[第31回電撃小説大賞応募作品]殺し屋と運び屋

1

 ♪♪♪

 女はスマホから流れる軽快な音楽で目を覚ました。普段、目覚ましなどかけることはないが、今日は例外だ。


 稼ぎに見合わない、狭い家。二階建ての古びたアパートに住民はいない。

 クローゼットから漆黒のドレスを引っ張り出す。プリンセスラインのそれは、ウェディングドレスとは似つかなかった。


 女は殺し屋だった。

 日本刀で人を斬ることを生業としている。依頼を受ければ老若男女問わず殺す。まだ成人すらしていない小さな体躯で、刀を振り回すその姿に人々は恐れる。そう、人々は殺し屋の存在を知っている。


 公認犯罪者。日本という国家に認められた犯罪者。適当な理由を並べ、ただ一人、殺人を正当化できる存在が殺し屋である。

 公認犯罪者は内閣総理大臣と契約を結ぶ。「依頼以外で犯罪行為を行わない」と。その代わり、金銭を与えると。犯罪行為で逮捕することはないと。


 契約をハンコや紙でする時代は終わり、血と身体を持って行うのが主流になった。

 契約者同士が親指を切り、血を流す。傷口を合わせれば契約が完了する。いわば、血の交換の儀式だ。済めば、身体のどこかに紋が浮かぶ。一人一人異なる紋を持ち、心臓に近いところに刻まれれば刻まれるほど、その契約が契約者にとって重要であることを示す。

 殺し屋と総理大臣の契約は右胸にあった。


 国家から個人まで、幅広く毎日のように殺人の依頼が飛んでくる。先程の音楽を慣らしたスマートフォンとは別の端末の画面がひっきりなしに光る。依頼、報酬の振込通知、依頼。


 昨夜の依頼は大変だった。「深夜に徘徊する祖母を楽に死なせて欲しい」と。

 そもそものターゲットを探し回るところから始め、見つけたと思えば警察と勘違いされて大声で叫ばれる。否、叫ぶという対応は殺し屋に対して正しいのだろうが。

「貴方を探しに来た市の職員です。一度落ち着きましょうねえ」なんて言いながら自宅に連れ帰り、眠ったところを毒殺した。殺し屋の主な手段は日本刀で斬ることだったが、彼女はプロだ。刀以外の手段もお手の物である。

 解剖されようと分からない薬を使った、依頼は完了だろう。その証拠に、銀行にはしっかりと報酬が振り込まれていた。その金に特に使い道は無いが。


 殺した人間のことなんて忘れよう、とドレスの横で軽く食事を摂る。栄養ゼリーと栄養ドリンクをかけ合わせれば怖いものなどない。

 化粧を済ませ、ヘアセットを終え、漆黒の布を纏う。刀は刀袋へ。ピンヒールで家の前に呼びつけたタクシーへ向かった。



 排気音が夜の空に響く。運び屋は東京の裏路地を走っていた。とある小料理店の前でバイクを止め、中に入る。客の視線を一斉に浴びた。

「これはこれは」

 と今回の依頼人であろう人物が立ち上がった。

「中を改めてくれ」

 運び屋は男にカフェの紙袋を渡した。中には小さな箱が一つ。

「結構です。報酬は後ほど」

 にこり、と笑った男を無表情で見つめ、運び屋は店を出た。

 この男も、また公認犯罪者であった。右胸に、総理大臣の紋が浮かんでいる。


 裏路地から目的地へバイクを走らせる。カフェの紙袋の中に入れて偽装するとは、中々考えたものだ。とは言っても、内容物は知らない。興味も、無い。

 今日の運び屋はスーツを身に纏っている。目指すは貸切られている高級ホテルだ。


 公認犯罪者には、月一回の定例会の出席が義務づけられている。それの為にわざわざ正装で任務に当たらなければならなかった。運び屋の仕事は時間の融通が利かないことが多い。

 定例会には、政府の担当者と、特別犯罪対策課と警察の代表者が出席している。


 特別犯罪対策課は、公認犯罪者の依頼の管理や、通常の犯罪者の処罰を担当する課であり、帯刀が認められている。

 運び屋に届く依頼は、特犯が一度目を通し、国家にとって不利益を産むことが無いか判断されている。勿論、殺し屋の依頼に関しても同様である。

 警察は、犯罪者の逮捕に尽力している。銃を携帯しているものの、直接処罰を下すことは認められていないのが、特犯との違いだ。


 公認犯罪者は、いわば国家の為に犯罪を委託される存在である。それは国民にとって畏怖の対象ではあったが、必要な存在であると目こぼしされている部分もあった。

 しかし、ここ数か月は違う。

 正義のヒーローが現れたのだ。双子の兄弟。特別犯罪対策課の兄、警察の弟。

 彼らはかつてないほどの功績を上げた。死刑に相当する犯罪者を弟が捜索し、兄がその場で処分する。日々の治安維持にも努め、非の打ちどころのない性格も相まって名を上げた。国民の心は一気に傾いた。

「公認犯罪者制度の廃止」を求めるのが、今の日本国民の意志だ。それ即ち、公認犯罪者の死刑の求刑である。

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