[KAC20242]お住まいの閑散日対策委員会〜そんなの勝手にやってイインカイ?〜
のりのりの
第1話 大ピンチ
この物語はフィクションです。実在する人物、官職名、団体とは関係ありません。
「ああああああああああっっっっっ!」
「うわっ。ザイ殿! いきなり叫びだして! 一体、ど、どうされたのだ? びっくりするじゃないか!」
突如、狂ったかのような叫び声をあげた魔族の若者は、読んでいた書類を空中にばらまくと、そのまま己の執務机へとつっぷした。
隣の席で同じく書類仕事をしていた同僚のサン・ギョーウが驚き慌てるなか、ものすごい勢いでザイ・ムウーはガンガンと頭を打ちつける。
「ちょ、ちょっと! ザイ殿! 落ち着かれよ! やめるんだ! いくら人間よりは丈夫な魔族とはいえ、そんなに思いっきりでは怪我をするぞ! なにより机の方が先に壊れる」
ガツン。ガツン。ガツン。
サン・ギョーウの声は、残念ながら取り乱しているザイ・ムウーには届かないようである。
「オイ! みんな! ぼ――っと見てないで、早くザイ殿を止めるぞ! これ以上の器物破損は断固阻止だ!」
「はいっ」
「お、おう」
同室で書類処理をしていた魔族たちが慌てて席を立ち、ザイと呼ばれた羊角の魔族を取り押さえる。
「おい! しっかりしろ! ザイ殿!」
この場を取り仕切っている狼耳の魔族サン・ギョーウが「ペシ、ペシ」と、ザイ・ムウーの顔を叩く。
もちろん、鋭いツメは引っ込めたうえでの、優しさあふれる肉球パンチだ。
「あ……れ?」
「正気に戻られたか? ザイ殿? 大丈夫か? わたしがわかるか?」
「サン殿? わ、わたしは一体?」
額を真っ赤にさせた羊角の魔族が、夢から覚めたかのように目をパシパシさせる。
「書類を読んでいたら、いきなり叫びだしたんだぞ……驚かさないでくれ」
「はっ! そうでした! うっかり、取り乱してしまいました!」
「疲れているのなら、今日はもうこのあたりで引き上げたら……」
「いえ! そういうわけにはまいりません! サン殿! 大変なのです。大ピンチなのです!」
「な、なにが大ピンチなのだ?」
ザイの鬼気迫る勢いに、サンが狼狽える。
ソウショク卿という称号を魔王様から与えられた彼が、我を忘れてここまで取り乱すなど……めったにないことだ。
「驚かないでください。こ、今月の魔王城見学会の参加者が、現在時点で三名しかおりません!」
「な、なんだって――! それは間違いないのかっ! カン殿!」
ザイの報告に、サンは驚き慌てて担当者のカン・コーウーに確認する。
「はい。サン・ギョーウ様、ザイ・ムウー様のおっしゃるとおり、今月の魔王城見学会の参加者は三名しかおりません。異世界の侯爵子息と令嬢、そして付き人です。しかも、令嬢と付き人は子供料金です」
「なんと……。実質、二名ではないか!」
「過去のデータを元に予測をたてると、今のこの時期では、前日、当日参加は見込み薄かと思われます」
「…………」
観光大臣の役職についている猫しっぽの魔族は、淡々とした声で事実を報告する。
彼があげた報告書を読んだザイ・ムウーが奇声を発することとなったのだが、作成した本人は冷静沈着を貫いている。
魔王城見学会。
読んで字のごとく、魔王城を見学できるイベントだ。
ロビー、謁見の間やダンスホール、宝物庫や中庭、客室、魔王様の執務室などに立ち入ることができるのだ。
さらには、魔王様の格別な――捨て身の――ご好意で、魔王様のちょっと恥ずかしいプライベートエリアまで内見できるという、国一番の人気企画だった。
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