11

「大きい仕事ですね。一度にこの人数を殺したのは初めてです」

 懐紙で血を拭っている。

「俺もだな」

 そこらに転がる薬莢を見た。

 地図を寄越したアドレスに「任務完了」とだけ記したメールを送る。

「いい組織だったんだろうな」

 整った生活環境。着衣は普通の水準のもの。互いをかばい合うようすは何度か目にした。最後のボスの仕草も印象的だ。

「それは、仕事に関係のないことです」

 そう言いつつも、茶々の表情は浮かない。

「嫌ですね。貴方と一緒にいるようになって、随分と人間になってしまった」

 刃に映った自らの表情に何を思ったのか。


 20:00。数多の死体を捨て置き、その場を立ち去った。

「そのバイク、なんて名前なんですか?」

 全く詳しくないが、ちょっと興味本位で聞いてみた。知っているような有名なメーカーの名前を聞けることを期待していた。

「鼠」

「鼠」

「…俺の相棒の名前だ」

 成程。そっちの名前か。思っていた回答と違ったなんてことは一切悟らせず、続ける。

「恰好いいですね。何か面白い機能とかあります?」

「…人を轢き殺せる」

「それ面白くないですよ」

 後ろに乗っかっている、人一人押し込めそうな大きさのトランクには、ボスが所持していた銃が入っていた。


「昨夜は上手くいったようだな」

 アドレスの相手、依頼主から呼び出され、またあの騒がしい「X」の部屋を訪れている。迷子にならなかったのは、本当に運び屋の技術のおかげだ。

「ええ。どうぞ」

 と、深く椅子に腰かけている「X」に膝をつき、銃を手渡す。適当に見た後、部下へ渡した。

「結構。契約をしてやろう」

「ありがとうございます」

 思っていたよりあっさりと事が進んだ。

「俺の命令に従う代わりに、{東京の地下}での生活の保障をしよう」

 付き人に渡されたナイフで親指を切る。私は自分の刀を使った。

「これで成立だ」


 茶々の後、俺とも同じ契約を結ばせた。

「これで、うちの組織の一員だ。歓迎しよう」

「どうも」

 血の付いた親指をハンカチで拭う。そのままにしていた茶々へそれに倣うように促した。

「この辺やゲート付近は俺たちが管理している。もううちの組織の奴らはお前たちの仲間だ。好きに関わればいい」

 反応はするが、そのつもりはない。

「依頼が来たアドレスが、うちの仕事を仕切ってる奴の連絡先だ。依頼を待っても、取りに行ってもいい」

 これに反応したのは茶々だ。

「じゃあお伝えください。人が足りない仕事や高難度の仕事は全て振って下さいと。新入りからの願いではなく{X}からの指示でお願いいたします」

「構わないが、きちんとこなせるのか?お嬢さん」

 挑発気味だ。彼女の仕事ころしを見ても子供扱いのようだ。

「ええ。私と彼で」

「…そうだな」

「ははっ、いいじゃないか。指示しておこう」

「ありがとうございます」

「X」との契約は、比較的和やかに終わった。


「お嬢さんとか失礼だと思いませんか?確かに若いですけど、殺しで食べてきた人に対しての物言いじゃないと思いません?」

「そうかもな」

「ですよねえ」

 やっぱり不満はあったようだ。

「なんで、殺し屋なんか始めたんだ」

 自分で発した言葉に、しまったと反省する。俺が運び屋になった理由なんて言いたくもないからだ。

「…すまない、忘れてくれ」

「いいですよ。他人の人生は気になるものです」

 本当に、達観しているように思う。

「偶々政府に拾われて、偶々殺しができただけです」

 この回答に、違和感を覚える。

「偶々殺しができて、政府に拾われたのではなく?」

「ええ」

「それは政府が殺し屋を育てているように聞こえるが」

「…あながち間違いじゃありません」

 濁した言い方の後の言葉を待ってみる。

「その辺の子供を買い集めてできたのが、特犯です」

 俺の、全く知らない話だった。


「金に困ったり、育児放棄したくなったりで子供を売りたいという親は少なくないんですよ。私の親もそうだったのでしょう」

