第16話 「親友への想い」



 爆風が砂埃を飛ばし体躯から微々たる雷が放たれる。

 精霊剣の一段階上、正確には人智の昇華。


「――智将万骨ちしょうばんこつ

「――炎火鬼気首えんかききがしら

「――血族唱けつぞくしょう


 そして魂の解放。

 三人の背後に突如現れる光の化身が直ぐに馴染むよう消えていく。

 包み込まれる光、魂の形に呼応し変わる剣の意匠。

 禍々しい三つの剣が、一撃のために構えられた。


 跳ねる雷と気の嵐がそれぞれを包む。


 ――インターバル3分。

 身体の安定しない彼らにとって具現開放下では約一撃分に値する数値。つまり、この一撃でより多くの魔獣を絶つ事が求められる。


 柄を握る基本姿勢、体重移動、腕から手首の捻り。


 全てに魂を込めた必殺が放たれる。


「「「――――ッッッ!!!」」」


 ――其々が業の名と共に剣を振り下ろした。


 光の瞬き。

 刹那の空間が割れるような響きは、その場の魔獣までもが戦いの手を止めてしまう程だった。束の間の時を3つの剣が奪い去る。


 破壊音は最後にやってきた。

 言語化も困難なほどの音の畝りは、爆発よりも振動の色が強い様子で其々の鼓膜を揺らしていく。


 治る頃には、三人は膝をついていた。


「――、」


 言葉すら忘れて、テイナたちがその光景をただ呆然と眺める。凄まじい砂埃でデリオロスの影が見えないが、それを察したかのようにガミアが風魔法を放った。


「次だッッッ!!さっさとしやがれグズ共ッ!!!」


 ハッとしたロイ、ネイ、テイナが即座に走った。

 地面を蹴り上げて一気に走る。まだまだ先にあるデリオロスの群れを見てロイは驚きが口に出た。


「…………凄ぇ」


 ごっそりと1000匹近くデリオロスが減っている。

 それだけではない。前方が倒れた事により躓き踏まれ揃っていた隊列は意味を成していなかった。


 ネイが走りながら自分の使命、その理由を確信。

 テイナが駆け抜けながら女神の領域を形成した。


「――――神託。言霊の調べを還す“弱者であれ”」


 そして精霊剣アメノサグメが淡い光を纏う。

 金色に輝き、ネイに永続的指定付与効果を齎す。


 ドッ!と、疾風怒濤の追撃が始まった。


「――疾ッ!!」


 一瞬で10匹近くのデリオロスの両脚を削いだ。

 軽い身体と反する重たい一撃が厚みのある鱗を寒天のように割いていく。


「ギィィィィィィァァァッッッ!」


 バタバタバタバタと、聴き覚えのある断末魔と重なってデリオロスが倒れていく。前方が倒れればドミノ倒しに倒れ、それを踏み越えていくデリオロスの脚を再び刈り取っていく。


