第8話 魔王の力?


(剣が、ない――!?)


 レグナスが腰に手を伸ばすと、そこに鞘はあるが、肝心の剣がない。


(くそっ! さっきんだ時に落としたか――)


 そうしている間にも、「緑色の子供たち」は押し寄せてくる。


――このままでは、やられる?


 そう思った時だった――。


 左腕の手甲が、「リーン!」と、うなった。


 レグナスがその左手を見やると、手甲が明らかに異様に光り輝いている。



バーン!



 一瞬のことだった。


 レグナスの前面、「緑色の子供たち」との間でなにかが弾ける音がする。


ジ、ジジ、ジジジ……――。


 そしてその空間にまるで小さな雷が集約するように奇妙な光と音を立て始めた。


ギギ――!?


 さっきの破裂音の衝撃波で、いくらか押し戻された「緑色の子供たち」も、さすがにこの異様な光景に動きが止まる。

 いや、様子を見て止まっているのではない。「恐れて怖気づいている」のだ。


 その光から発せられるあまりにも禍々しい気配に、本能的に恐れを抱き凍り付いていると言った方がいいのかもしれない。


 かくいうレグナス自身もひりつくような禍々しい気配に様子を見ることしかできない。


(な、なんだぁ!? 何が起きてる!?)


 その空中に浮かぶ小さな雷と光が、やがて形を成し始める。


 鋭くとがる切っ先、銀色に鈍く光る刀身、そして最後に紫のこしらえの柄――。


(剣――!?)


 いや、こんな形の剣は見たことがない。


 刀身は微妙に反っていて細い。片刃の剣らしく、刀身の片側だけが鋭利に研がれている。刀身の付け根にはつばがあるが、その鍔の大きさは手のひらよりも小さいか。そして、最後につか。柄も細く、ちょうど両手で握れるほどの長さがある。


魔王刀まおうとう、よ――。これを使いなさい』


 左手の手甲から声が響いた。


「ゼクス!? お前の仕業なのか?」

『ほら、くるわよ?』


 左腕の手甲に向かって話しかけるなど、周りに人がいたら完全に頭がイカれたやつにしか見えないが、幸いここには「緑色の子供たち」しかいない。


 「それ」は、剣には違いないのだ。

 だったら使わない手はない。というか、「それ」しか頼るものがない――。


 レグナスはその宙に浮かぶ「剣」、リジンの柄に手をかけた。


ぐわん!


 と、体に何かが宿ったような力が湧いてくる。


――なんだこれは!? いや、今は考えている暇はない!


 見ると、さすがに「緑色の子供たち」も、気色けしきを取り戻して得物えものを構えだしている。



 ぬううおおおお――!


 

 レグナスは渾身の気合を込めて、その「剣」を横にいだ。


 空中を斬った、だけである。


 何をやっているかと、剣術の師範なら言うところだろう。「斬る」ためには「刃」を命中させなければならないのは剣術を習ったことのないものでもわかることのはずだ。だが、この時のレグナスには何か「確信」めいたものがあったのだ。


 そしてその「確信」が間違っていなかったと、すぐに証明されることになる。


 横に薙いだ刀身の描いた「弧」が、紫色の光の波となって、前方に押し寄せてゆく。

 そしてその「波」に触れた「子供たち」が次々に分断されていく情景が眼前で展開されてゆく――。


 その「波」は数メートルにわたって広がってゆき、結局、一人残らず「子供たち」を分断してしまった。



(なんて威力だ――)


 レグナスは自身が行ったにもかかわらず、その情景に圧倒された。



――ぐ!? ぐはぁ――!?


 突然、レグナスの体に突き抜けるような痛み、いや、衝撃が走った。


 堪らず、レグナスは膝をつく――。


『よく使いこなしたわね――。大丈夫、「敵」はもう周辺には居ないわ――。いまはゆっくりと休みなさい――』


 ゼクスの声が静かに響く。

 レグナスは薄れゆく意識の中で、左腕の方に視線を落とした。


 そこに「手甲」はもう、存在していなかった。

 どうやら『戦闘態勢』は解除された、よ……うだ――。

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