第6話 俺の気持ち

宇佐美との同居生活も気づけば5日が過ぎ、初めての土曜日になった。せっかくの休日なのだから、ゆっくり宇佐美と何かをしたいが、今日はしなければいけない事がある。


昨日までの様に、宇佐美が朝早くから起こす事は無く、少し遅めの9時に起こしてくれた。(結局起こしてもらっているが…)


「梅野〜…どっか行くの…?」

「昼からちょっと用事あるから、どっか行くなら一応連絡して」

「…?分かった…」


部屋着の宇佐美はどこに行くのか、見当もつかないような顔をしている。そんな宇佐美を横目に自分の部屋に入り、少ししっかりとした服装に着替える。


「服は…明るい白系が良いよな」

黒のジーンズに、大きめのサイズの白シャツ。そしてそれの上に薄い生地の水色のワイシャツを羽織る。あまりオシャレ等は分からないが、とりあえず今出来る服を着て、髪もセットして伊達メガネをかけて部屋を出る。


「じゃあ行ってくるね」

「待って!!どこ…行くの…?」


リビングに居る宇佐美に声をかけ、玄関に行こうとすると、宇佐美がワイシャツの袖を摘んで引き止めてきた。人差し指と親指に挟まれたワイシャツの袖を引っ張る力は、『私を置いてどこかに行って欲しくない』と言うかのようで、宇佐美の今の気持ちがなんとなく伝わってきた。


宇佐美の気持ちを何となくだが理解し、ここで隠していると、後々宇佐美との仲が悪くなるきっかけになってしまうだろうと感じ、俺は正直に話す事にした。ラノベとかアニメとかだと、こういう事は早めに話しておかないと、大体それきっかけで仲が悪くなったり亀裂が入ったりする。「なんであの時すぐに話してくれなかったの!?」ってなる。俺には分かるんだ。俺は1度深呼吸をして、宇佐美に正直に話す。


「宇佐美のお母さんに会ってくる」

「っ……」


俺の一言を聞いて、少し驚いたのか体がビクッと揺れ、思わず言葉にもならないような声が漏れる。宇佐美は、俺がどこかに行こうとしている事に気づいてから、少し不安そうな表情をしていた。そして今からする事を聞いて、だんだん顔が下を向いて表情が見えなくなった。


「どこか行っちゃうの…?お父さんみたいに…私から離れちゃうの…?」


宇佐美の少し震えた様な声で発した言葉はとても重く、それまでの過去を感じさせるようだった。


多分宇佐美は、俺が宇佐美から離れると思い込んでしまっている様だ。俺が、『宇佐美のお母さんと話をして、引き戻す様に言う』とでも勘違いしているのだろうか。


宇佐美はこれまでの俺を知っているからこそ、なんとなくは分かっている。俺が宇佐美をこの家から出そうと考えているなんてありえないと。


それでも宇佐美の中では、俺を99%信頼している。それでもたった1%が…白いキャンバスに着いた1滴の汚れが目立ってしまうのと同じ様に、気になってしまうのだろう。


「すぐに帰ってくる。それに宇佐美のお母さんと話すのも、学校での様子とか、家での様子を話すだけだから。15時くらいには戻ってくる」


俺がそう言うと、下を向いていた顔は上を向き、少しうるうるさせた目で、俺の目をしっかりと見つめてきた。


そして宇佐美は更に1歩踏み出し、30cm程まで近づくと摘んでいた袖を離す。


「ほんと…?」

「ホント。なんならもっと居て欲しい位だよ」


今の俺は宇佐美に起こされ、宇佐美の作った朝食を食べ、アイロンやこまめな掃除もしてくれている。そんな宇佐美が居なくなるのは嫌だし、宇佐美が居る事で苦痛になる事なんて無い。


「ちゃんと戻ってきてね…?」

「すぐに戻ってくるよ。あ、これ言って欲しく無いみたいなのあったら、今聞いとくけど」

「多分大丈夫…行ってらっしゃい」

「ん、行ってくる」


念の為宇佐美に確認を取ってから、家を出て駅に向かう。待ち合わせ場所はこの前宇佐美の母親達と行ったファミレスだった。俺は宇佐美の母親とのトークを確認すると、メッセージが送られて来ていたのですぐに返信をする。


『着きました。この前と同じ席に居ます』

『分かりました』


待ち合わせの時間には遅れていないし、5分程早く着いたのだが、宇佐美の母親は既に座って待っていた。俺は少し早歩きで席に向かい、反対側に座った。


「すみません、待たせちゃって」

「全然大丈夫よ、私も来たばかりだったから。あ、お腹空いてたら遠慮せず頼んで良いから」


時刻は昼過ぎの13時で、朝食は食べたが少しお腹は減っている。宇佐美の母親は俺に遠慮させない為か、先にタブレットに触れて商品を注文し始めた。


当然かもしれないが宇佐美の母親はやはり美人だ。年齢は分からないが、まだ20代に見えるような肌、髪は中学の頃の宇佐美を思い出させるような、綺麗な茶髪のロングヘア。そして身長も俺に近く、モデルの様だった。