「――そうか、そもそも脚が弱点」


 最初はアレだけ苦戦したデリオロスがこれだけ刻めるのは、手脚を使う生態系にあると確信した。


 数多斬って行くたびにロイとネイは理解する。

 胸囲の鱗や爪は硬いのに脚の鱗はしなやかだ。故に脚を切り落として弱った所を確実に絶つのだ。


 大業で数を削いで環境を乱す、小業で進行を邪魔し確実に屠る。人数の消耗に緩急がある事で生きの良い個体が先頭を走る。3分後にそれをまた削いでいく。


「……的確で、確実だ。細かい仕事に其々の特徴を生かしている。とても即興の布陣とは思えんな」


 ネイが感銘を受ける傍らで、マリードたち3人がその場に座りながらデリオロスを蹂躙する光景を見ていた。


「……あれだけの数を」


 脚をそぎ、台頭した者は拘束して確実に絶つ。

 しらみ潰しのような作業に見えてその負傷や死体の山が確実に進行を遅らせていた。


「クソが。驚いてる場合じゃねぇよ。飲みやがれハゲ」


 隣にいたガミアが両サイドに瓶を投げた。おそらく薬草液、所謂ポーションの一部だ。気休め程度ではあるが飲まないよりは確実に楽だろう。


 礼を言って飲んだマリードにガミアが言う。


「いいか、ハゲ、チビ、あと1回で片付けんぞ。3回もやりゃ確実にガタが来んだろうからな。こんな休憩が必要な業、何度も連発してらんねぇ」

「チビ?」

「……あぁ?事実だろ」

「貴方の所に小さい虫ケラみたいな女いたはずだけど」

「まぁありゃ確かに虫ケラだな」

「うん」


 チビと言われて不快だったのか、真顔でプラハを示唆するシュウメイにガミアが共感してしまった。

 該当者が可哀想だとマリードが思った。


「そろそろだ」


 3人はまた立ち上がり返り血で染まるロイとネイが戻るのを見届ける。

 直ぐに配置について、また同じように具現開放を繰り返す。


 動けないデリオロスを含めて2回目はより一層の猛威を振るった。


 その後、能力も不明瞭なゼクトロドリゲスの気まぐれ乱舞と、各々が多少の無茶をする事で残党狩りが終わり、6人は戦略的なデリオロスの討伐に成功するのだった。



××××××××××××××××××××



 ――馬鹿も使いようだとガミアは思う。

 むしろ馬鹿のまま野放しにしている環境が悪だ。


「――っはぁ、はぁ……クソがよ」

「流石に息が落ち着かんな」

「…………」


 必殺があるとは言えデリオロスの討伐は過酷を極めた。

 殲滅し時間が過ぎても3人の息は上がったままだった。

 肩から息をするように激しく呼吸している。


「ハイペース過ぎたな……」

「うん、2回連続の身体強化で響くのは、多分疲労が残ってるのかなぁ」

「もーむりーづがれだー」


 近くにいるネイ、テイナ、ロイも茹だるように床に座っている。身体が悲鳴をあげるのはこの11時間の奮闘が原因だ。


 ――デスフラッグ最終地点。

 残す所1時間ほどだが、12時間以内にエリア内に入った時点でその制限はほとんど意味を成さない。だが帰りを含めれば、早急に旗を刺さなければならなかった。


 それでも休まなければならないほどの疲労だった。


「ってかあのゼクトロドリゲスって奴やっぱ気狂いじゃん」

「――あれは凄まじいな。見てくれ。さっき謎の加勢があったと思えば、また花の魔獣に勤しんでいる」

「いやぁ……向こうは向こうで1人だけ激しいねぇ」

「どんどん強くなる能力って何なんだマジで」


 東側の交戦には具現開放のような必殺はない。

 むしろ大業に逃げず、体力を削がないよう着実に倒すのがセオリーだ。しかしゼクトロドリゲスがまた参加する事でその光景が激しく見えた。


 今回はゼクトロドリゲスの気まぐれ残党狩りのお陰で3人はまだ余裕がある。なかったと思うと負けはしないが、今以上に大変な思いをしていただろう。


「あと5分休んだら……旗を刺しに行こう」

「……大丈夫なのかよマリード」


 マリードの様子を見てロイが心配した。

 明らかに冷や汗と荒い息使いで苦しそうだ。頼みの綱のポーションも意味が無い。


「――いいや、これ以上ここに居るのは危険だ。コウキには悪いが、旗だけは刺して待とう」

「確かにな。平気で2000匹だとか3000匹だとか訳わかんねーもんな」


 その会話を聞いてガミアが少し驚いた顔をする。


 ――コイツら、本当に何も知らねぇのか。

 そう心で呟いて今大会の状況に事前に疑問を抱かないノアールクラスへ同情の余地を残す。この馬鹿たちを馬鹿のままにしているのは、無頓着な代表のせいではないのか。


 轟!と、燃え上がる音がした。

 苛立ったガミアが座る身体のまま炎魔法を無数に放っていた。


 突然の行動に驚く面々はその意図を理解できない。


「――奴隷が来ることを信じてやがんのか?」

「オマエもういっぺん言ってみろ、ぶっ飛ばすぞ」


 奴隷呼びが引っかかるロイは疲れた顔でガミアを睨んだ。


「テメーらは馬鹿じゃねえ、大馬鹿者だ」

「――っ!まだ言うかコイツ」

「待って」


 動こうとするロイを止めるのはテイナだ。

 暴力では解決しないと思ったのでは無い。ガミアの様子が普段の軽口よりも重たく感じたから、聞くために止めたのだ。


「…………どう言うこと?」

「アイツはこの試験で死ぬ」


「「「――、」」」


 時が止まった。

 あまりにも自然に発せられた声。

 テイナはまだ意味を理解できていない。


「…………どう言うこと?」

「――デタラメ言ってんじゃねえよ」


 テイナは表情が固まって早戻ししたように同じ言葉を繰り返した。否定するロイは今直ぐに殴りかかりそうな程怒りに震えていたが、殴ることができなかった。


「あぁ、そりゃ殴れないよな。心当たりくらいはあるんだろうぜオイ」

「……殴らないのは、テイナちゃんが止めてるからだ」


 ロイが一抹の不安を思考した。

 テイナはおそらく、本当の意味で理解できてない。


 あの6時間がいかに安全で、それまでがいかに過酷だったかを眠っていたから知る由もない。その事実は不確定事項であり、他の3人が予測の範囲で滅多なことを言わないようにしていたのは明白だ。それに、ロイ自身も未だに信じてない。


