終末のデジャヴ

 シャサ・アドゥクエルが目を覚ますとそこは見慣れた光景だった。

 見慣れた天井に使い慣れたベッド、匂いや彼が感じる居心地全て、十六年を共にしたローヌ宮殿の一室のものだった。

 身体を起こし立ち上がると寝汗の不快感に気づく。クローゼットから正装を取り出し着替えを済ませる。


 そんな一手間で彼を包むオーラは王族のものに変化した。

 少し寝癖のついたオールバックの真紅の短髪。愛らしい目鼻立ち。日によく照らされた健康的な肌色に平均的な身長。

 真紅の髪についた寝癖をくしで直し、シャサは自室の扉を開けた。


「シャサ様おはようございます。朝食の支度ができておりますのでダイニングルームへお越しください」


 部屋を出ると、使用人のハルマン・ロバートがお辞儀の姿勢で立っていた。


「ハル爺おはよう」

「それとシャサ様宛に一通お手紙が届いていました」 

「手紙?そうだな部屋のテーブルにでも置いといてよ」


 ハルマンとはそこで別れ、ダイニングルームを目指して長い廊下を歩き始める。


 何人かの使用人とすれ違い、その度に挨拶を交わしようやく一階のダイニングルームにたどり着いた。


「おはよう兄さん」


 広い一室に置かれたダイニングテーブルの一番奥の席にミハエル・アドゥクエルは坐っていた。

 洋紅色の短髪に冷気の様な冷たい顔立ち。白い肌に高い身長。

 この時、シャサは何故か少しだけ嫌悪感をミハエルに抱いたがその正体が判明することはなかった。


「おはよう。外ではその呼び方はよせよ」


 シャサの兄ミハエルはローヌ国の国王だ。一般的な王とは違い白いコートに身を包んでいる。

 シャサはミハエルの坐る椅子から一つ空いた席に腰を掛ける。


「姉さんはまだ見つからないの?」

「あぁ。目撃情報にすらたどり着けない」


 シャサの姉でありミハエルの妹であるノウシ・アドゥクエルは一年前から行方がわからなくなっていた。

 買い物で街を出た際、護衛と使用人を一人ずつ連れていたノウシは、二人を置いて何処かへ消え去ってしまったという。


 ノックの音が響く。二面の扉を開け使用人が三人中へと入ってくる。

 一人はハルマン。一人は兄の秘書。そしてもう一人小柄な女の子が立っていたが、シャサはその子を知らなかった。


「本日よりこの宮殿に仕えさせて頂きます、料理人のピピ・ニャンニーです。お二人の健康と食事のサポートを精一杯致しますのでこれからよろしくお願い致します」


 シャサと同い年の彼女はこの場では緊張に支配されていた。緊張に包まれたピピはその後、二人の目の前に自身が用意した朝食を運んだ。


 ティーカップに入った赤茶色く透き通る紅茶、ピピ手作りのパンが二つずつ、フワフワの卵料理、綺麗にカットされた色とりどりのフルーツ。


 朝食を頬張る二人の間に会話は起きなかった。

 多忙なミハエルは秘書の男と予定の確認。シャサは一人ピピの用意した朝食に感心していた。

 味の満足感に加え体の疲労感が薄れていく感覚。朝食がもたらした幸福感は絶大なものだった。


「美味しい朝食だった。会議に出てくる」

 朝食を綺麗に食べ終えたミハエルはすぐに席を立ち上がり、秘書の男と共にダイニングルームをあとにした。


 それから少ししてピピに感謝を伝えたシャサがダイニングルームを出る。そのまま一階の中庭へと向かった。


 さっきのダイニングルームが約四部屋入る中庭には、短く同じ長さに揃えられた草が一面に生え揃い、一本の木が生えているだけで、広いスペースを有していた。

 一本の木の下にナチュラ・ハイネルは坐っていた。長さが顎のラインで揃った竜胆色の髪。タレ目で長い睫毛が印象的な女性だった。


 ナチュラはミハエルに戦闘能力を与えた元師匠で、シャサの現師匠だ。

 ある戦闘民族の生まれで、その実力が買われ、親の代から用心棒として働いている。


「おはようございます。今日も修行にご教授お願いします」

 立場としてはシャサの方が上だが教えを乞う身として下の立場の対応をとった。


「顔色が優れないがどうかしたか?」

「悪夢を見たんです。誰か大切な人に裏切られる夢を、あぁ駄目だ思い出せない」

「ミハエルもそんなことを言っていたな」


 ナチュラは白樫の木でできた剣を軽く投げる。それを片手でシャサが受け取ると二人は構えに入る。

 両手に剣を持ち目の前に突き出す。


 最初に動き出したのはシャサだった。ナチュラの急所を抉るように何度も剣を振るう。

 しかしナチュラは軽い身のこなしでその全てを回避してみせた。


 回避する最中、ナチュラはシャサの剣技を見定めていた。

 実力の程度、癖、攻撃のパターン。

「お前はやはりつまらん男だ」

 ナチュラの反撃が始まる。剣によって絶え間なく全身を殴打され、シャサの周りに少量の血が飛び散った。


「いつも通りお前はギフトを使っても構わんぞ」


 ◇


【ギフト】

全能神オブザーバーによって三つのギフトが与えられる。与えられるのは神の力のごく一部である。全能神は信仰ある者にギフトを与えその信仰心を煽る。信仰心は神の生命力となる為、本人の理想に沿ったギフトが与えられる場合が多い。


