ゼラチン

@ku-ro-usagi

読み切り

ほら

ご存知の通り一人暮し始めたでしょ

夜ご飯作ってたら

「美味しそうね」

って声が聞こえたの

女性の声ね

一人暮らし楽しいつもりだったけど

もしかしたら私

淋しいのかなって

ほら

幻聴聞こえるくらいだし

寂しいならペットでも飼え?

抜け毛がちょっとネックかも

爬虫類?

確かに毛はないけど趣味じゃないわ

それでね

その声は

ごくたまに聞こえてきたの

スマホ見てると

「何を見てるの?」

とか

耳許だったり目の前からだったり

仕事でミスした日に落ち込んでたら

「元気出して」

って聞こえた

返事はしなかった

幻聴だし

でも最近

布団に入ってスマホを枕許に置いて目を閉じると

「おやすみ」

って毎晩聞こえ


「待って!!」

私は遮ったよ

私は友人に

「パンナコッタ作ったから食べに来ない?」

ってお呼ばれして

二つ返事で喜んで来たんだよ

クッキー手土産にしてね

パンナコッタとは食感が全然違うからいいかなって

そしたら

部屋には君と私しかいないのに

テーブルに

パンナコッタ3つ

アイスティのグラスも3つ用意されている

それの理由をね

訊ねたんだよ

あくまでも

「他に誰か呼んだのか」

って意味でね

なんで緩い怪談が始まるんだ


「まだ続きがあるんですぅー」

語尾伸ばすな腹立つ


「こちらもご存知の通り

お菓子作るのも好きでしょ

とは言っても

焼きっぱなしとか冷やして終わりとか簡単なものばかりだけど

うっかりミスも多くてよく失敗してるんだ

うん

そう失敗多いよ

君には

上手にできたものしか食べてもらってないからね

それで昨日ね

パンナコッタ作るのに

お砂糖と牛乳と生クリーム

それにゼラチンを混ぜるんだけどさ

そう

凄く簡単

でもそのまま冷蔵庫で冷やすと

牛乳と生クリームが分離しちゃうから

だから氷水で冷やしてトロミつくまで混ぜるの

なのに

冷やしてるのに全然トロミつかなくて

変だなぁ失敗したかなぁと思ってたら

「ゼラチン忘れてる」

ってまた声がして

「え?」

って思ったら

私さ

ふやかしたゼラチン入れ忘れてたの

ゼラチン入れてないなら固まるわけないよね

あっはっはって

え?

うん

そう

この3つ目のパンナコッタは

それを教えてくれた声の人にお礼にと思って


「帰るわ、パンナコッタ持って帰っていい?

容器はちゃんと洗って返すから」

私は椅子から立ち上がった

「待って、声は全然怖くないのっ!」

いや怖いから

凄い怖いから

「パンナコッタ私の分も食べていいから〜!」

の言葉に仕方なく腰を下ろす

「何?ここ事故物件?」

「そんな事ないよ、多分」

多分かよ

「じゃあ君の頭がおかしくなったのか」

「なってない!」

ホントかよ

確かにパンナコッタは美味しいし普通に作れている

うーん

イマジナリーフレンド的な?

もしくは

「前に住んでた人の話聞いたことある?」

「ない」

部屋の広さからして2人ならそう窮屈にでもなく住める

眺望もいいし立地もよく、他の住人は

「カップルとか新婚さん多い」

ですよね

今は個人情報厳しいし

更に手作りのお菓子をなんて地雷かと思いつつ

駄目元で友人と共にパンナコッタ持って管理人室に突撃

来る時に挨拶したけど

気の良さそうな初老のおじさんだったからさ

パンナコッタ見せたら

詳しくは話せないけどと前置きされて

「新婚さん」

「でも離婚したらしい」

「そのままどちらも引っ越しした」

「部屋には問題ない、喧嘩の賑やかさで

一度他の部屋から苦情来た程度」

うん

結構教えてくれた

最後の日には奥さんが来たんだけど

マンションの前で自分の部屋の辺りを見上げて

溜め息吐いてたと


あーこのマンション素敵だもんね

だいぶ未練あったんだろうな


おじさんに礼を告げてから部屋に戻り

「単純に考えるなら前の奥さんの未練?」

「やめてよ」

いや怖くないって言ってたじゃん

「実像見えてくると怖い」

なんだそれ

とりあえず現状維持で返事はせず

声の主を刺激しないようにと伝えてその日は帰った


そしたら次の日から

正確にはあの日の夜からもうぱったり声が聞こえなくなったとメールが来た

理由も原因もさっぱり解らない


一週間後

友人とは外でお茶をして

手土産にバターケーキを貰えた

声がなくて淋しいとか言うから少し心配になる

その更に2週間後

友人から電話きた

『本物、本物に声掛けられた!』

本物?

あのイマジナリーフレンドか

『奥さんの方!』

え、なにそれ

滅茶苦茶怖いから切っていい?

『切らないでよ、菓子折り持って謝りに来られた』

何だそれ


友人の話だと

元奥さんは離婚して部屋を開けてから一ヶ月後に

車で単独事故を起こしてた

どうやら頭を打ちかなり危ない橋を渡っていたらしく

そしたら

心だけが身体からふわりと離脱してしまい

新しく住んでいる馴染のない部屋ではなくて

気づいたら

気に入っていた以前のマンションの部屋に帰ってきてしまっていた

心だけね

そしたらもう新しい住人が住み始めており

日々楽しそうに部屋で過ごしているため

つい話しかけてしまった

少し驚かれたけど

怖がられることもなく

自分の存在の心許無さもあり

ちょこちょこ話しかけていた

返事がなくても声が伝わっているのは分かったから

そして

夜は霊体らしい自分にも眠気らしいものがあり

そのうち毎晩

彼女に

おやすみ

と声を掛けるようになっていた

部屋の住人の彼女とはお菓子作りの趣味が共通しているのも嬉しかった

ゼラチンを入れ忘れてトロミが付かないと首を傾げている彼女に

「忘れてる」

とアドバイスしたら

どうやら彼女の友人の分だけでなく

私の分のパンナコッタと紅茶まで用意してくれていた


「それを見た時にね

『あ、私は今のこの現実世界にいていいんだ』

って思えたんだって

事故を起こした時も

離婚して自分には何の価値もないって凄く落ち込んでた時期だったから

尚更身体から意識が離れやすかったみたいって

でも

パンナコッタで自分の存在を認められて

『これ、ちゃんと生きてる身体で食べたいな』

って感覚を持てたって


それで次に気づいたら病院のベッドの上にいた」


不思議な話だ

『でしょ?それで退院して落ち着いてから

管理人さんに頼んで私を呼び出して貰ったって』

その元奥さんは友人の姿はしっかり見えており

友人は声しか聞こえなかったらしいけれど

『声のイメージぴったりだった』

とのこと

それは良かったね


友人と仲良くなった元奥さんことEさんとは

のちに私も挨拶したけど

おっとりした細身の方で

こんなにおしとやかそうな人でも苦情入るほどの夫婦喧嘩するんだなと意外に思った

今は

住めば都で新しい部屋もちゃんと気に入ったらしく

不用意に友人の部屋に意識を飛ばすこともなく

新しい生活を楽しく過ごしていると言う

そして私は

友人と更に新しく出来た友人からの手作りお菓子の恩恵に預かっている


度々お菓子作りに誘われるのを断るのが少し面倒だけども

一度くらいならつき合うよ

そのうちね








一緒に作ろうと度々誘われることには辟易しているけれどね

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