 そして、テイナがロイの腕を強く掴んだ。


「…………どう言うこと?」

「――ッ!?」


 言葉に詰まる。

 周囲を見渡せばマリードが目を見開いており、ネイは目が泳いでいる。嫌な仮説を立てた事に……きっと彼らは後悔している。


「事情はしらねぇが簡単な事実だけ教えてやる」

「………………………」


 全員、返す言葉もない。

 第三者から言われた事で可能性が高まっている以上、真偽を確かめる必要がある。


「テメーらの予想で正しい。狙われてるのはアオイコウキだ」


 ロイの手に汗が滲む。

 ネイの身体が震える。

 マリードが深く俯く。


「オレのグループの一人が魔獣使い。失踪したが、今回の騒動はクリークで間違いねぇ。ただそれは雇われだ」

「待って……待ってよ?どう言う事……分かんない」


 ロイの腕を握るテイナの力がぐっと強くなった。

 それを肌で感じて止めようとしたのに言葉が出なかった。

 きっとネイもマリードも同じ気持ちだ。だって仲間なんだから。


「殺しの依頼は王族、アイツの敵は国だ」

「――、」


 全員の散らばる違和感のピースが一つになって、直ぐに砕け散ってしまった。真っ暗になるネイ、真っ白になるマリード、そして色を無くすテイナと。

 

「――クリークはそれを本人に伝えたはずだ」


 鮮やかな思い出を回想するロイの姿があった。



『目標――?』


『生きて国に恩返しする事がボクの目標だ』


『かっこいいなそれ、最高だ』



 ――ロイは心の中で意図せず流れてくる思い出を、遠いところから眺めていた。たった2ヶ月の“長期間”は鮮明だ。


 全て回想して暗闇の中に佇むコウキの背中がある。

 その背中に語りかけるよう、ロイが嘆息した。


 ――初対面なのに、随分幸せそうに笑ってくれる奴だと思ってた。クソガキのボクの浮かれた言葉なのに、真面目に聴く変な奴だと思っていたぜ。


 ――きっとオマエ今寒いんじゃないかな。ボクはクソ寒い。風邪ひいちゃうから早く戻りたい。寮で寝て、意味わかんねーくらい早い朝トレしてこい。で、いつも通りコーヒーを飲もうぜ。あったけぇからな。


 ――オマエ、馬鹿だからこれ聞いてボクが悲しむとでも思ってんだろ?バカがよ。んなわけねーっての。聞いてくれよ。まだ話してないけど、何もなくて王族ってデカい目標を掲げてたボクにもちゃんとした目標ができたんだぜ?まぁキモいから結局言わねーんだけどな。


 彼の中のコウキは振り向かなかった。

 でも居なくなるなんてことはなかった。



 ――ボクたちは、命の上に生きてるんだぜ。



「…………言うな」


 ロイの視界は戻った。

 全員が座る中で彼だけが立ち上がる。

 変わらぬ地獄のような場面に新しく増えた仲間たちが座っている。アイツの好きな光景だ。


 でも彼らは酷く哀しみに暮れている。


 一番馬鹿な自分が、一番しっかりしなきゃならない。


「あぁ?もう全部言ったろ。奴隷にもクリークが――」

「違う!こんな事をボクたちが知ったって……言うな」

「何だよそれ、互いが知ってんのにか?」

「――友達を、これ以上傷つけないためにだ」


 ロイの視線が鋭くガミアを捉えた。

 ガミアはそれを視線で返して、一度だけ周囲を見た。


 そこには“破壊され”焦げた映像イプリム。

 直ぐに奥から新しいイプリムが向かってくる。


「――あぁ。よくわかんねぇが、話す理由もねぇ」


 ――こんな事を伝えたオレが一番馬鹿げてる。

 小さく呟いてノアールのメンバーを見た。彼らの心はきっと強い。

 その目は前向きにはならずも何かに抗うように息を吹き返していた。

 この環境は動き出したな、と溜息をついた。


「オマエらも約束だ!何俯いてやがる……」


 ――俯いていたネイの身体は少しだけ気が楽になる。


「アイツきっとまた孤独を隠してくる事だろうよ」


 ――穴に落ちる瞬間を思い出しマリードが改心する。


「仲間なら受け入れて守るしかねーだろ、バカがよ」


 ――最後にテイナが、泣くのをやめた。


 ノアールの全員が立ち上がる。

 心の傷は癒えないが、癒えないからこそ分かち合う。王族だの、殺しだの、下らない思惑に振り回される必要などない。先の事を悩む余裕なんて自分たちにはない。むしろ知れた事で今の対策をしていく。

 これが、彼らの総意だった。


 遅れてガミアとシュウメイも重たい腰を上げた。

 ふらつく身体と頭痛とまた眩暈。全てを取り払うようにして城を見据える。


 目的地は目の前だった。


「行こ――」


 行こうぜ、と歩き出す瞬間。3匹の竜が現れた。

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