23頁 取り調べ

覗き窓一つの暗い取調べ室

『永田 譲』がうなだれて居る。

憲司は暫く沈黙し、机越しに永田 を見詰めている。


憲司の取り調べが始まる。

憲司は優しく、


 「・・・昨夜ゆうべは眠れたか?」


黙り込む永田。

憲司は続ける。


 「・・・豊橋からよくこんな所まで来たな」


机の電球の灯りが永田の顔の半分を照らす。

憲司は静かに、


 「譲、・・・オメーにはもう帰る場所は無くなっちまったなぁ」


永田は机の一点を見詰めている。


憲司の眼が『刑事の眼』に変わって行く。

永田を崖から突き落とすような口調で、


 「父親はこの世には居ねえし、オメーを産んだ母親は遠い国に行っちまった。これから独りぼっちで長げえ懲役に就くんだ」


永田は微動だにしない。


 「オメーの立場と気持ちは分らねえ事はねえ。・・・しかしよう譲。それがオメーに与えられた運命(サダメ)じゃねえのか? なのにオメーはそれに逆らって・・・」


憲司の見ている永田の顔に、シゲルと道子の顔が交差して来る。


 「俺にもオメーと同じ歳の息子が居る。その息子は事情が有って赤ん坊の時、貰(モラ)って来たんだ」


憲司のその言葉に聞き耳を立てる永田(十六歳)。


 「女房と二人で大切に育ててな・・・。ところが、女房が二週間前に死んじまった」


永田は真剣に聞いている。


 「その息子が中学ん時、俺の脚を包丁で刺しやがってな」


憲司はズボンの裾をたくし上げる。

永田は膝の傷を一瞥し憲司を見る。


憲司の鋭い刑事の眼が、「優しい父親」の目に変わって行く。

たくし上げたズボンの裾を下ろしながら、


 「どうした譲。オメーだけじゃねえんだ。我慢するんだよ。・・・オメーはまだ若けえ。やり直しがきくかもしれねえ。懲役は長げえけれど、これから鉄格子の中でオメーの帰る道を探すんだ。そして、オメーがヤッた人達を一生かけて供養し、その家族に心から謝罪して行く事。それがオメーの勤めだ。いいか、・・・もしオメーが再びこんな惨めな罪を犯したら、俺はオメーを死刑にしてやるからな!」


永田 譲の瞳から涙が溢れ出す。

                     つづく

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