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「どうした、何かあるか」

 俺たちへの交渉に来たということはそれなりに立場のある輩たちだろう。今ここで潰してしまった方が楽だ。いずれ殺る相手になる。

「お遣いの人、いらっしゃってますよ」

「私の事をお遣い呼わばりするか」

 そこには「X」がいた。

「組織の幹部らが一か所へ集まっていると聞きつけてやってこれば、まあ大方予想どうりの状況だな」

 他の男たちが道を空ける。俺の前に立ち、見下ろした。フットワークの軽いボスだ。

「命令だ、今ここでこいつらを殺せ」

「承知した、と言いたいが、それは俺の分担じゃないものでね」

 茶々は立ち上がり、地についていた服をぱんぱんと払った。

「お望みの、ままに」


 あっという間だった。

 誰一人、私といい勝負に持ち込める者はおらず、抵抗と言う抵抗も出来ず死んでゆく。一部の賢い者は灰さんを狙ったが、灰の敵にもなれなかった。

 呻き声を上げて、最後の命が消える。「X」は手を叩いた。

「素晴らしいな、殺し屋」

「もう殺し屋はやめたんです」

 間髪入れず否定する。

「まあ、関係のないことだ。…そうだな、明日、一つ組織を潰せ。そうしたら契約してやろう」

「それは、嬉しいお話です」

 丁寧に見える礼をした。全てを見透かしたというような顔をして、「X」は部下と立ち去った。

「灰さん灰さん、洋服汚れました。ご飯の前に一度家に帰らないとだめそうです」

「そうだな。店を探しながら戻るか」

 灰さんがバイクにまたがる。私が後ろに座った後、死体の間を縫って出発した。


 シャワールームに入ると、心臓の辺りに紋が入っていることに気が付いた。

「これは…」

 地下に入って時間の感覚が分からないが、少なくとも定例会前についたものではない。

 灰さんとの契約は、己の命を終わらせること。「心臓の契約」にはうってつけだ。


「お待たせしました。食べたいもの、決まりました?」

「{X}の屋敷の近くの店にしよう。そこなら変に絡まれることもないだろう」

「おお、それは名案」

 名案なはずだった。

公認犯罪者の姉ちゃん、酒注いでくれよ」

「俺が注いでやろうか」

「男に入れられても嬉しくねえよ!引っ込め!」

 適当な居酒屋風の店を選べば、この様子で5分に一回は茶々が絡まれるのだ。やはり治安の悪さは最高峰。その張本人は、

「おじさん、だし巻きと枝豆ください。あとそれに合うお酒を」

「はいよ」

 と呑気に食事を楽しんでいる。店主は客の揉め事など我関せずで、黙々と調理を進める。

「おい、あんた未成年だろ」

「はい」

「じゃあ飲むなよ…」

「細かいですね。初飲酒の場で失礼ですよ」

「店主、水」

「はいよ」

 俺はもう、何が何だか分からなくなっていた。

 結局、閉店時間まで居座ることになった。一応気遣いを見せた店主が、他の客を追い出した後、俺に白米と唐揚げを作ってくれた。

「…すまない」

「構わん」

 茶々は酔いつぶれて寝ている。これを持って帰るのは俺だぞ。


 礼を言い、茶々を担いで店を出た。幸い出待ちされている様子はない。

「おい、おい。帰るぞ、起きろ」

 このままではバイクから落として殺してしまう。

「なんですか、もう…」

「それは俺の台詞だ」

 結局起きず、前に抱えてバイクに乗せた。こんな小さい娘が何故殺し屋になったのだろうか。一瞬そんな疑問がよぎったが、すぐに興味を失った。


「着いたぞ」

「はい、ありがとうございます…」

 数分風に当たり、少し酔いが覚めた。一生口にすることのないと思っていたアルコールの味が忘れられない。

「もう寝とけ。起きるな」

 先程とは真逆のことを言われる。厄介な酔っ払いになってしまったのだろう。

「ありがとうございます」

 そのまま、ソファーに座った灰さんの横を通って寝室に向かおうとしたとき、鈍った思考が悪い方向へ働いた。

「…私たちの契約印、どこにあるか知ってます?」

 灰さんを押し倒すように覆いかぶさる。心臓の辺りに触れた。

「もう、戻れませんね」

 何を思ったか、それだけ言い残して寝室へ去っていった。

 翌朝、これらの思考は何一つ記憶に残っていなかった。

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