ケトル
藍田レプン
ケトル
神奈川在住の主婦、Wさんの話。
「9月の夜のことでした。夫と二人でコーヒーを飲むために、ケトルでお湯を沸かしていたんです」
ケトルの湯が沸騰したのを確認してからWさんは火を止め、二つのコーヒーカップにインスタントコーヒーをスプーンで掬い入れ、ケトルの湯を注いだ。
「一杯目は普通にできました。でも二杯目のほうが」
同じケトルで、間を置かずに注いだはずなのに湯気が立っていなかったという。
「あれ? とは思ったんですけど、とりあえずスプーンでかき混ぜて」
夫が先に、その湯気の立っていないコーヒーを手にとって、一口飲んだ。
「冷たい」
「えっ?」
Wさんはそんなはずは無いと、夫のコーヒーに口をつけた。
冷たい。ぬるいどころではなく、冷蔵庫で冷やしたかのように冷たい。
「待って」
Wさんは湯気を立てている方のコーヒーを飲んだ。こちらは普通に熱い、ホットコーヒーだった。
「そんな瞬間的に片方のコーヒーだけ冷めるなんてありえない、ケトルに何かおかしなところがあるんじゃないかと思って、ケトルの蓋を開けたんです。そしたら」
ああ、いい湯だった、とケトルの中から声が聞こえた。
驚いてケトルの中を覗き込むと、そこには残りの水以外何もなかったという。
「夫もその声を聞いて驚いていました。そんな変な出来事は一度きりで、それからは何もなかったんですが、気持ち悪いのでそのケトルは捨ててしまいました。どこにでも売っているような安物だから未練は無いんですけど、『それ』の正体が気になって」
私、あれは『目玉おやじ』だったと思っているんですけど、どう思いますか?
真剣な顔でそう尋ねられ、私は曖昧な笑顔を作ることしかできなかった。
ケトル 藍田レプン @aida_repun
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