第17話 「天才 vs 秀才」



 陽が傾き黄昏へと向かっている。


『さぁぁお待たせしました!決勝の瞬間!!!』


 アナウンスが寒空に響く。


『今宵、この時!!学年最強が選ばれます!!!』


 一歩ずつ踏み出す足。

 早まるのは結末を急ぐのか、それとも戦いを喜んでいるのか。少女シュウメイ自身も理解できていないが身を預けるようにステージに立った。


 新しく張り替えられた石畳の感触を確かめて地形を分析する。躓くことがないほど測量調整された床はどこか無機質。数十分前までの選手の戦いの痕跡を残さないステージが印象的だった。


「――、」

「しゅーめい」


 そして対峙する、学年最強。

 さっきまでの消耗を全く見せない自然体な容姿。新しい制服に身を包んだ小柄で白い少女。入学式からずっと追いかけた一つの目標。


 言葉はいらない。ただ開戦を待つ。


『天才VS秀才の戦いです!一気にSランクまで上り詰めた白色階級ブロンクラスのミア=ツヴァイン!そして誰よりも努力を続け現在Aランクの学年トップを誇る青色階級ブルクラスシュウメイ!』


 少女はここで全てを出し切ると決めている。


『いつか見たかった対決が今ここに!それでは』


 シュウメイは冷静に呼吸を整えた。

 ミアは変わらずにただ立ち続ける。


 最強を決める戦いに全ての観客が幾つもの想いを乗せて。

 この瞬間を留めるように見送った。


『――決勝戦、開始ッッッ!!!!』


 開戦。


「――虚心合掌」

「冥界の剣」


 バッバッバッ!と。“臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前”の省略なしの九字護身法。そして北を向いた無心の印の組み合わせ。オン、ベイシラ、マンダヤ、ソワカの口読みと共に、忍びの願いと精霊剣の本質を唱えた最大火力が放たれる。


