誤りを気付かせる為、ソクラテスのように空とぼけをしながら何度も茶々を入れたが、その度に議論を阻害する邪魔者のような扱いを受けるのであった。講義終了後バター健が
「今日無茶苦茶頭使ったな。」
と僕を除いたチームメイトに満足気に問いかけると、彼らは同意した。こいつらは鳥である。鳥は生まれて初めて目にした物を親だと思いこむ習性があるというが、こいつらも生まれて初めて出会うアカデミズムらしき物を、アカデミズムだと思い込んでいるのである。だから鳥だけに講師の話を鵜呑みにし、与えられたレールの上を走っただけなのに、知的生産性のある作業をした気になっているのだ。
そして最終日にはこの研修を締めくくるにふさわしいプログラムが用意されていた。色紙に筆ペンでこれからの抱負を一言で記し、それを皆の前で発表するのである。僕がいくら頭を捻ったところで、こんな気持ちが悪いプログラムは思い浮かばないであろう。しかし、このプログラムは会社の評価さえ気にしなければ絶好の大喜利の機会でもあった。色紙という名のフリップまで渡されて、お膳立ては完璧である。例によって十分間の準備時間が与えられた後、睾丸を無くした者の会フォーメーションに移り、発表が始まった。皆「笑顔が絶えないお店に」だとか、「原点回帰」だとかそれらしい言葉を色紙に書き発表していた。折角の大喜利の機会を棒に振るタマ無しばかりである。中には筆ペンの扱いに自信が無かったのか、色紙の裏に下書きをしている奴もいた。殊勝なことである。
やっと僕に出番が回って来た。実を言うと僕はフリップにこの言葉を書いた時から笑いが止まらなかった。皆真面目にやっているし、本部の人間達も見ている絶対にふざけてはいけない状況であることも、僕の笑いを加速させており、最早堪えるのも限界まで来ていた。やっと発表が出来る。僕は裏に「一生懸命」と書いてあるフリップを反転させながら決意表明した。僕は芸が細かいのである。
「僕の抱負は『パワー』です。」
マンキンできんにくんのモノマネをしながら色紙を出したが、笑っていたのは二、三人であった。阪神時代の大和くらいの打率である。結果は不本意であったが自分らしいスイングが出来たと満足し、僕は席に座った。結局その後も無難な発表が続き、最終的にこのプログラムを大喜利として捉えていたのは、僕を含め二人だけであった。因みにもう一人の回答は「ファミリー」だ。どちらも滑っていたが、僅差で僕の方がウケていたと信じたい。この男と熱い握手を交わし、連絡先を交換したことだけが僕のこの研修の収穫であろう。
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