第11話 「各ブロック第一試合」
『それでは一ブロック第一試合、一戦目を始めます』
コウキは待機室から会場へと歩く。
代表者待機室は個別に用意されており、終わるまで医療班以外との接触は不可だ。考えなくても合同待機は様々なリスクがある為当然だろう。
待機中は仲間たちがメッセージで《おかえり》とだけ送ってくれていたので返しておいた。
自然な立ち振る舞いをしてくれていることに感謝しながら、コウキは会場へ到着した。
ゆっくり歩き、石畳のステージに登る。
「――、」
歓声が轟く。
広いステージを覆うようにして並ぶ生徒や観客。眩しい空の下に照らされ深呼吸する。閉鎖的な場所にいた事がまるで嘘のように体に馴染んでいた。
大きな叫び声たちをシャットアウトし目の前にいる生徒を見た。
彼はガミア=イシュタルだ。一度も目を合わさなかったが、今は凄まじい表情でコウキを睨んでいる。
「おい奴隷」
「なんだよ」
「言葉はいらねぇ。本気でこい。以上だ」
「……」
コウキは彼が苦手だ。
身勝手なのに仲間がどうだとか直ぐに干渉してくるからだ。それに知識もあって力もあるのに、升を広げようとするから大切なものを救えないでいた。
あの日どうせなら殺して欲しかった。
中途半端に干渉して情を移してきて、それで尊い命が溢れてしまったんだとコウキは思う。だが一番下らないのはその手段でしか守れなかったコウキ自身でもある。
――ただ、今は違う。
『第一戦――、開始ッ!』
開戦の合図が鳴った。
同時、ガミアが素早い速度で精霊剣を呼んだ。
「武炎の剣ゲルラ――、武炎帯剣」
顕現する炎の剣。そしてその能力の解放。
出現時間の速度と隙の無さは明らかな努力の賜物だった。本来、精霊剣の呼び込みと能力使用の間を埋めるのは至難の業である。明らかな成長を遂げたガミアが叫ぶ。
「テメーもさっさと出せ」
「あぁ」
コウキはいつもの右手ではなく左手を翳した。
直ぐに手の紋様が闇魔法と光魔法に反応。
構築式を通して魔術が展開される。
紫の光がコウキの手のひらで踊る。
「転移魔術“
「――っ?」
左手の光に右手を合わせて一気に引き抜いた。
「現れよ――
光景を観客含めたガミア自身までもが異様なモノとして眺めるしかなかった。
彼の右手には精霊剣ではなく一本の禍々しい剣。
「な……」
ガミアが剣を構えたまま言葉を失った。
転移魔術“
これはコウキが集めた武具を出し入れする為のものだった。使役召喚と転移魔術を掛け合わす際に、転移能力の一部を使用可能にすることで実現できた業だ。
だが所詮は人工剣だ。
所謂造剣の類は殆ど折れることのない精霊剣と比較して物でしかない。寧ろガミアが言葉を失ったのは造剣の内容よりも、人工剣で戦う意志を示したコウキに対してだ。
「テメーよ。本気で殺すぞ。人工剣如きでやろうってか?」
「結構強いよ。能力が一斬りで八回分だとか」
「――クソがッッッ!」
ドッ、と冗談じみた音でガミアが爆ぜる。
「ラァッ!!」
「――ッ!」
見た目以上の重さにコウキが驚いた。
ガミアは加速したまま、続けて何度も切り込んでいく。
超速度の猛攻に剣を受けるコウキが少しずつ後ろに下がる。
ガガガギギッ!と。
光景よりも遅れてやってくる音の重圧に観客が息を呑んだ。ガミアの恐ろしいところは、戦うほどにパワーが増していくという点だ。
「――腹ぁガラ空きだぞ奴隷」
「――ッ!」
瞬間の中で明らかな隙が出たコウキを逃さない。ガミアは柄の握る向きを変更させて刈り取ろうとする。腹部への横薙ぎの一撃を、コウキは大きくのけ反ることで躱す。
だが。
――何かがおかしい。
ガミアは繰り返す連撃の中でコウキの動きを俯瞰で捉える。
機転の効くガミアだからこそわかる領域だった。
「オラァッッ!」
「――ッ!」
――避け方や立ち回りに一貫性がねぇ。
本来は癖やベストな回避を本能的に繰り返して戦う。
だがコウキは40点の躱し方を無理にしているようだ。
「豪塵ッ!」
「――ッ!」
――そもそもコイツは攻撃より回避が得意な筈。
戦闘知識のないコウキは比較的感覚頼りの回避が得意だとガミアは知っている。
加えて今、彼が叫ぶ事なく避け続ているのは余裕がないのではない。
コウキは凄まじく集中している。
一体40点の雑な回避に何の集中をしているのか。
「テメー、まさか」
「――ッ!」
視点を変えれば爆速の中で制限しながら行動している様にも見えた。
この角度でないとこの足運びでないと駄目だといった動きだ。
戦闘中の特定の動きと制限。
これらの要因を結びつけ、ある筈のない結論が出る。
――シュウメイと同じかッッッ!?