「奥義――輪廻郷印りんねごういん


 シュウメイの足元に青い光の陣。そして風と共に地面が捲り上がり、そこから一本の刀が顕現する。

 美しく青い太刀は本来の炎剣の形に少女のギフテッド“銘々反転めいめいはんてん”が加わった裏の反転属性、水タイプの刀。


「毘沙門天・裏」

「ハデス」


 対するミアも空中を割いて生んだ禍々しい剣を取り出す。少女に構えはない。最強に防御など不要だと言わんばかりの棒立ちには一切の隙がない。


 観客が息を呑み、2人は地を蹴った。


「「――、」」


 ドッッッ!と風が舞う。

 直後に凄まじい金属音が何度も何度も響いた。目で追うのが難しい光景はステージのあらゆる箇所から火花を撒き散らし、埃と風を舞上げて拮抗する。


「しゅーめい」

「――はぁッ」


 高速度の剣撃の中、汗すらかくことのない両者が目を合わせる。

 シュウメイが太刀を薙いでミアが回避、懐に踏み込んで振った剣を今度はシュウメイが躱す。次の攻撃は互いが剣を合わせて火花が散る。


「つよい」


 ミアは想像以上の相手を称賛した。

 互いに表情の少ない少女同士だが、その中でも声色すら変わらないミアが素直になるほどの相手。血生臭い努力の上に立つ忍者への評価。


「ここ」


 だがミアの基礎基本を超えることなどできるはずもなく、更には背後に目がないと立証できないほどの立ち回りを平気でやってくる。


「……悔しいけど」


 相対する忍もまた、自分と最強の差はここにあるのだろうと理解する。同じ高みへと練り上げられた基礎でも、独自の感性を交えて大きく差をつける。


「練り上げてる」

「はぁ!!」


 ミアは相手の動きの癖や重心のバランスから3手先までを平気で読む。その相手が弱いほど手に取るように分かるが、練り上げられたシュウメイを読めるのは1手先のみ。


 しかし、それで充分。


「ん」


 少し力強く踏み込んだミアは地面に手をつき、剣ではなく足蹴でシュウメイの太刀を弾いた。その流れのまま起き上がり、一切の無駄なく精霊剣を振り下ろす。


「くっ……」


 躱しきれないシュウメイの頬を剣が掠める。

 髪がぱさりと空に散った。

 そこを皮切りに崩れかけの重心をミアが狙う。


「ん、それ」

「まだまだいけるけど!」

「こう」

「はぁ!!」


 一瞬のブレから何度も防御しずらい位置を狙われる。攻防を繰り返していたシュウメイが防戦一方となり、金属音はより増えていった。


 ガンガンギンガギィ!と暫く火花が散り続け、やっと体勢を整えたシュウメイはすかさず15メートル後方まで距離を取った。


 少女はここでやっと頬を流れる血を拭う。


「……」

「しゅーめい、つよい」


 離れたミアが率直な意見を述べる。観客含め、最強と激しくやり合って“全く息が上がらない”青の少女に驚いた。


 現に度重なる猛攻から隙を見せたのは頬の傷一つ。

 これだけでもシュウメイの実力を知るには充分なものだ。


「それ、皮肉だけど」


 だが最も差を感じているのはシュウメイだった。


「私は抜かりなく基礎を体得している。自分の身体は髪の毛まで動きが予測できてる。なのに劣勢」

「でも、しゅーめいも本気じゃない」

「どっかの死にたがりと違って、本気だけが戦いに活きる訳じゃないけど」

「それは、そう――」


 ダッ!とミアが距離を詰めた。

 しかし今までとは動きが異なった。


 ジグザグにステップを踏みながら、左右に紫色の斬撃を放ちながら接近する。コウキを吹き飛ばした爆発が来るとふんだシュウメイも剣を構えて業を放つ。


眷属剣けんぞくけん夜叉やしゃの番」

「――、」


 ドッっと特殊な光を帯びた青の太刀を横に振る。


 虚空を割いて生まれた光の斬撃が飛び、接近するミアを絡めとった。危険を察知した白い少女が体勢を低くしてこれを避けるも、光はその箇所で一気に暴発する。


「私の能力は“決定集中”の型」


 ガバッッ!と光の大爆発が起こった。

 白い少女は爆風と砂塵に呑まれ煙に見えなくなる。


 青色階級ブルクラスの特徴の一つである集中能力は一点、決めた箇所に大質量の決定打を送ることができる。夜叉の番は能力解放中は通常攻撃に加えて指定箇所に眷属の一撃を同時射出する業だ。