宇佐美はまだどこか少し幼さがあるが、宇佐美の母親は大人な雰囲気の、頼りになる様な印象がある。タブレットで注文しているだけなのに見とれてしまう様な綺麗さだ。


俺も商品を注文して、ひとまず商品が来るまでの時間に、宇佐美の母親は早速本題に入ってきた。


「茜は迷惑かけてない?」

「あっ、全然大丈夫です。ご飯とかも作ってくれて、なんならすごく助かってます」

「そう…なら良かったけど」


宇佐美の母親はとても申し訳無さそうにしていたので、少し話題を変える事にした。

「今度の体育祭…行かれるんですか?」

「えぇ、茂雄さんと行く予定よ。出来ればその時に梅野君にも、茂雄さんと会わせたいんだけど大丈夫?」

「俺は全然大丈夫です」


俺がすぐに許可を出すと安心したのか、ほっと息を吐き笑顔で感謝を伝えてくる。


「ありがとう…梅野君」

「最近の茜さんは学校でも上手く行ってるようで、色んな人と仲良くしています。体育祭の時には、遠くからでも茜さんの様子を見てあげてください」

「そう…良かったわ…」


今の宇佐美は、親に見せても良いと思える程に学校での女子との関係は良好だ。だからこそ、宇佐美の母親には知って欲しい。


「でも、梅野君はなぜ茜をそんなに助けてくれるの…?」

「それは…」


初めて宇佐美の母親に会って、今の事を話した時に聞かれなかったのが、逆におかしいと思う程に当然の疑問だ。正直な事を言えば年頃の男子高校生が、同じ学年で1番可愛いと言われている美少女に、助けを求められたら殆どが応じると思う。年頃の男子高校生なのだから、そのまま宇佐美と恋人やそれ以上の関係に…なんて期待をするのが普通だ。俺だってそういう期待はしてしまっている。


だが、そんな事を正直に答えたって嬉しくは無いだろう。


「茜さんとは…中学2年から一緒で、色んな時に助けてもらいました。席も隣の時には、授業中に分からない事があると教えてもらったりしたんです。その頃のお返しを少しでもしたかったので」

「でも、だからってお家に泊めるなんて…」

「俺は……」


今の俺は、宇佐美への気持ちをはっきりと言い表せない。俺は宇佐美の事が好きなのだろうか…顔が良いと言う理由だけで、あわよくば宇佐美と恋人関係になって…それ以上の関わりを持てるのでは無いかという期待をして、宇佐美を家に泊めているのでは無いかと思ってしまう。


自分の中にある性欲を、宇佐美への恋愛感情だと勘違いしているのではないかと…竹内や伊織、他の可愛い女子でも、宇佐美と同じようにしていたのでは無いかと思ってしまった。


「俺は……自己満足で泊めてるんだと思います…茜さんを、同級生を助けてる俺がかっこいいって、そんな自分に酔ってるんだと思います…」

「そう…でもそれは助けになってると思うわ。茜も信頼している人だからこそ、君に声をかけたんだと思うし、私も貴方を信頼してる。茜とは毎日連絡も取ってるから、梅野君との事で何かあったら私に言うって言ってたし…」

「そうですか…ありがとうございます。期待を裏切らないようにします」


今までなんとなく思っていた事を、このタイミングで考え込んでしまい、俺は今のよこしまな気持ちで泊めている自分がだんだん嫌いになった。


するとすぐに注文した商品が机に運ばれてきた。まだ熱いハンバーグにナイフを入れ、1口大にしてソースを絡めて口に運ぶ。肉の弾力と風味、ソースの味は白米を進ませる。


礼儀作法はなるべくしっかりして、スマホなんて当然見ない。少しでもしっかりとした印象を与えておきたい。学校でもこんな綺麗な座り方はしないだろうと思いながら、食べ進めていく。


