【KAC2024 2】私語厳禁
かきぴー
第1話
「この間、川村先生のクリニックの内見に行ってきたの」
「あ、駅前で開業するって言ってたね」
「すごくキレイな作りでなんかホテルのロビーみたいな待合でね」
「へぇ〜。……ちょっと待って、今『内見』って言った?」
「言った」
「普通クリニックのお披露目って内覧会って言わない?」
「内覧? そうだっけ?」
「そうよ、内見はあれでしょ? 家決める時に不動産屋さんと一緒に行くやつ。内部見学の略で、内見」
「そうなの? 知らなかったわ。じゃあ、内覧って何の略?」
「内部……ご覧?」
「何その適当感」
「いや、えっと……ご覧! うちのクリニックすごいでしょ? 的な?」
「え、内覧って、すげー上から目線な言葉?」
「内見は下から、とか」
「ほんとバカね、やばい、なんかツボったわ、私」
「でもいいよねぇ、キレイな職場。なんか憧れるわ」
「この建物もたいがい古いからねぇ。特にこのファイバー室は建てた当初からある部屋みたいだし」
「そう! カメラ室はなんか内装キレイにしたんでしょ? 師長が圧力かけたみたいよ、ズルいわよね」
「職場もボロい。寮もボロい。なんかアガらないよね。寮出て、いい部屋探そうかなあ」
「だよねぇ。今度の日曜、不動産屋行ってみる?」
「内見するだけでも楽しそうだもんねぇ」
「……あのさ」
「何?」
「ある意味私ら、毎日内見してるよね」
「え?」
「内部見学」
「あー、なるほど。内見だけに下からね」
「ってことは、師長は毎日内覧してるってこと?」
「上から見下ろす人だからねぇ」
「「www」」
「終わりますよ」
「「はーい」」
「次の検査何時だったっけ」
「えーっと、15分後だね」
「お疲れ様ぁ」
「「お疲れ様でーす」」
「なぁ、君たち、さっきの患者さん、アウェイク(麻酔で眠らせていない状態)だったの、わかってた?」
「え?!」
「最初に言っておいたよね?」
「聞いてないです」
「あ、私聞いてました」
「ちょっとアンタ、そういうの忘れるってダメじゃん」
「ごめんなさい」
「あの、先生、すみませんでした。患者さん、怒ってました?」
「説明の際にまず謝っておいたよ。でも、全然怒ってないですって」
「あー、よかったぁ」
「それよりも、話に集中しすぎて、ファイバーの痛みやしんどさも感じなかったってさ」
「うわぁ、ヤバかった。いや、結果オーライですけど、先生、途中で言ってくださいよ。意地が悪いじゃないですか」
「あー、ごめんごめん。正直なところ、僕も話に聞き入ってしまったから」
「先生! 勘弁してくださいよ」
「ほんと、すみませんでした」
「二人面白いから、M-1出てみたら?」
「「あ」」
「ん?」
「去年、1回戦で敗退しました」
「出てたんかいっ!」
患者様の気遣いのおかげで、ほのぼのした空気のまま仕事を終えることができましたが、翌日、ファイバー室の壁に「私語厳禁」と毛筆フォントで書かれたA3の紙がラミネートされて貼り付けられており、肩を落とした私たちでした。
今年は1回戦突破するぞ!
【おしまい】
【KAC2024 2】私語厳禁 かきぴー @o_keihan
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