第3話 ヤサシサ

 俺は堀さんの後を追い、教室を出た。


 「ほ、堀さん、休み時間十分しかないですよ…?」


 「うるっさいな〜。十分でも急げばある程度は教えれるでしょ。」


 俺は堀さんの左斜め後ろをついて歩く。


 「はい、ここが視聴覚室。」


 「はい、ここが家庭科室。」


 「はい、ここが化学室。」


 堀さんは良い言い方をすればテンポ良く、悪い言い方をすれば雑に教えてくれた。


 「はい、んじゃ次は屋上行くよ。」


 「え?屋上って行っていいんですか?」


 「一応行っていい事にはなってるけど、あんまり行くなっても言われてるから、自己責任って感じかな。」


 俺と堀さんは階段を上がり、屋上の扉の前に着く。


 「カチャカチャ ガチャ」


 堀さんが慣れた手つきで暗証番号の鍵を外し、扉を開けた。


 春の風が吹き、俺の少し前にいる堀さんの長い髪を揺らす。


 「おぉ……。」


 屋上からの景色には、だだっ広い校庭、その側には幾つかの桜の木、その奥には大通り。


 学校の周りには特に大きな障害物もなく、その影響で不純物を掻っ攫うような綺麗な風を受けながら綺麗な青空が見れた。


 「どう?良くも悪くもないけど、気持ちいでしょ?」


 「はい…。すごく、気持ちいいです。」


 ただの学校の屋上だが、山の頂上で背伸びしているような気持ちよさだった。

 