「ク――」
「流動型応用魔術“
直ぐに反撃が始まる。
相手の攻撃を指定の角度とタイミングで避けて発動する八連攻撃のカウンター魔術。剣が徐々に熱を帯びてちかっと一瞬光る。
ドバッ!!と。
凄まじい熱風が起こりガミアが大きく仰反った。
「執行ヤマタノオロチ“
「――ッ!?」
カウンター魔術。
そこに上乗せするようヤマタノオロチを解放した。
コウキの剣が黒い炎を宿して何かと共鳴するように高速の金切音が鳴り続ける。あまりにも煩い音と大熱風を放ちながら、少年は一言だけ告げる。
「合計64回だ」
始まるのは一太刀八回攻撃の八連斬りだった。
「――、」
柄を強く握ったコウキが初めて攻撃に出る。
脚力を爆発させて一撃目を放つ。
「――
「ガァッ!?」
針の様な刺突を剣で弾くも黒い炎がガミアを焼く。
踏み込みを強めて二撃目を放つ。
「――
「ぁぐッッ」
横に裂いた斬撃を受けるも八連の衝撃に仰反る。
飛んで上から三撃目を放つ。
「――
「クソがァァ!」
縦一線の重圧を守りきれず遂に肩から血が飛ぶ。
重心を変えて四撃目と五撃目を放つ。
「――
「オラッ! ――ッ!?」
斜めに回転した二連撃はガミアの剣を吹き飛ばす。
体勢を低くして六撃目と七撃目を放つ。
「――
「――――かはっ」
ドッドッッッ!と火柱が交差した。
黒の煉獄二太刀がガミアの胸を十字に深く抉る。
常軌を逸した痛みがガミアを襲った。
遂に彼は白目を剥き出しにして後ずさる。
もう膝から崩れ落ちても仕方ない。
だがここで倒れたくはない。
その強い意志がガミアを戦闘不能にはしなかった。
「――――、」
観客は無惨で一方的な攻撃に言葉を失う。
ガミアの精霊剣は遠くの床に突き刺さり、彼の身体はボロボロだ。創傷と火傷で爛れて深く抉られた十字の傷は血が止まることなく溢れている。
直撃はたった2回。だが16回分の切り傷。
コウキが一歩、また一歩とガミアに近づいた。
満身創痍で視界のないガミアは耳と剣気でそれを知る。
きっと最後の八撃目が来る。
「やめるか」
「死ね」
言葉は貰った。
コウキは煉獄の造剣を高く上げる。
すると唸り続けた音は収縮するように剣に吸い込まれた。
燃え沸る炎も熱風も全てが剣に収まり、音の無い唯のヤマタノオロチが現れる。
凝縮された静かな圧力に一瞬空間が歪んだ。
「――
ふっと、簡単に振り下ろそうとした時。
『――そこまでッ!!!!』
アナウンスと共にコウキが手を止める。
直ぐに静寂に包まれて、その場の人間は一言も話すことはなかった。一方的な暴力と惨劇を笑う者はきっといない。
止められた理由はガミアの姿を見て直ぐにわかった。
同時に思い出が沢山溢れてきて複雑な気持ちになる。
きっといつかの自分もそうだったのかと。
「そんなに負けたくなかったのかよ」
「…………」
ガミア=イシュタルは立ったまま気絶している。おそらくこの状態で無間地獄を受ければ命は無いだろう。そんな事よりも、負けを認めるのが嫌だったのかもしれない。
『勝者――アオイコウキッ!!』
コウキは無言で剣を納めてその場を後にする。
「「「「…………ぉ、ォォォオオッッッ!!」」」」
遅れて歓声と拍手がやってきた。
包まれる勝利の声を喜ぶ事はない。それすら皮肉に感じてしまう程、コウキはガミアの気持ちが痛いほど分かってしまったのだ。敗者を背にしたまま真顔で退出していった。
××××××××××××××××××××
『何と記録的快挙!たった数分でアオイコウキの勝利です!それでは二戦目まで来賓の方のコメントを――』
アナウンスが元気に進行を務める中。
集まって見ていたノアールパーティは硬直していた。
表情は不安の色よりも困惑と疑問の要素が強い。
「ほぇぇコウキ強くなったねぇ?ありゃ痛そうだぜぇ〜。んえ……?どしたの皆」
デスフラッグの映像でしかコウキを知らないエリエリが端からメンバーに声をかけた。
「強くなっただとか……そういった話なのか?」
「――アタシ皆より沢山見てたけど……動きは別人だよ」
ネイがぽろっと呟きテイナが否定した。
入学当初のデスフラッグとは異なりテイナも8ヶ月。学園で成果を上げた優秀な者から見ても明らかにコウキの戦闘スタイルが違うと分かった。
「テイナの言う通りである。……ガミアは、相当に強いはずだ」
「まぁそだよねぇ」
「それに戦闘方法が過去のコウキと全く異なる」
「マリード氏、ごめんわたーしコウキの過去が分かんね」
エリエリの言葉に修行を付けていたマリードが答える。
「コウキは元々機転系の攻撃型だ。攻める事をベースに回避や魔法を駆使して戦う。今は真逆の位置にある」
「真逆ってーと、防御型?」
マリードは「いいや違う」と一度否定した。
「防御型は攻撃型とは相互関係ではない。攻撃の真逆は誘導だ」
「ほーん」
「先の戦いは明らかにコウキはガミアを誘い込んでいた。ガミアもおそらくそれが疑問だっただろう。本来攻めを生業にするスタイルを誘導に変更するのは難しいとされる」
