第6話 竜の素材は波乱の元

「これは一体?」

「ものが何かは言えない。だが、分析を依頼したい」

 総合新素材研究所に持ち込まれたのは、一枚の鱗だった。


「見た目は、葉状鱗ですね」

 応対しているのは所長で、相手は国の機関だそうだ。

「ですが、このサイズは?」

 扇状の広いところで、二〇センチ近くある。


「元は両生類だと思われる」

 担当者の方が告げてくる。


「両生類? しかし、この鱗は魚類の特徴を持っています。両生類。トカゲなどのうろこ状のものは皮膚。硬質たんぱく質のはずです」

「そう言われてもね。まあ分析はお願いするよ。どのくらい掛かりそうですか?」

「分析だけなら、一週間もあれば大丈夫です」


 そんな依頼を受けて、分析が回ってくる。

 なぜか俺の所へ。


 上司は鱗を見て、先日のフォルダー名。あれを思いだしたようだ。

「妙に勘が良い」

 手元に戻ってきた鱗を、じっと見つめる。


 元々鱗は専門外でよく知らなかったが、魚類と違いトカゲの鱗はケラチンといって、私たちの爪や髪の毛と同じ素材。それが硬質化したタンパク質。

 だけど、見ている鱗は明らかに魚類のもの。


「ドラゴンが脱皮をするのは想像が出来ないし、独自進化か?」

 まあ良い。成長するにつれて、さらなる鱗が同心円状の層に追加される。年輪もあるし歳も推測できそうだ。


 すでに撮った写真はあるし、推定年齢一九九二。

「イノセンス・プロジェクトか?」

 つい思いだした。

 DNA鑑定などの科学的証拠を用いて、無償でえん罪事件を支援・救済する活動がある。


 導男は適当に報告書をまとめる。


 対象は、推定年齢一九九二歳。

 特徴は、魚類等の特徴を持ち硬質たんぱく質では無く、高次の硬骨魚類。条鰭類じょうきるいの派生系統群と同様と見られる。

 この鱗において外側部分は、骨梁こつりょうと共に扇状に広がり、内側部分はおそらく、繊維状結合組織と十字交差するものと思われる。葉状鱗と同様構造を持ち、ガノイン鱗とは異なり、薄く半透明。硬化したエナメル状の層や象牙質層が欠落している。

 ガノイン鱗とは、原始魚類に多く見られた硬鱗からコズミン質が退化したもので、主にエナメル質からなる硬鱗の一種。チョウザメ類等。


 成長するにつれて、さらなる鱗が同心円状の層に追加されているようである。

 葉状鱗はおそらく頭から尾への配置構成を取っていると考えられ、屋根瓦のように重なり配置。これにより体表全体に水等の滑らかな流れをつくり、流体抗力を減らすと思われる。一部の葉状鱗では、年輪と呼ばれる不均一な季節的成長の輪が見られ、るがこの鱗にも同様のものが存在する。この輪は魚類の年齢査定に用いられている為同じく計測。上記に示した推定年齢がこれである。 なお付着していた細胞の遺伝子検査により同様のものは無いが、トカゲに近い生きものだと推測される。


 成分分析並びに、SEM像は別紙参照。




「報告書を読んで笑え」


 一応サンプルごと返す。

 決まりだし仕方が無い。


 三日でまとめて提出。

 データベースで比較するのに、結構時間が掛かった。


 この時サンプルを返した事を、後悔するが仕方が無い。

 国は遺伝子から復活させようと考えるかもしれない。

 ふと思ったが、流石にないと気持ちに蓋をした。



「おう帰ったぞ」

「お帰り」

 クルクル回転しながら出てくる淑子。


「えへっ。どう?」

 ちらっと見て答える。


「風邪を引くなよ」

 そう彼女は、裸エプロンで出てきた。


 昨日、必要経費を貸したからだろうが、あざとい。

「貸したものは返してもらう」

「うん。体で」

 当然というように、胸を張り答えてくる。

「却下」

「ええっ」

 うなだれ、向こうに向けて歩き出す。


 うーん。ガバッと背後から抱きしめ、流される。

 だって若いんですもの。


「はい。どうぞ」

 ニコニコしながら、ご飯をよそって渡してくれる。

 ガーリックと一緒に焼かれたチキン。

 山芋の短冊。

 焼き牡蠣。

 牛肉とタマネギのオイスター炒め。


「はい飲んで」

「変わった味のチューハイだな」

「これを割ってみたの」

 赤地に白く蛇のなまえ。滋養強壮剤の瓶だな。


 すべて、何かを意図した料理。


 種族の問題なのか、異様に好きなんだよね。

 食事をするだけで、鼻血が出そうだ。



 週末、珍しく客が来た。

 暇なので、俺の車で内見に向かう。


 少し山手の山荘風。

 元々は別荘として建てたらしい。

「へー、いいなあ」

 内見に案内して、案内した方が言ってはいけない台詞が、つい口から出た。


「そうでしょ」

 淑子もそう言うと、お客さんに向き直る。


「どうでしょうか?」

「うん。希望通り。中も拝見できますか」

「ええ。もちろん。ですが、電気が来ていないので承知ください」


 玄関を開け、専用のスリッパをお出しする。


 中は、木を多用した造り。


 年は経っているが、落ち着いた雰囲気は持っている。



 ただ、俺にはわかる。

 よどんだ空気と、血の匂い。

 妙に気温より低く感じる寒さ。


 そして、うっすら見える血しぶきの跡。

 これは一般に人には見えず、俺達だから見える痕跡だと言うことだ。

 見えたら客は逃げるよな。


 廊下にも結構な跡はあるし、血の流れる何かを引きずった跡もある。


 後で聞いたが、幸せに暮らしていたが、道に迷った子供達が泊まった晩。

 なぜか犯人の息子さんが、遺産目当てで殺人を起こしたらしい。


 きっとあの少年団と名乗る子供達が、来なければ起こらなかった。悲しい事件だと淑子が言っていた。

 恐るべき子供達。


「噂では行く先々で、殺人事件を目撃とか巻き込まれたりしているみたい。えーとメガネをかけた子が探偵みたいな名前だった気がする」

「名前は別に良いが、その子がうろうろしなければ、事件がなくなるんじゃないか?」

「そうね」

 そう言って、淑子は少し悲しそうな顔をする。

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