第18話 「少女シュウメイの生き様」
具現解放、
ゴバッッ!と鈍い音が弾ける。
忽ち血の混じる斬撃が二つに割れる。
左右へ散ると思えば迂回してミアへ襲いかかった。
其々が血族と化した眷属、
「くっ」
ぐわんぐわんと燕のような速度に繊細な動きでミアへ襲いかかる二つの赤い斬撃。弾こうが切ろうが止まぬ攻撃の嵐が始まった。
「これ、むずかしい……!」
ミアは手一杯になりながらも夜叉と羅刹に対応して見せた。回避と流しを繰り返す事で、舞うようにして華麗に追撃を避けた。
だがシュウメイは守りを一切捨てて自身さえも巻き込むように走り出す。夜叉、羅刹に加えて毘沙門天の最大火力。これこそシュウメイの精霊剣が齎した一つの答えだった。
凄まじい攻防が繰り返される。
「はぁぁぁぁ!」
「どこに、そんな力……」
徐々に削れていく白の少女。
青の少女は連撃を止めない。
「――滅んででも、絶対に勝つ」
「わたしが、勝つ」
二人は互いの剣を徐にぶつける。
力技の剣撃が繰り広げられると土埃はその色をより濃いものにしていった。耳を突き刺すような金属音が弾けるたびに風が舞い散る。
「……才能に、恵まれた気分はどう」
「しゅーめいの、実力不足、でしょ!」
ドン、ガン、ギィン!と。
精霊剣が重なる度に互いの思いが溢れる。
「おそい」
「くっ」
だが。
劣勢だったミアは直ぐにペースを掴んだ。
瞬く間にパワーバランスは傾いていった。
失血と疲労で限界のシュウメイは奥の手を持ってしても通常通りの戦いができず歯噛みする。もう思考することも儘ならない状況で彼女はただ闇雲に剣を振った。
そして、遂にミアが隙をついた。
「疾ッ!!!」
「――ッ!?」
ギィン!!!と。
甲高い音はミアが攻撃を上に弾いたもの。
シュウメイの腕は真上に上がり、背中が反り上がる。
一瞬、時は静止した。
負ける。
そう思ってミアを見ていた。
血塗れの白い少女は美しく無駄のない動き。ミニマルなステップで近づいた。手首のスナップを効かせた剣運びで構え、腰の入った一撃を放とうとしている。
シュウメイが介入する余地は、無い。
終わる。
「あなたは悪くない」
「――――、」
ミアはここ数年で最も強く柄を握った。
極限まで集中を高めた必殺の一撃の為に。
踏み込み腰の入った、高速度の一振りを放つ。
「――断絶!!!」
ズザァァァァァァ!!と。
シュウメイを刻む黒雷が黄昏の空を破った。
人を斬らぬ人斬りは、傷よりも痛覚を蝕む傷。
「――、」
断絶を受けたシュウメイの体は天を向いたまま、一歩ずつ後ろへ下がっていく。激しく肩で息をするミアがそれを見守った。
そして、シュウメイの足はぴたりと止まる。
「じい、さ……ま…………」
小さく言葉を残し、口の端からたくさんの血を流す。
痛みはおろか呼吸すら忘れシュウメイの視界が真っ暗になる。
「しゅーめい……ありがとう」
「…………」
もう返事はない。
ミアはただシュウメイの剣が消えるのを待った。
「…………」
無言で立ち竦むシュウメイ。
真っ暗な視界の中でふわっと記憶が蘇る。
まるで螺旋状になった過去を覗くような感覚。
『
『じいさま、何故?』
『ええか、これは苦が無いと書く。不便な時に使うから苦無なんじゃ』
『でも使い方は覚えないと』
『不要じゃ』
『どうして?』
『苦無は、使おうと思った時は既に使っておる』
『……?』
実際のところ。
今回、勝機は初めから無かったと言っていい。
それは走馬灯を追う少女が最も自覚している。
『じいさま!!どうして強くならなきゃいけないの!?何で忍びの者は隠れなきゃいけないの!?わたしはただ、皆とゆっくり生きて――』
『ならん』
誰よりも強くなると、そう決めた少女。
決意を胸に妥協無く生きてきたシュウメイにとってミア=ツヴァインは外界の広さを知らしめる象徴だった。だから勝敗の行方を理屈ではなく感情で捉えた。
己と向き合うがあまり理解してしまう。
今回の相手がどうしても越えられない壁であることも、このような負ける結末を迎えてしまうことも。それでも譲れないものがどこかにあったのだ。
そして意識は、徐々に思い出へと呑まれる。
『ええか五番。忍びたる者、
『どうしてそんな事をするの?今までみたいにたくさん我慢するよ!だからわたし……ここで普通に暮らしたい!』
『陰陽の道、来る終末に備え口碑せよ』