【能力】

ギフトによって与えられるものの一つ。この世に存在する神の力の欠片を与えられる。この力は鍛錬や信仰によって覚醒を果たす。


【加護】

ギフトによって与えられるものの一つ。神の生命力の一部。人々はこれを一つのエネルギーとして認識している。思考力が上昇したり、身体能力を大幅にアップさせる力がある。また能力に沿った加護が与えられるケースもある。


【予言】

ギフトによって与えられるものの一つ。人々の行く末を知る全能神によって、一生で辿る運命の予言が与えられる。


 ◇


 シャサは突然姿を消した。かに見えた。突然さっきまでとは全く別の位置に現れた。

 即座に反射したナチュラは剣をぶつけ受け止める。

 そんなやり取りが何度も何度も行われた。加護によって身体能力が向上されたシャサの動きは、素早く、力強かった。


 シャサは能力も使ってた。

【ブラッドジャンプ】彼が与えられた能力だ。自らの血液、血痕へ瞬間移動することができ、その距離が遠ければ遠いほど合間のインターバルは長くなる。

 しかしナチュラは加護も能力も使わずに、その全ての攻撃に対応した。


 何度か軽く反撃を繰り出し、その度にシャサの行動は鈍くなっていった。

 やがて大きく息を荒げ血痕を残した草むらに横になって起き上がらなくなった。


「何故つまらんか。それは勝ち筋しか見ていないからだ」


 質問で溢れるシャサの脳内に反して喉は声を出す準備を始めなかった。


「明確な課題が欲しそうな顔だな。お前が敵を見て手探りに攻撃や防御をするように、敵もまたお前を見て戦闘を展開する」


 淡々とストレッチをこなしながらナチュラは続ける。


「戦闘ではどんな些細な要因でも勝ち筋、負け筋になる。環境、地形の優位性、戦闘外での負傷や体調不良、能力や戦い方の相性。どれだけ大雑把な奴でもお前の動きから何かヒントを得る。なるべくヒントを与えるな」


 シャサは教えの本質を理解していなかった。

 伝え終えると同時にストレッチも終えナチュラは中庭から立ち去った。

 しばらくして体を起こしたシャサが、ストレッチを軽く済ませ医務室へ向かった。


 コンコンと二回扉を叩く音が廊下に鳴り響く。「どうぞ」と低い男の声が中から聞こえるとシャサは扉を開けた。


「もうそろそろ来ると思ってたよ」


 ギルガ・キャッシャーは扉を開けたシャサを笑顔で迎えた。

 母メローネの弟で、この宮殿の医者のような役回りを買っている。

 人差し指に乗っていた白い鳩が窓から翼を広げて飛び上がる。純白な翼をヒラヒラと舞わせながら。


「今日も派手にやったね。さあそこに坐りなさい」

「いつもすみません。やっぱり俺には才能がないみたいで」

「才能がない自分のために努力をするのは嫌いか?」


 シャサは考える。自分にはそれに対しての答えが存在しないことに気付く。

「わかりません。自分のためと考えたことはなかったです。少しでも兄の支えになればと思ってました」

「君はつまらないね。もっとユニークに生きるんだ。君の言う兄の支えってのは解像度が低すぎる。もっとリアルに、ゴール地点を見通すんだ」


 またもやシャサにはわからなかった。


 木の椅子にぐったりと坐り、目を閉じるシャサの頭にギルガは手を乗せる。

 数秒間沈黙が続く。鳥の鳴き声に風になびく木々の音、街の喧騒に家具が軋む音。沈黙が様々な音を部屋へ連れてきた。


 しばらくしてギルガは数個の医療道具で適切な処置を施す。


「毎日言うけど無理は禁物。私は能力で何処が悪いかを見て適切に処置出来るだけ。焦った結果ミハエルを困らせないように」


 シャサは自室へと戻った。処置を受けた後でも痛みは引かなかった。

 しかしこの痛みが、強さへの近道な気がして、少しだけ心地良さを感じていた。

 部屋へ入るとすぐに机に置かれた手紙を手に取った。


 白い長方形の封筒の封を開け、中のそれを取り出す。

 一枚の紙が折り曲げられており、すぐに開いて書かれた文字に目を通した。


『拝啓、シャサ・アドゥクエル様

この度はミハエル・アドゥクエルについての真実を伝えるべくしてこの手紙を書きました。私は反国集団のリーダーです。我らは《反撃ゲイボルグ》と名乗り、革命の機を伺っています。本題ですが、我らの行動理由は君の兄にあります。君の兄ミハエル・アドゥクエルは宮殿に古代兵器を隠し持ち、この国を滅ぼそうとしています。このままでは一年後この地を踏んでいるのは隣国グレイの者になってしまう。ミハエル・アドゥクエルの暴走を共に止めて欲しい。それが我々反撃の槍の願望です。今日の日没時にサードストリートのモンテフという店に来て下さい。真相はそこで話します』


 突飛な内容を整理するため何度も何度も何度も読み返した。シャサはパニックに陥った。

 この文字には見覚えがあった。そして何故かこの手紙を読んだ記憶があった。

 やはりシャサは何もわからなかった。

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