「ほーん」
おそらくあまりエリエリは聞いていない。
だが全員の違和感は一致している。
その場で近くにいたライラが驚きながら呟く。
「流動型応用魔術」
「そうだな。流動魔術の行使は私も驚いた」
「そこじゃないわ」
「んお〜ライラ、詳しく」
ネイの共感にライラが驚きの理由を否定すると、エリエリは珍しくライラが話をしたので聞いてみたそうに要求した。
「本来、流動魔術は体の表現を式として魔法を昇華する」
「踊りとか演舞とかポーズだよね?あとなんだっけ、作法とか。アタシもあまり詳しくは調べてないけど」
「そう。だから戦闘中に使うのは向いてないわ」
「ライラ?だが実際にコウキは使っているぞ」
テイナやネイが返事をするとライラが続ける。
「私たちは流動魔術を戦闘に組み込む生徒を知っている」
「――、」
この中ではライラが最もその少女と長く共闘した。
足運びから戦闘スタイルまで酷似している。
その説明で全員がコウキの違和感に気づく事ができた。
「シュウメイ……何があったの」
ライラの呟きは誰にも聞こえないが、聞かずとも其々がとある少女とコウキを重ねていた。
××××××××××××××××××××
『
「ナナミの戦いなんて観なくていいや」
一ブロック第一試合、二戦目が始まった頃。
個人待機室にはツインテールが映像を見て待ち時間を潰していた。
だが少女が生徒手帳で見ているのは一戦目の映像だ。
何度もループして戦闘中の様子を確認している。
「実戦に生かしてる」
シュウメイは過去を思い出しながら思考した。
――私は忍者としての血は薄いものの、流動魔術の体得は早い方。一種の術なら1ヶ月もかからない。
コウキの完璧な足運びと方角を見ながら何度も速戻しして綺麗な流れをじっと見ていた。教えた身でありながら誇らしいほどだ。
「足の
――完璧なモーションを持ったところで……強力な術を発動するには個人のポテンシャルや遺伝子レベルの互換性も重要。
「忍術妖術のヤシマグニ
――まぁ、総合力では勝ってるけど。
そう心で呟き強く嘆息した。
コウキに流動魔術を教えたシュウメイはまだ一度も負けてはない。実戦で何度も戦うが追い込まれた事は一度もなかった。実は血の気が多く負けず嫌いのシュウメイはその点に重きを置いた。
「ふぁ、ねむ……」
全く緊張のしてないシュウメイ。
彼女はこの学園で最も早く近道無しでAランクに到達した才能と努力の塊だった。一番であるために驕りは無いが、それなりに余裕もあるようだ。
徐々に意識は薄れていく。
睡魔の中で過去が甦る。
『じゃ、次来るまでに覚えて』
『こうか?できたぞ』
『は?え?意味わかんないんだけど』
『本当に難しいのかこれ……変な事教えてる?』
『ちょっ、何なの?人がせっかく教えてるのに!』
『ごめんて』
ちょっぴり楽しかった記憶が夢に出る。
『見てーシュウメイ、デカい幼虫!ほれ』
『そんな事で驚くと思う?あとそれ猛毒あるけど』
『ぶくぶくぶく……』
『えっ。ちょコウキ!?……まぁいっか』
『ぶく……ぶくぶく……』
『死にたがりだし、一回死んでみたらいいと思うけど』
その後グェンが血相変えてやってきた。
クリークは後ろで裂けるように笑っていた。
そして――、
「んぁ」
『それでは四ブロック第一試合、五戦目を開始します』
シュウメイは自分の番が来たと目を覚ました。
だが目覚めたのはアナウンスではなく生徒手帳のニュース通知によるものだった。待機室を出て胸ポケットに入れた手帳を取り出し、記事を読みながら会場へ向かう。
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【本戦トーナメント状況】
敗退者一覧
第一 ガミア=イシュタル
第一 ナナミ=カトラッゼ
第二 ゼクトロドリゲス
第二 アイザック=テスメル
第三 ガラム=ルーカス
第三 プラハ=ヴァリアード
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ぼーっとしながら記事を読む。
「ナナミ負けたんだ。ゼクトの負けはまぁ、相手ミアだし。プラハも負けてる……デスフラッグ参加者大丈夫?」
ぼやくと、新着の通知が来た。
トーナメントの会場まではまだある為それを開く。
「――ぇ?」
シュウメイの足が止まった。
理由は新聞部のニュースタイトルだった。
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【プラハ四肢切断!!脅威のバキラ=グラスコ】
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そこには悪魔のように笑う血濡れの男が写っていた。
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