『そればっか!』
シュウメイはこの回想を何度も経験した。
もう言葉にできるほど鮮明に繰り返す過去。
懐かしむように、苦しむようにして昔を思い出していく。
『じいさま……』
『……五番。此処を出たら、名を作り南に行け』
『わたし……。じいさまの名前を、教えてくれませんか』
『ならん』
その後の記憶はすぐ炎の中だった。
老人の帯を握って無我夢中で走る自分の姿に辿り着く。変わらぬ過去をシュウメイが俯瞰で眺めて見届けていく。
『どうして……どうして!!!』
帯には老人の名が刻まれていた。
読み方を知ったのは、もう少し先の話。
『す……ま、ぬ。……ワシは…………』
走る最中に思い出されるものがあった。
血塗れの老人が笑顔で少女を送り出す瞬間。
その、最後の言葉。
『お前を愛している。
こうしてシュウメイの記憶の螺旋が終わる。
刹那に強い痛みがやってくる。
現実へと戻されるも、痛覚は直ぐに収まった。
動かぬ身体と共に意識が遠のいていく。
「――――、」
――じいさま。貴方は私に何をくれましたか。
シュウメイは消えそうな精神の中で問うた。
答えのない質問を投げかけてみたくなったのだ。
勿論返事など無いし、この言葉に深い意味はない。
――私は、まだ頑張らなきゃいけませんか。
ペンは指にタコができるほど握った。
それを更に握ってタコすらも潰す日がシュウメイにはよくあった。刀を握って剥けた掌も、術に失敗して古傷だらけの肌も、シュウメイにとっては目標の過程に過ぎない。
――あの日から、誰も教えてくれません。
「…………」
すっと。
最後を告げるように、シュウメイの刀が落ちた。
カランと乾いた金属音が鳴って淡い光と共に消失していく。名残り惜しむように、それでいて確実に精霊剣の毘沙門天・裏が空に散る。
「しゅーめい」
ミアは多くの言葉をこめて、それでいて全ての言葉を伏せて、ひと纏めに名前だけを残した。
アナウンスが鳴るよりも先に去る。
「…………」
余念は残さずに消える事で尊重の意を示した。
背を向けてただ石畳の上を歩いていく。
「――じい、さま」
「――ッ!!!」
だが、ミアの背筋に電流が走った。
瞬間。
直ぐに振り返る。
「……ォ……ォォオオオオオオオオッ!!!」
「――なッ!?」
シュウメイは走っていた。
苦無を握りしめ、白目を剥いたまま進んだ。
ミアは手加減をする余裕などない。寧ろ本物の虚を突かれて形勢さえ逆転する程の状況に顔を大きく歪めた。
「ォオオオオオオオオオオオオ!!!」
叫ぶ。走る。ただ一点へと。
追い込まれ、斬られ、業を受け、身を削り、己の精神すら削って尚も必殺の断絶を受け、最後に精霊剣すら捨てた少女の諸刃の剣は“苦無”だった。
『苦無は、使おうと思った時は既に使っておる』
――間に合わないッ!!
素直にそう考えたミアが最後の手段に出る。
精霊剣の奥義。
それは、魂の解放だった。
滝のような汗がミアを襲う。
バッっと即座に剣を翳し、呼び起こす。
「――
「ぁう」
ところが。
走るシュウメイが寸前で膝から崩れていく。
少女の華奢な身体が突然脱力して斜めに傾く。
「――っ!」
バタン、と。
先にシュウメイに限界が来てしまった。
「…………」
ミアは驚きに硬直したまま、倒れて動かない相手を見た。大粒の汗と洗い息に気付きながらも、逸る心臓を抑えることができないでいた。
「うそ、でしょ」
未だに信じられないのは勝敗の事実ではない。
あの状況でも戦おうとした志はミアの勝利の志すらも超えた。それを白の少女は受け入れられず、ただ倒れるライバルを見つめている。
観客は黙ったままだが、実況が動く。
『ゆ……優勝――ミア=ツヴァインッッッ!!!!』
拍手は少しずつ。
ゆっくりと時間をかけて大きくなっていく。
「――、」
ハッとしたミアが振り向き直して会場を後にしていく。彼女の表情は勿論のこと、感情はあまりにも複雑で表現し難いものだった。
「……つよく、ならなきゃ」
可能性でしかない出来事だ。
しかしこの日、確実に感じた事。
少女は生まれて初めて負けの恐怖を味わった。
それは心臓に墨を入れる様に、深く刻まれる。
最後の三位決定戦を残し、決勝戦はミアの勝利で幕を下ろした。
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