第28話 天使のお礼と女神様の嫉妬

「晴哉。そろそろ休憩にしましょう」


 玲奈の視線を辿ると、結奈ちゃんがうとうとしていた。

 俺達が勉強している間、結奈ちゃんはずっと静かに絵本を読んでいた。

 最初は夢中で読んでいたけど、段々と眠くなってしまったようだ。


「そうだな」


 俺は大きく伸びをする。


 玲奈は問題の要点を押さえた教え方をしてくれるので、沙紀に負けず劣らず分かりやすい。

 それに細かなミスも指摘してくれたり、ちゃんと俺が理解できるまで教えてくれたりと、色々と面倒見が良いのだ。

 どうやら玲奈は天性のお姉ちゃん気質らしい。


「……べんきょうおわったの?」


 結奈ちゃんが目を擦りながら聞いてくる。


「まだ終わってないわ。今はちょっと休憩中よ。結奈。はい、りんごジュース」

「わーい!」


 まだ眠たそうにしていたが、大好きなりんごジュースを見た途端いつもの元気で明るい結奈ちゃんに戻る。

 さすが玲奈、手慣れているな。


「はい、晴哉の分」

「ありがとう」


 ジュースを飲んでいる途中、ふとある物に目が留まる。


「あっ、そのぬいぐるみ……」


 ベットに置かれているのは、前に結奈ちゃんにお願いされて取ったネコのぬいぐるみだった。

 

「……」


 見られて恥ずかしかったのか、玲奈の顔が朱に染まる。


「大事にしてくれて嬉しいよ」


 乱雑に置かずに傷一つ付いていない事からも、玲奈が日頃から大切に扱ってくれている事が分かる。


「も、物を大事にするのは別に普通の事よ」


 確かに、玲奈ならどんな物でも大切に扱うだろう。

 しかし、結奈ちゃんがこんな事を言うのである。


「ちがうよ、はるやおにぃちゃん」

「えっ、何が違うの?」

「おねぇちゃんは、そのぬいぐるみをすっっごくたいせつにしてるの」


 どうやら結奈ちゃんは、玲奈はあのぬいぐるみを他の物よりも大切に扱っていると言っているようだ。


「そうなの?」

「うん! だって、おねぇちゃん。いつもだきしめてねてるからね」

 

 ……マジか。

 まさか、あのクールビューティーな女神様が毎晩ぬいぐるみを抱きしめながら寝ているとは……

 ギャップ過ぎるだろ、それ!


「ちょ、ちょっと結奈。それは言わない約束———っ」


 玲奈は急いで口を閉じるが、残念ながら言質は取れてしまった。

 

「だってほんとうだもん。えへへー、ゆいなといっしょ」


 どうやら結奈ちゃんも、ぬいぐるみを抱きしめて毎晩寝ているらしい。

 

「……え、ええそうよ。悪いかしら?」


 玲奈は急に開き直る。


「悪くなんてない。それにこの上なく嬉しい。ありがとう。結奈ちゃん、玲奈」

「まったく……お礼を言うのは貰った私達の方よ。ね、結奈?」

「うん! はるやおにぃちゃん、ほんとうにありがとう!」


 結奈ちゃんは満面の笑みを浮かべる。


「どういたしまして」

「ふふっ。晴哉、私からも改めてありがとう」


 その後、玲奈は再び教科書を開いた。

 

「それじゃあ、そろそろ再開しましょうか」

「分かった」


 すると、結奈ちゃんが何かを思い出したような声を上げる。


「あっ!」

「どうしたの、結奈?」

「えっとね……たいせつなことをおもいだしたの」

「大切な事……?」


 それから結奈ちゃんは俺に近づき……


「はるやおにぃちゃん。ゆいなからのおれいあげるねっ」


 そして……


 チュッと短い音が響いたと同時に、頬に何かが優しく触れた。


「えっ……」

 

 すぐには理解できなかった。

 結奈ちゃんに……キスをされたのだと。


「ゆ、結奈ちゃん!?」

「えへへー。まえにでんわしたときにやくそくしたからね」


 そういえば確かにあの時、結奈ちゃんはそんな事を言っていた。

 でも……まさか本気だったとは。

 俺、この後が凄く怖いんだが……


 恐る恐る玲奈の様子を伺う。


「えっ……」


 玲奈の表情を見た俺は驚かずにはいられなかった。

 

 なぜなら玲奈の表情は……



◇◇◇◇◇


【玲奈視点】


 その光景を見た私は、驚きのあまり言葉も出ず固まってしまう。

 結奈が晴哉に突然キスをしたのにも当然驚いたけど、それ以上に……私は自分の感情に驚いていた。


 普段の私なら、結奈にキスをされた晴哉に嫉妬していた。

 けど、今の私は……


 思えば、今日勉強会を開いたのも嘘をついてまで場所を急遽家に変更したのも、雛森さんに対抗する気持ちがキッカケだった。

 ……雛森さんだけズルい、と。

 私は雛森さんに嫉妬していたのだ。

 そして今は……


 ……でも、少し変だ。

 結奈が他の人と仲良くしていたら私はその人に嫉妬するけど、その嫉妬とは何か違う気がする。

 それは結奈が家族で晴哉が友達で、私と二人との間柄が違うのが理由なのか。

 もしくはもっと別の理由なのか。


 それは分からないけど……


「……」

 

 結奈にキスされてデレデレしている晴哉を見て、呟かずにはいられなかった。


「……晴哉のばか」

 

 ……ふと、こんな事を思ってしまった。

 もし私が結奈と同じ事をしたら晴哉はどんな反応をするのか……と。


「っ……」


 その思考をすぐに中断する。

 まったく……一体何を考えているのやら。

 ……でももし雛森さんも結奈と同じ事をしたら、もしくはもうしていたとしたら、私は……


 そして後日、彼女・・に再び嫉妬してしまった私は直接接触をはかってしまう事になるのだが、この時は当然知る由も無いのである。

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