 これがミアの攻撃を上塗りした。


「そして貴女の斬撃爆発は私の夜叉が阻止する」


 六箇所。

 ミアが左右に放った爆発寸前の斬撃を光が上塗りした。ドドドドドドッ!とあからさまな爆音と風を巻き上げてミアの質量爆発は阻止される。


 この風によって煙が吹き飛び、光の直撃をもろに受けたミアのシルエットは浮かび上がった。


「びっくりした」

「まぁ、無傷だよね」


 土埃が顔についているものの、ミアにダメージがない事を知る。予想はしていたが実際に起こると嫌な気持ちになるものだ。


 シュウメイが呆れた様子でそのまま次の斬撃を放つ。


「わたしの、斬撃じゃ勝てない」

「何言ってんの、適当に撃ってるからでしょ」


 シュウメイの光の斬撃。

 ミアが接近しながら同じ斬撃でなんとか相殺する。


「私は業、貴女はただの斬撃。これで相殺されてるのも不愉快だけど!」


 グッと踏み込んでより強い決定集中を放った。

 しかし光の爆発を破ってすぐにミアが射程圏内に入り込む。

 ここまではシュウメイも予測済みだ。


「――疾」

「忍法――影分身かげぶんしん


 ミアの強烈な一振りはシュウメイの羊皮紙を両断するに留まり、背後に現れた青の少女が仕込み針を放つ。当たれば“影縫い”が成功し拘束できるはずだった。


「見えてる」

「怖いんだけど」


 だがこれをミアはノールックで躱す。平気で避けて見せるだけでなく既に後方に向けて紫の斬撃を放っており、大気が歪んだ。


 ここで初めてシュウメイが汗をかいた。


「――ッ!」


 バゴォォ!!!と大質量の爆発がシュウメイを襲う。

 先を読んだミアの一撃がクリーンヒットしたように見えたが、ミアに手応えは無かった。直ぐに土埃が止んでシュウメイの影を見失う。


「忍法――影法師かげぼうし

「うしろ」


 気付くのに一瞬遅れた。

 ここで漸く最強に初めての隙が生まれて勿論シュウメイはその機会を逃さない。剣を振る大ぶりなモーションではなく空いた片方の手で苦無クナイを取り出して斬りつけた。


 ガキィン!とミアは精霊剣で対抗する。


「貴女、どこまで動けるの」

「こーきの技は覚えた」

「私が!教えたんだけど!!」


 ドッっと感情的になったシュウメイが騎士の剣気きしのけんきを放ちながら毘沙門天・裏を振り下ろした。眷属剣は既に解除され、純な精霊剣の一撃がミアを襲う。


「ん」

「――ッ!」


 すかさずミアは、苦無を持つシュウメイの腕を靴で蹴り上げてハデスの剣を解放した。その角度を維持したまま向かう剣に対抗し、金属音と共に連撃を行う。


 宙を舞う苦無が落ちた時には既に五回。

 互いの剣をぶつけ合った。


「本当に貴女、性格悪いけど!」

「なぜ」

「隙を逆手に取る、ところとか!!」


 ステップを踏んで大きく切り上げたシュウメイ。死角から来るミアの剣を少女が避けながらまた剣を振る。ミアが再びそれに対抗しようとした刹那、場面は動いた。


「――来た」

「ん」


 シュウメイが一瞬ミアと距離を取った。学年最強は深追いせずに止まるが、それがシュウメイの術式発動を可能にさせる。


三段影法さんだんえいほう――幻影沼湖げんえいしょうこの術ッ!」


 少女は“在の印”を片手の単印で作って流動型応用魔術、忍術を展開。ミアは突然の術が範囲指定と判断し咄嗟に距離を取ろうとしたが足は止まる。


「――はやい」


 既に靴が


「はぁッッッ!」

「――、」


 瞬間。

 強く地を踏んだシュウメイの流れるような剣。


 ミアは即座に軌道と攻撃パターンを先読みする。

 しかし相手の次の手を考慮しても隙はない。

 おそらくどの選択も意味を成さず現状は対策が何も浮かばない。


 基礎の領域が近い位置にある二人にとってミア自身がマウントを取る理由は戦闘センス。シュウメイがそれを魔術行使で上塗りするのであればミアに勝ち目はないはずだ。