 「こんな空を一望できる所中々ないですよね。」


 「なぁなぁ!」


 堀さんが少し近づき、大きな声で話しかけてくる。


 「あんたさ、この世の広さって知ってる? 特に現実的な広さでいうと…宇宙とか!」


 俺は堀さんが急に大きな声を出した事に驚いたが、それ以上に堀さんが少し笑顔で話している事に驚いた。


 「た、確か、宇宙は信じられないほど広くて、その中に沢山の惑星とかの星があるんですよね?」


 「そうそう!そうなんだよ!」


 堀さんは嬉しそうに喋る。


 「私さ、この世の広さを考えるの好きなんだよね。良い意味で自分を雑に扱えるようになるっていうか…。緊張してる時でも肩の力を抜く事ができる。」


 「じゃあ、なんでまだ強張ってるんですか?」


 「えっ…?」


 堀さんは風で靡く制服の中で固まり、驚いた表情を見せた。


 「肩の力を抜く事ができるとか言ってますけど、それって多分一時的なものですよね? 顔がいつも強張ってるって事は常日頃から何か大変な思いをしてる証拠です。」


 「………やっぱあんた普通に喋れんじゃん。」


 堀さんは何か決心したような顔をした。


 「私さ、家でも一人なの。家には親と小さな妹がいるんだけど、親はいつもどっか行って家にいないから、代わりに私が面倒見てるの。」


 俺は何かを察し、これ以上はあまり聞かない事にした。


 「本当は学校が終わったらみんなと遊びに行ったりしたいんだけど、妹の面倒を見ないといけないし、家の事もやらないといけないから、中々友達ができなくてさ。」


 「そうだったんですね…。」


 さっきの嬉しそうな表情からいつもの堀さんの表情に戻った。


 「あ、そろそろチャイム鳴るな。さ、教室戻るよ。」


 「堀さん。」


 「ん?」


 「また来ましょ、一人じゃなくて、二人で。」


 「…うん。」


 その瞬間、吹いてる風に香りがついたような感じがした。


 二人は屋上から校内に戻り、教室へ向かう。


 「次の英語表現の先生、遅刻にすごく厳しい先生だから少し急ぐよ。」


 「は、はい。」


 俺と堀さんは小走りで教室へ戻った。


 ---教室到着


 「はぁ、はぁ、なんとか間に合った。」


 俺は久しぶりに走ったため、息を切らしながら席に向かう。


 「ふぅ、よいしょ。」


 席に座り、授業の開始を待つ。


 「ドクン」


 心臓に痛みが走る。


 「っ…なんだ?夢の世界でも動悸か?」


 「ドクン」


 「く、苦しい…。」


 いつもの動悸より、苦しさが強かった。


 「ドクンッ」


 「かはっ…。」


 俺は三回目の「ドクン」と同時に意識を失うように目を瞑ってしまい、何かに寝転がってる感触を味わった。


 「あれ…?ここは?あ、俺の部屋?」


 俺はどうやら「夢」と分かる「夢」から覚めてしまったらしい。


 「ん…、なんか長い夢を見てて、その中で誰かと会ってた気がする…。」


 俺はぼんやりとしか夢の内容を覚えていなかった。


 だが、見ていた夢は寝起きに思い出すのではなく、意外と数時間後とかに思い出す。


 時計を見ると「四月七日 午前10時半」になっていた。


 「うわ、俺めちゃくちゃ寝てたんだ。」


 寝過ぎて逆に重くなった体を起こし、長く伸びた髪を結び、パソコンを開く。


 「…「夢と分かる夢」で検索っと。」


 俺はこの現象をインターネットで検索した。


 「ん…?明晰夢?っていうのか。」


 この「夢」と分かる「夢」は「明晰夢」という事が分かったが、「明晰夢」を見ると心や体を壊してしまったり、夢から覚めたくなくて長く寝過ぎてしまったりする事も分かった。


 その他にも「明晰夢の危険性」についての記事もあったが、見なかった事にした。


 「…今の俺とそのまんま合致してんじゃねぇか。…でも、本当に気持ちよかった。俺に話しかけてくれた人達の顔は、はっきりとは思い出せないけど、いつかまた会えるのかな。」


 とりあえず俺は「明晰夢 見る方法」で検索した。


 「んーっと、「睡眠から一度目を覚ました後、「自分は今夢の中にいる」って思い込んでもう一度寝る」…か。」

 

 見る方法を確認し、俺はパソコンを閉じた。


 「見れるか分からないけど、試しにやってみるか。」


 俺は自身の長い髪を纏めてたヘアゴムを外し、髪を手櫛でとかし、「フワッ」とさせた。


 すると、不思議となんだか懐かしい匂いがした。


 「えっ…金木犀の匂い…?春なのに?」


 俺は一瞬動きを止めた。


 「………あ!!思い出した、堀さんだ!」


 俺は「明晰夢」の記憶を取り戻した。


 「よーし、思い出したぞ。んじゃ早速、「俺は今夢の中にいる。」って思って目を瞑るか。」


 俺はベッドに横になり、目を瞑った。


 「…………きろ。」


 「………ら、起きろ。」


 「ほら、起きろ。」


 「はっ!」


 俺は目を覚ました。


 どうやら、無事「明晰夢」にたどり着けたみたいだ。


 「堀さん!俺……わっ!!」


 堀さんの席の方を向くと、俺のおでこに堀さんの前髪が当たる程の近距離に堀さんの顔があった。


 「あんた、英語表現の厳しい先生の授業なのに、授業中一度も起きずにずっと寝てたよ。」


 どうやら、この「明晰夢」の世界と現実の世界の時間軸は一緒らしい。


 「え、そうなんで…す………っ!!!」


 堀さんは立った状態で座ってる俺の顔に顔を近づけていたため、胸元が露わになり、綺麗な谷間がチラッと見えた。


 「普通ぐらいだと思ってたけど、結構でかい…。「明晰夢」って最高だ…。」


 そう思い、何かに感謝した俺は立ち上がった。


 「ドガッ!!」


 「いっ!!!」


 尋常じゃない痛みを脛に感じ、脛を手で押さえ込み、その場に座り込んだ。


 「あんた、今、私の谷間見ていやらしい事考えたでしょ。」


 どうやらバレバレだったらしい。


 「べ、別に見てませ…」


 「ドガッ!」


 今度は脛を押さえてる手の上から蹴ってきた。


 「ばーか。意外と女子はそーゆー視線を送られてる事に気付いてんだよ。ほら、次は集会だから体育館に移動するよ。」


 「は、はい、すみません…。」


 ちなみに、下着の色は白だった。










-------------

 

 「孤独人は目を瞑ると逢える君に良い悪戯をしたい」を読んでいただき、ありがとうございます。


 次の第四話では、学年集会で古賀が自己紹介をし、ちょっとしたハプニングが起きます。


 次の話が掲載され次第、もしよかったら読んでみてください。

 

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