第18話 聖女様は分からない

「おはよう、早河君」

「おはよう、立花」


 朝のHRが終わってすぐ、立花が俺のところへやって来る。

 

「早河君が雛森さんと名前で呼び合ってるのを見た時は驚いたよ。昨日まではそうじゃなかったから」

「実は昨日、沙紀と友達になったんだ。それで、これを機に名前で呼び合おうって事になってな」


 沙紀と友達になった事については、打ち明けようと昨日話し合って決めている。

 隠す理由がないし、むしろ隠した方がやましい関係なのではと逆に疑われる。

 

 クラスメート達は腑に落ちていない様子だが、何か言って来る気配は今のところ無い。

 第三者がとやかく言うのがそもそも筋違いなんだけど。


「……友達」

「ん? どうした、立花?」


 立花は意を決したように言う。


「は、早河君。僕達もこれからは名前で呼び合わない?」

「えっ」

 

 まさか立花からも同じ事を言われるとは思っていなかったので、完全に意表を突かれてしまった。

 

「だ、ダメかな?」


 立花は不安げに尋ねる。

 断る理由なんてない。

 

「分かった。それじゃあ、これからは優斗って呼ぶよ」

「う、うん。ありがとう、晴哉くん」


 優斗は頬を赤らめ照れくさそうにする。

 そのせいで、今のやりとりを見ていた藤宮から胡乱な目をまた向けられてしまった。

 藤宮が俺を見る視線は日に日に鋭くなっており、俺と藤宮の修羅場が着々と近づいているのを感じる。

 ……ほんとに勘弁してくれ。


「……」

「ん?」


 ふと、隣の席の女神様からなにやら視線を感じた。

 篠原は目が合うや否やプイッとそっぽを向いてしまう。

 今日の篠原はずっと不機嫌そうだ。

 もしかして、篠原……

 しかし、声を掛けようとしたタイミングで鐘が鳴ったので、話は次の休み時間に持ち越しとなってしまった。

 

 次の休み時間が訪れてすぐ、篠原に話しかける。


「篠原。話したい事があるんだけど、少し時間いいか?」

「……分かったわ」

「ありが……えっ」


 篠原は席を立ち、なぜかそのまま教室から出て行く。

 ……ついて来いってことだよな。

 篠原が向かった先は屋上だった。

 なんとなくそんな気がしてたので驚きはしない。 


「それで、話って何かしら? 早河君・・・

 

 腕を組んで、篠原が問う。

 最後、強調したのは敢えてだろう。

 ということは、やっぱり……


「篠原が今日ずっと不機嫌なのって……俺が篠原のことを名前で呼ばないから……だよな?」

「……」


 篠原は何も答えず背中を向けた。

 篠原の表情は俺からは見えない。


 沈黙が俺達の間に流れる。


 それから一呼吸置いて、俺は意を決して言うのだった。


「玲奈」

「……」


 再び訪れる沈黙。


 今度は玲奈がその沈黙を破る。


「…………もう一回」

「えっ」

「もう一回……呼んで」

「……玲奈」

「……もう一回」

「れ、玲奈」

「もうい———」 

「も、もう勘弁してくれ」

「ふふっ」


 羞恥心を感じている俺を見て、玲奈は満足そうに笑みを浮かべた。


 屋上で話してて本当に良かった。

 こんなやり取りを、教室で繰り広げるわけにはいかないからな。

 もしかして、玲奈は最初からこのつもりで屋上に……?

 いや、それは考えすぎか。


「まったく……気づくのが遅いわよ」

「ごめん」

  

 ぐうの音も出ない。

 気が回らなかった俺のせいだ。

 

「まぁ、いいわ。今回も友達のよしみで特別に許してあげる」

「ありがとう。玲奈」

「どういたしまして。それじゃあ、教室に戻りましょうか……晴哉」


 玲奈はとても機嫌良く、俺の名前を呼ぶのだった。



◇◇◇◇◇


【沙紀視点】


 これは、ショッピングモールで晴哉君と別れた後の話。


「ふふっ……」


 先ほど晴哉君と友達になった私は、胸のつかえがとれて心が晴れ晴れしていた。

 一歩を踏み出せなかった私に勇気をくれて、寄り添ってくれた晴哉君には感謝してもしきれない。


「……」


 ふと、こんな事を思ってしまった。


 いけないことだ。

 だって私達は、そこから一緒に前へ進みだしたばかりなのだから。


 でも、一度思ったら止める事はできなかった。


「もし……」


 もし今、再び晴哉君に告白されたら私は何て返事をするのだろう……


 その結論が出る前に私は頭を振って思考を中断したので、想像の中の私が何て返事をしたかは結局分からない。


 そして、分からない事はもう一つ。


「……」


 どうして私の顔は今、熱を帯びているのだろう……

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