第7話 予想外のお誘い再び。

「あ、あの、早河君。顔を逸らされると絵が……」

「……」


 俺の意識は顔を逸らされて困っている雛森ではなく、立花達に向けられていた。


「早河君?…………むぅ」


 その結果、雛森のふくれっ面という超レアな光景を見逃してしまう。


 見知らぬ女子生徒かと思っていたが、よく見てみると……とある人物であることに気づいた。


 藤宮雫。

 ギャルゲーだと早河と一緒でモブキャラの立ち位置の彼女だが、藤宮はプレイヤー達の間で少し話題に上がった事がある。


 前髪で目元が隠れているので殆どの人は気づいていないが、実は藤宮は……雛森と篠原に並ぶほどの美少女なのだ。

 ヒロインと遜色の無い美少女という事で、藤宮もヒロインなのでは?……そんな噂が囁かれたのである。

 ストーリーで立花に接触しようとしているような描写があったのも、より噂に説得力を持たせていた。


「た、立花君。絵、とても上手ですね」

「そ、そうかな? 藤宮さんの方が凄いと思うけど」

「そんな事ないです。……良ければ今度、上手に描くコツを教えてもらえませんか?」

「う、うん。僕なんかで良ければ」


 藤宮は順調に立花との距離を縮めている。

 さらっと次の約束を取り付けるとは……抜かりないな。

 藤宮ヒロイン説は本当だったのかもしれない。


「早河君っ」

「ん? ……え?」


 突然、雪のように白くて細い腕が俺の顔へと伸びてくる。

 雛森に両手で頬を挟まれていると気付いたのは、頬にひんやりとした感触がしてから一瞬の間を置いた後だった。


「早河君。今は……私を見てください」


 雛森は俺の顔を正面へ移動させて言った。


 ただでさえ雛森のご尊顔が至近距離にあるのに、更にこんなセリフを言われてしまい、俺は急速に頬が熱を帯びるのを感じた。


「っ。ご、ごめんなさい。私……」

「い、いや、雛森が謝る必要はない。顔を逸らしていた俺が悪いんだから」


 そう……雛森は悪くない。

 けど……心臓には悪い。


「……ん?」


 深呼吸をして心を落ち着かせていると、不意に誰かの視線を感じた。

 視線の主は……立花だった。

 目が合ったのでとりあえず会釈すると、会釈を返された。


 ……そういえば俺、これが主人公とのファーストコンタクトになるんだよな。

 なんか……ご近所の人との挨拶みたいだ。


「描けました」

「俺も今描き終わった」


 それからほどなくして、俺達はほぼ同時に課題を終える。


「……早河君。もし良ければ見せてもらえませんか? 気になります」

「別にいいけど……その代わりに雛森の絵も見せてくれ」


 俺だけ見せるのはフェアじゃない。


「……わ、笑わないでくださいね?」

「約束する」

「ど、どうぞ……」


 許可を貰ったので早速拝見する。


 雛森の絵は……とても個性的だった。



◇◇◇◇◇



 ———放課後。


「……よし、帰るか」

「早河君。ちょっと良いかしら?」


 下校しようと鞄を持ち上げたタイミングで、隣の席の女神様から声を掛けられる。


「もしかして、また何か伝えたい事があったり?」

「え、ええ。そうよ」


 そう言えば休み時間に屋上で話した時、予鈴がなる直前に篠原は何かを言いかけてたな。

 おそらく、その事を伝えるつもりなのだろう。

 ただ……篠原にしては珍しく歯切れが悪いのが少し気になる。

 

 既にクラスメート達は下校しており、教室には俺と篠原の二人きり。


「それで、伝えたい事って言うのは?」

「え、えっと……」


 篠原はなぜか恥じらった反応を見せた。

 え、何その反応……

 一体、篠原は何を伝えるつもりなのだろうか。


 皆目見当もつかないが……これまで予想外の展開続きで驚きに対する耐性がついたので、何を言われても驚かない自信がある。

 自信しかない。


「早河君。これから……私の家に来てくれないかしら?」

「え!?」


 前言撤回。

 過去一と言っていい程、めちゃくちゃ驚いた。

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