 存在するはずの両親の記憶は全くない。そういう年齢の子供を集めているのだから。

「特犯の仕事は、犯罪者を殺すこと。中々誰にでもできる仕事じゃありません。なので、それができるように教育するところから始めたんです」

「理解できない話じゃないな」

 その言葉には怒りは含まれていない。只、激しく軽蔑している。

「あの双子は、言ってしまえば私の先輩です。…昔はよく一緒に遊んだものです」

「そうなのか」

「はい。では何故、私は特犯になれなかったのか。簡単です、優秀な先輩と同等の技術があり、公認犯罪者という存在が欲しかったからです」

「あんたは自ら犯罪者になったのではなく、そうさせられたと」

「そうは思っていませんよ。最後に判断したのは私です。特犯はいわば国家の剣。それで裁ける人間も、そうでない人間もいただけです」

「国家の中の人間か」

「それもですし、普通に法律で犯罪者と認定できない人物なんかも含まれます」

「…大方理解できた」

 恐らく、灰さんは全く知らない話なのだろう。これは国家の最重要機密だ。

 家に着いてしまった。

「今日の飯はどうする」

「私料理できませんよ」

 本当にできない。家のキッチンは一度も使っていないし、カップラーメンも作れない。

「俺が作っていいなら作れるぞ」

 思わずぱっと顔を上げてしまう。

「是非、そうしましょう。買い物行きますか?」

「そうだな」

「楽しみです。誰かの手料理なんて」

 暗く重い気分はすぐに切り替わった。


「待たせたな」

 俺が作ったのは備え付けてあった炊飯器で炊いた白米と、味噌汁。野菜と肉を適当に突っ込んだ炒め物。

「へへ、美味しそうです」

 年相応の笑いで、先ほど買ったマイ箸を手に取る。

「いただきます」

「どうぞ」

 また、一瞬目を閉じていた。

「食事中に悪いが、さっきの話の続きをしてもいいか」

 茶々が公認犯罪者になった流れのことだ。

「ご飯の御礼なのでいいですよ」

 よく食べる。

「公認犯罪者制度ができたのは大体3年前だ。その時あんたはいくつだ」

「14ぐらいでしょうかね。誕生日を知らないのでなんとなくですが」

「あの双子は」

「うーん、多分成人してましたね」

「今まで、あの双子が表に出てこなかった理由を知っているか?」

「いいえ。3年前に道を違えてからは敵ですから」

 今、茶々は17歳ぐらいか。普通であれば高校に通い青春真っ只中だろう。

「聞かれてばかりなので聞いておきますが、灰さんはどうやって公認犯罪者になったんです?」

 一度箸を置いた。気持ちの良い話ではないが、自分で聞いておいた手前、言わないなんてことはしない。

「俺はスカウトだ。親のやっていた運び屋の仕事を引き継いだ形になっている」

「御両親がですか。灰さんと同じような依頼を?」

「違法なものを運んでいたはずだ」

「そうですか。バイクで?」

「ああ。鼠は父親のものだった」

 少し、迷った気配はあったが、ストレートに聞かれた。

「御両親は犯罪者の扱いですか?」

「ああそうだ。既に特犯によって殺されている」

 この事実はもう、過去のことだ。それを感じたのか、それ以上触れることは無かった。

「3年前、仕事用のアドレスに政府からの依頼が初めて来た。依頼料先払いでな。仕方なく依頼を受けたが、結局只の紙切れをあの担当者へ運ばせられただけだった」

 あの時、全てが動いたんだと思う。

「目の前には親の死体だ。死にたくなければ公認犯罪者になれ、と言うわけだ」

「おかしいですね」

 茶々は何かが腑に落ちない様子だ。

「何がだ」

「3年前に、公認犯罪者制度と特犯は同時にできたはずです。灰さんをスカウトした時に特犯はありません」

「…それもそうだな。じゃあ、誰が殺したんだ」

「一つ、思い当たる節があります」

 すっかり、食事の手は止まっていた。

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