 そこまでを一瞬で理解する。

 だがこれは、業の無い基礎においての話だ。


「――ヘルスレイム」


 すっとミアが鋒を向ける。

 ただそれだけ。

 シュウメイが20メートル後方に吹き飛んだ。


「――ッッ!?」


 ゴォ!と爆音が鳴り不可視の鉄球にぶつけられるような形でツインテールの少女が遠方へ行く。身体の節々が軋んで鈍い音を立てながら床を転がった。


 強く回る視界の後、身体が止まる。


「ぁぐ」


 比喩するなら巨人にでも殴られたかのような一撃。激痛は後からやってきて、なくなった酸素を取り戻す肺呼吸に咽せかえる。


「はぁ、はっ……有り得ないんだ、けど」


 戦闘中に寝ている暇などない。

 無理に起き上がり視界が揺らいだ。切れた唇からは血が滲む。手で雑に拭った時、少女は腕の重さから疲労を自覚して焦燥に駆られる。


「早めに、戦わないと……」

「しゅーめい」


 告げる白の少女は流動魔術の忍術から既に解放されており、ゆっくり歩きながら呟いている。剣を構え直すシュウメイが頭をフル回転させて次の一手を探した。


「……その業、どう対策したらいい?」

「よける」

「まぁ聞いた私が馬鹿だけど」


 突然の形勢の傾きに観客は息を呑んだ。

 汗一つない少女と怪我だらけの少女。

 互いの行先を静かに見守る。


 シュウメイは息を大きく吸って心拍数を調整。瞑想するように心をまとめて目的の遂行を最優先にした。ジリ貧で負けるくらいなら体力がある内に最大火力で勝つ。


「超える……!」


 それだけを胸に最強と対峙。

 深く瞳を閉じて印と方角を正確にイメージした。


「…………秘技」


 術者には“条件継承じょうけんけいしょう”が存在する。

 魔術の特徴を遺伝的に引き継ぐそれが忍者の文化にも存在し、一人の少女シュウメイも例外なく継承されていた。


 これはある種の奥の手。


「――秘境眈々ひきょうたんたん!」


 そして、彼女の瞳が変化した。


幻影沼湖げんえいしょうこの術」

「――無動作」


 モーション無しでの忍術行使が始まる。


 違和感に気付いていたミアが咄嗟に距離をとり今度は回避に成功した。しかしすぐにシュウメイが忍術行使で隣に現れる。


入日影いりひかげの術」

「しゅーめい」


 例えるなら脳内で複雑な構築式を描く虚構魔術の応用にも近い。

 この秘境眈々は発動中、イメージした印が現実となる。


 無動作で覚えた忍術の全てを即行使可能だ。


起始転換きしてんかんの術」


 ダンッ!とミアが突然地面に倒れた。


「ぐ」

苦無影分身クナイかげぶんしん


 行動は最短最速で行われる。

 すかさず上から大量の苦無を発生させ飛ばし、毘沙門天・裏を同時に振り下ろした。

 起始転換により地面に叩きつけられたミアが起き上がり回避するも、シュウメイは怒涛の術重ねで対抗する。


偶像劫掠ぐうぞうごうりゃくの術」

「――、」


 その瞬間、ミアの精霊剣が無理矢理床に落ちる。


「ぁ」

「ここで獲るッ!!」


 剣の落下音と共にシュウメイが太刀を振り下ろす。その刃は確実にミアを狙い、回避が不可能だと悟った少女が足元の剣だけは拾うように努めた。


 素直に驚くミアは集中するシュウメイと視線が合う。


「――、」


 こうして秀才の剣は天才に届いた。


「夜叉の番」


 ドオオオオオオォ!!と大爆発が起こる。


 瞬く間に飛ぶ血飛沫。だがそれだけではない。

 決定集中の光まで帯びて、傷口から爆ぜるようにミアが吹き飛んだ。


 逆転劇に会場が騒めく。


 ミアはどたどたと音を立ててステージを転げ回り、人の量とは思えない程大量の血を流した。それでもシュウメイが気を抜かないのは、決定打にならなかった事を理解したからだ。


