魔王殺しの竜騎士

鷹山誠一/小鳥遊真

prologue

 地平線まで続く広大なる草原は、人や竜、そして魔族の死体に埋め尽くされていた。




 普段ならば草木の匂いが薫る風も、今や運んでくるのは血臭と戦士たちの鬨の声でしかない。


 立ち昇る爆煙を突き抜けて、赤き竜が大地を駆ける。


 眼前に差し迫る凶悪な顎に、魔王の顔が驚愕に歪み――




「がぁっ!?」




 全身に突き立てられる牙に苦悶の声をあげた。


 次いで放たれるファイヤーブレス。火竜最大の攻撃であったが、さすがは最強たる魔王である。全身を灼熱の業火に包まれつつも、その双眸に宿る敵意はいささかも衰えない。




「魔王モルドレッド! 覚悟っ!」




 なお畳みかけるように、燃えるような赤髪をたなびかせ、騎士が剣を片手に竜の背を駆ける。


 魔王は慌てて火竜の上顎を掴み、力づくで拘束を振り解こうとする。


 しかし、鋼鉄すら噛み砕く竜の咬筋力の前にはさしもの魔王と言えど、そう容易く抜け出せるものではない。




 騎士の会心の一撃が閃き、魔王の首が大きく宙を舞う。


 人間が振るう剣など本来であれば魔王の鋼皮の前にあえなく弾かれるのが関の山だが、その剣には普通の金属とは違う紅い煌めきがあった。




 一拍遅れて、頭部を失った魔王の首からは噴水のように蒼い血が噴き出した。


 騎士は唇を一舐めして心を落ち着かせつつ、転がった魔王の首を見下ろす。そのすぐ背後で、火竜が魔王の肉体をくわえたまま、ズズンという地響きとともに地面に崩れ落ちる。先程の突進で全ての力を使い果たしたのだ。




「ガラハッド!?」




 騎士は慌てて愛騎のもとに駆け寄ろうとして、




「ふ、ふふふ、ふははははははははははははははは!」




 大気を振るわせ響き渡る魔王の哄笑に、慌てて魔王の首へと振り返る。




「……たまんねえな。首だけになって生きてるヤツは、初めて見たぜ」




 騎士が舌打ちするのももっともだった。


 首と胴を切り離されて生きていられる生命など本来いはしない。


 それは魔王とて決して例外ではない。


 だが、魔王は魔族の王であると同時に、『神』でもある。それが彼にわずかの猶予を与えていた。




「見事だ、竜騎士! だが……一人では逝かぬ! 貴様も道連れだっ!」




 カッと魔王の双眸が、妖しく金色に輝く。


 騎士は即座に剣を構えて魔王の攻撃に備えたが、『それ』が出現したのは騎士の足下だった。


 生まれたのは『闇』、夜の空のような何処までも何処までも続く深い『闇』だった。




「なっ、これは!?」




 魔王の首に意識を集中させていた騎士は、完全に意表を突かれる格好となった。


 それでも普段の彼ならば何とか対応できたのだろうが、今の彼は魔王との激戦で疲労の極致にある。ほんのわずかながら反応が遅れた。




 そしてその刹那の差が、致命的だった。


 底なし沼にはまったがごとく、『闇』から足が抜けない。


 ずぶずぶと、しかし確実に、騎士の身体は『闇』の中へと沈んでいく。咄嗟に傍の草木を掴み落下を防ごうとするも、それすら闇は呑みこんでいく。




 騎士の脳裏を、幾人かの人間の顔が代わる代わる浮かんでは消えていく。


 最後に現れたのは、




『絶対、帰ってきてくださいね……』




 そう目に涙の珠を浮かべながらも笑って送り出してくれた、最愛の少女の顔だった。


 愛騎と眼が合う。その瞳にあるのは驚愕と絶望。火竜は何とか主を救おうと這いずっていたが、到底間に合いそうもない。その健気さが、余計に騎士の心をさいなむ。




「ちっ、たまんねぇなぁ……」




 その言葉を最後に、騎士は闇の彼方へと消えた。


 主を失った火竜の慟哭が、死屍累々の平野に鳴り響く。




 それは一つの時代が終わり、新たな時代の始まりを告げるものだった。


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