引っ越すのはめんどう

 


 物件探しが心底嫌いだ。

 専門サイトを見ても似たような情報ばかりが並べられていて何も楽しくない。

 苦痛のなかの苦痛。


「へえ。僕と真逆だ」


 佑樹はアイスカフェラテを一口飲んで続けた。


「僕は間取りを見るの好きなんだよね。もし自分がここに住んだら、っていうのを想像したりしてさ。もちろん予算や通勤時間の兼ね合いで住めないこともあるけど、夢が膨らむっていうか。引っ越す予定がなくても、ついつい専門サイトを見ちゃうよ」

「へえ」


 陸はげんなりした口調で答えた。自分には全く理解できない感覚だ。屋根がついていればいい…とまではいかないが、バストイレ別で室内洗濯機なら、大概の場所で住めると思っている。どうせ日中は仕事に出ているのだし、帰ってきてからもパソコンのモニターにしか向かわないのだから、古さや日当たりなんてどうでもいい。


「甘いね」


 佑樹は不敵に笑った。


「トラブルに巻き込まれない物件を選ぶのも大切だよ。たとえば地元の家族経営の不動産屋が管理している物件を選ばないとか、二階以上の建物に住むとか。できれば内見をして、他の住民がどんな属性を持つ人々なのかも確認したいところだね。運悪く住民と出会えなくても、掲示板の貼り紙やゴミ捨て場を見れば、だいたいどんな人が住んでいるかは想像できるはず。そう、いわば保守の物件選びだね」


 すらすらと淀みなく言葉を放つ佑樹に、陸は目を見開いた。


「なんでお前、そんな詳しいの? 大学出てから一人暮らし始めたのに。俺より一人暮らし歴浅いじゃん」

「あれ、言ってなかったっけ。僕の家って転勤族でさあ。覚えてるだけで七、八回は引っ越ししてるんだよね。だから物件選びも引っ越し手続きもまあまあノウハウがある。小っちゃい時は引っ越しって嫌だったけど、こうして実益のある知識になってるんだから何事も経験だよね」


 友人の意外な一面を見て、陸は素直に「すげえ」と声をもらした。「お褒めに預かり光栄だよ」と佑樹は笑う。


「じゃあ、こうするのはどう? これから陸の条件を聞き出して、僕が物件をピックアップする。メリットとデメリットを添えるから、陸もだいぶ想像しやすくなるはず。気になる物件が決まるまでそれを繰り返してみようよ」

「そんな手間かけさせて大丈夫なのか」

「僕、こういうの苦じゃないし。なんなら楽しいから」

「じゃあ……頼む」

「オッケー!」


 佑樹はアイスカフェラテを飲み切る。


「……っていうか引っ越しまで全部僕が手伝うから。どんと任せてよ」


 これほどまでに友人が頼もしいと思ったことはない。陸が頭を下げると、佑樹はカフェの伝票をつまんでヒラヒラとさせ、「その代わりここはよろしく」と言った。茶の一杯なんて安すぎる、ランチメニューを全部制覇してもらっても構わないと告げると、佑樹は「そんなに食べられる歳じゃないよ」とわざとらしく肩をすくめて笑った。


 帰りの電車のなかで、佑樹からさっそくメッセージが届いた。

 紹介されている物件は三つほどだったが、そのどれもに丁寧な説明と、会社の最寄り駅までの通勤経路が添えられている。


 陸は、初めてワクワクする気持ちで物件の詳細情報をチェックした。

 

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引っ越すのはめんどう @sakura_ise

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