「……いたい」

「痛くなさそうに立ち上がらないでくれる?」


 現状出来うる限りの最大火力。

 血塗れのミアは何事もなかったかのように早く立ち上がり、そのまま剣を構えた。


 ――ミアの構えが普段と異なる。


「でも、時間はない」


 考えている余裕はなかった。

 秘境眈々ひきょうたんたんを解放中の今責めなければ、解除された時に残る体力など微々たるものだ。シュウメイには相手を伺う暇はない。


「だから、往く」


 ダッ!と駆け出した。

 最後の忍術を使うための余力を残し進む。


「……」


 ミアはただ、鋒を向けるだけ。

 瞳は閉じたままその魔剣を従える。


「はぁ――ッ!」

「……これを出すと思わなかった」


 シュウメイが叫ぶが先手を取ったのはミアだった。その瞳が忍びの者をしっかりと捉えた。柄を強く握って詠唱する。


「――ヘルガイム」


 そう呟いた時。

 ミアの鋒で空間が禍々しく割れた。

 そこから出現したのは無限のナイフ。


 小さな刃物が同時射出される。


「な」


 ズザザザザザザザザサ!!と鳴り止まぬ音。


「ぁ、ぎ、ぁぐっ!!」


 ナイフの群勢がシュウメイの体を貫く。

 何十、何百、何千もの止まぬ刃物の強襲だ。


「――――、」


 少女は早くも声が出なくなった。ただ苦無クナイで迫る刃物を弾いて急所を避け続ける。脳裏で印相をイメージする余裕などない。

 ただ飛び続けるナイフの防御に全集中した。


 猛攻が止まない。


 制服が削れる。ソックスが破ける。足に小さなナイフが刺さる。腕に刺さり、肩にも刺さる。飛び散る無数の裂傷と創傷が床をどんどん赤く染める。


「――――、」


 それでもシュウメイは抗う。

 最強に一歩届いたこの瞬間を逃すまいと必死だ。


「この能力、制限はない。負けて」

「――――、」


 どんどん体が動かなくなっていく。


 集中力はあっても身体が思うように動かない事で至る所がナイフに侵された。それすらも集中で気付かないほど今のシュウメイは研ぎ澄まされている。


「普通は気絶する」

「――――、」


 ザザザザザザザサ!!と続く。

 血の量が足りない。頭が回らない。


 今少女の手を動かしているのは魂であるかの様に、抗える訳を理屈で証明することができなかった。目が虚になるほどの集中がピークとなる。


 そんな連撃の中だった。

 気絶寸前のシュウメイが突然呟く。


「……無幻むげん

「――っ!? まずいッ」


 ミアが珍しく声を荒げた。

 業を中断しサッと遅れて音が止む。

 既に懐の射程圏内に


「「――――、」」


 白の少女はここで初めて本気の速度で対抗する。

 超速度のシュウメイのスピードにすら無理矢理追いつき、足を一歩引いて横薙ぎの毘沙門天・裏に対し剣を向かわせた。一秒に満たない世界で二人の視線が交差する。


 そして。

 互いが剣を合わせた瞬間に光の大爆発が起こった。


「ぅぐ」

「――――、」


 風と岩が弾け飛ぶ。大気を震撼させる爆音は遅れてやってくる。

 身を焦がす爆撃は観客席まで襲う様にして会場の大地すら揺らした。


 直後、ガンガンギンギギン!!と激しい金属音が鳴る。土埃と爆風の中で超速のミアとシュウメイが剣を交える音だった。


「はぁ――ッ!」


 叫ぶのはミア=ツヴァイン。

 無言のシュウメイに全力で合わせるが、彼女は明らかに今までとは違うパワーと繊細さを兼ね備えている。何より、速度が異常だった。


「……これ、しんどい」


 天才少女の額に汗が滲む。

 無幻状態にあるシュウメイは太刀と苦無クナイのリーチ差をうまく動かしながら剣を振った。右に、左に、前に、後ろに、上に、下に。あらゆる角度から攻撃を繰り返す。


 これにミアが対応をするも、武器の数が違う上に左右で異なる長さの得物だ。更にスピードもモーションも達人の境地。

 一歩間違えるだけで命取りとなる戦いは互いに決定打を許さない。


「きっと、リスクがある」


 少女は無言で斬り続けるシュウメイを躱したり迎えながら呟いた。フルパワーの基礎、度重なる術の行使、度を超える強化。ここまでやればもう終わりが近い。


「血が」


 とはいえミアも血を流しすぎた身だ。

 コウキとの戦闘含め、物心がついた頃からここまでやられた日は数える程しかない。久しぶりの貧血状態が戦闘を邪魔する。


 傷だらけの少女二人。

 激しいやり取りが続く。


「あ」


 そしてミアが足元を滑らせた。


「――しまっ」


 皮切りにシュウメイの毘沙門天・裏がやってくる。

 ミアは度重なる疲労と集中、そして突然の相手の実力差により露骨なミスを犯した。振りかぶる敵の剣の太刀筋を冷静に見て分析しようとした。


 その刹那。

 シュウメイの顔が痛みで歪んだ。


「――ぅ」


 寸前のタイミングでシュウメイの秘境眈々ひきょうたんたんそして無幻むげんが解除されてしまった。解放された少女に極度の疲労が押し寄せる。


 ミアは太刀筋がブレたその瞬間を逃さない。

 強く踏み込み、出来うる強力な一手を打ち込む。


「ごめん」


 ズパァァァ!!と。

 振り上げたハデスがシュウメイの胸を裂いた。


「――ぁう」

「あなたは悪くない」


 シュウメイの鮮血が虚空を舞った。

 決定打を食らった少女は直立したまま上を向く。


「むしろ、よくできた」

「…………」

「今日の戦いでいちばん」


 シュウメイは硬直している。

 ミアは返り血を浴びで向かい合ったままだ。


 少女の終わりを見届けていたのには理由がある。精霊剣は使用者の意思以外では、戦闘不能になるか長時間手放すかのいずれかで消失する。


 敬意ある戦いにおいて相手の剣が消えるまで対峙するのは常識だった。


「わたしは、しゅーめいの強さを見限っていた」

「…………」

「畏敬の念すら抱くほど、しゅーめいは優秀」


 血塗れの二人が相対する。

 片方が話をして片方は上を向いたままだ。だが互いに剣を仕舞わず、そうする事で平等を体現するかのような光景が広がった。


 観客すらも言葉を失うミアだけの時間。


「だから貴女は、これか――」


 言葉を遮るのは、ボロ雑巾の忍。


「…………具現ぐげん解放かいほう

「――ッ!?」


 ミアが咄嗟に距離を取った。


 直ぐシュウメイの目に光が戻る。

 必ず勝つべき最強へ報いるための一手。

 魂の解放、叫び。


「――血族唱けつぞくしょうッッッ!!」

「そん――」


 ドォッッッ!!!と、爆風が起こる。


 背後に現れる光の化身。

 収束し包み込まれる身体。

 変化を遂げる剣の意匠。


 血液を交えた禍々しい気が渦巻きシュウメイを囲う。

 跳ねる雷と気の嵐を纏い、気絶寸前の少女はミアを睨んだ。


「私の勝負じんせいを……」


 剣を構えるシュウメイにもう力はない。

 それでも争う理由一つで立ち上がる。


対敵おまえが勝手に決めるな」


 忍びの者は大きく剣を振り下ろした。


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