【猫のいる風景】いらっしゃいませ~内須不動産へようこそ!
奇蹟あい
第1話 内須不動産へようこそ
ボクも4月から新社会人になる。
これを機に、親元を離れて会社の近くに一人暮らしを始めようと思っているんだけど、土地勘もないしどうしたものかなあ。
会社に寮の制度があれば良かったんだけど、そんなに大きな会社でもないしなあ。やっぱり会社の最寄り駅の近くにある不動産屋を適当に見て回るのがいいかな。
実家のそばの駅と比べるとわりと古めかしい……いや、古き良き下町って感じの駅前だよね。駅ビルがあるわけでもないし、ホント駅の前の通りだけにお店が集中しているというか、この目抜き通りを外れたら、田舎の田園風景になってるし。立地的には都心に近いはずなのに不思議な光景だなあ。
お、駅前に不動産屋があった。
えっと『内須不動産』か。聞いたことないな。
地元密着型の不動産屋って感じかな。お店も古そう。
外から見える物件の間取り図にはやたらと「ナイス」って書いてある。のぼりも「ナイス」か。まあ、ナイス推しのナイス不動産ってことね。圧の強い営業マンが出てきたらどうしよう。今日はちょっと見るだけってちゃんと断れるかな……。
まあでも、ここら辺の相場観だけでも知っておかないとね。
よし、入ろう。
意を決して、内須不動産のガラス扉を手で押して入る。
カランコロンカラン。
ドアに取り付けられた鈴が大きな音を立ててなった。
うーん、さすが昔ながらの不動産屋って雰囲気あるわ。
「いらっしゃいませ~。少々お待ちください」
ドアの鈴の音を聞きつけて、奥から若い男性の声が聞こえてくる。
ガタガタという何かが崩れる音。「にゃぅ~ん!」猫の悲鳴のような鳴き声。「ああっ!」という男性の叫び声。
中でなんか事件が起きている……のか。
まずい時に来ちゃったかな?
あ、急に静かになった。
ボクは居心地悪くなり、店内を歩いて見回ってみることにした。
そんなに広くないお店の壁には、所狭しと間取り図が描かれた物件情報が張り出されている。賃貸、分譲、土地、商用、などなど細かく分類されていてわかりやすいね。物件情報の紙がシワなくズレなくきっちり張り出されているところを見ると、とても几帳面な人が管理しているのだなと一目でわかる。
お店の真ん中には大きめの四角いテーブルが1つ。イスが4脚。商談用だろうか。
とりあえず賃貸のコーナーでも見ていようかな。
駅近で……やっぱりワンルームかな。とにかく安いところがいい。
「おまたせいたしました。
髪の毛をきっちりと七三分けにしたグレーのスーツ姿の若い男性がお盆にコップを乗せて現れる。
20代? 30代? 思ったよりも若いな。こういう地元の不動産屋っておじいちゃんが経営しているイメージがあったけど。
「どうも。ちょっと賃貸物件を見てみたくて」
「さようでございますか。ご希望をおっしゃっていただければこちらで情報をお出しできますよ」
男性店員はテーブルの上にお盆を置いてボクに近寄ってきた。
「賃貸物件でございますね。一人暮らし……新社会人の方ですか?」
「あ、はい。そうです。4月からそこの――」
「もしかして、
ボクが答えるよりも先に、就職先の企業名が飛び出してくる。
「え、はい、そうです。よくわかりましたね」
「ええ、ええ。毎年この時期になると、馬風運送の新入社員の方が物件をお探しに来られますからね。お客様は明るくハキハキとしていて、そして健康そう。がっちりとした体型。まさに馬風社長が採用しそうな方だ!」
そう言って男性店員はボクの背中を叩きながら笑う。
「はあ、そうですか。そういうものなんですね」
あいまいに相槌を打つ。
どっちかというと陰キャ寄りの性格なので、明るくハキハキしているとは初めて言われたけれど、健康で体を鍛えているのはまさにそう。運送会社は体力勝負だから、そこには少々自信がある。
馬風社長との最終面接がうまくいったのは、そこが気に入られたのかもしれないな。
「ですから、私もね、馬風運送の新入社員の方が好みそうな物件というのには理解があるつもりなのですよ。少々お待ちくださいね。あ、そこの席におかけになってお待ちください。お茶もご用意しましたからぜひどうぞ」
そう言い残して、男性店員はまた奥の部屋へと消えていった。
なんかもう、相場観を知るだけって雰囲気じゃなくなってきたな……。でもまあ、ボクの先輩社員たちもここで物件を見繕ってもらっているなら、別にここで決めてしまってもいいのかな……。
と、悩んだりしていると、すぐに奥から大きなファイルを1つ持って、男性店員が戻ってくる。
「お待たせいたしました~。ご挨拶が遅れまして、私『
名刺を手渡された。
「ありがとうございます。うちす、さんなんですね。ああ、ここもうちす不動産か」
ナイス不動産かと思ったわ。
「ええ、ええ。一応本名が『うちす』なものでして。ですが、皆さまからは『ナイスさん』と呼ばれていますから、街で見かけたらお気軽に『ナイスさん』と呼んでくださいね」
「はあ。なるほど……」
ナイスさんか。
地元住民から愛されている人なのかな。愛想もいいし、悪い人じゃなさそうだ。
「物件情報の準備をいたしますので、その間にこちらのアンケートにご記入をお願いできますか?」
ナイスさんがボクの前に1枚の紙とボールペンを置く。
氏名、住所、電話番号等々の個人情報と、どんな物件を探しているか、こだわりの条件などわりと多岐にわたるアンケート用紙だ。
「はい。わかりました」
まあ物件探しとはこういうものなのだろう。面倒だけど記入、と。
こだわり条件かあ。
まずは「家賃」「駅近」かな。あとは何だろう。料理はしないからキッチンはどうでもいいし、安いなら風呂トイレが共同でも別にいい。スーパーかコンビニが近くにあればうれしいけど、駅近なら普通にあるよね。
あ、そうだ。1個だけ。
こだわりの条件「ペット可」。
これは外せない。一人暮らしをするならペットを飼ってみたい。
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