「茜はどういう料理とかしてるの?」

「宇佐美さんにはカレー等を作ってもらいました。凄く美味しかったです」

「茜の料理は私も食べる事が多かったわ。仕事から帰ってくると、私の分の料理も作ってくれてた。茜は普段は何をして過ごしてるの?」

「基本的には勉強をしてたり、アニメを見てたりしてます」


宇佐美の母親はアニメと聞いて少し不思議そうに聞いてきた。

「アニメ…?」

「はい、恋愛系のアニメが好きなようで楽しく見ています」

「知らなかったわ、茜が恋愛アニメ好きだなんて」

「ふふ、自分も知らなかったです」


そんな雑談をしていると、すぐにご飯を食べ終わった。


「こちらお下げしますね〜」

店員さんに空になった食器を下げて貰い、机の上はコップだけになった。


お互いご飯も食べてお腹が膨れたからか、少し緩い雰囲気になっていたが、宇佐美の母親が姿勢を良くして座り直し、それを見た俺もすぐに姿勢を正した。


「今日、梅野君にはこれを受け取って欲しくて」

そう言ってバッグから封筒を取り出し、机の上に置いて俺の方に差し出してきた。それが何か分からなかった俺は、何が入ってるか考えながらも封筒を受け取り中身を覗く。


「っ…これ…!」

封筒に人差し指と中指を入れて、中にある紙を挟んで取り出すと、そこには1万円札が10枚も入っていた。10万円なんてのは、高校生からすれば大金だ。そんなのを宇佐美の母親に貰う事なんて俺には出来なかった。


「茜と一緒に居たら、お金もかかるだろうし…」

「…これは俺には受け取れません…」


俺はすぐに10万円を封筒に戻し、宇佐美の母親の方に封筒を置いた。同級生の母親から10万円をなんの躊躇いもなく貰える人なんて居るのだろうか…それに宇佐美を泊めているのなんて俺の勝手な期待と、ただの自己満足なのに。


「でも…!私が今あなたに出来るのはこれくらいなの…だから受け取って…?」

宇佐美の母親は必死に受け取って欲しそうに押し返してくる。


「ほんとにただの自己満足なんです…!!俺は茜さんに、『家出がしたいから家に泊めて欲しい』って話を持ちかけられた時、もしかしたら茜さんと特別な関係になれるかもとか考えてたんですよ?…それに多分、今もです…」


俺はそのお金を受け取りたくないが為に、本当の気持ちを話し始めてしまった。こんな事、宇佐美の親に話してはダメだと理解している。でも口が勝手に喋ってしまう。


「俺は初めて宇佐美のお母さんに会った時、叶うかも分からない欲求の為に、宇佐美さんを家に泊める様に動いたんですよ?そんな最低な事してるのに…こんなお金受け取れませんよ」


やはり今の俺の中で宇佐美は好きな人として見れていないのだろうか…一時的な性欲の為に、もしかしたらなれるかもという関係を期待しているから泊めて居るのだろうか…


「でも茜が話してくれた気持ちや、貴方が話してくれた事は本当の事なんでしょ?」

「それは…はい、全て本当です。嘘はついてません」

「なら、あの時茜を助けてくれたのは事実じゃない。貴方が居なかったら茜はまだ苦しんでたかもしれない…それに、茜は貴方に声をかけた時点で、ある程度覚悟はしてたんじゃないかしら」

「それでも俺は…分からないんです。頼られたのは俺じゃなくても良かったんじゃないかって…」


俺が宇佐美じゃなくて他の女子に頼られたら、いとも簡単に泊めてしまうかもしれないように。宇佐美が頼るのは、俺じゃなきゃダメな理由なんて無いと思ってしまう。1度その考え方をしてしまうと、気持ちがどんどん深海に落ちていくように暗くなっていく。


「茜は貴方だから頼ったのよ」


それでも宇佐美の母親は俺の手を差し伸べるかのように、今欲しい言葉を出してくれた。


「それは…なんで…」

「理由はまだ言えないわ…でも、茜が貴方に自分の弱い所を見せても良いって思えたから、貴方を頼ったんだと思うの」


宇佐美の母親は、自分の母親としての未熟さを悔いながらも話してくれる。


「貴方と初めて会った帰り、先に駅に行った貴方と合流した茜の表情は、凄く笑顔だった。私があんな表情の茜を見たのは、茜が小学生の頃以来だったの…私は中学生になってからあんな笑顔の茜見た事無かった。私は…今まで茜に我慢させたんだって気づいた時…申し訳無かった…」


宇佐美の母親は涙を零しながらも、言葉を紡ぐ。


「私は…あの表情をした茜を見て、明確に梅野君になら茜を託しても良いって思えたの。茜も自分でそう思ったから、貴方を信頼したんだと思うわ」


宇佐美の母親は涙を拭いながらも、説得してくれた。


「ごめんなさい…茜の同級生の前で泣いちゃうなんて。茜には言わないで?」

「勿論です…」


俺は宇佐美の母親の説得を聞いて、宇佐美に頼られた人間である事を少しは誇りに思う事にした。


「分かりました…でも、お金は受け取れません」

「そう、分かったわ。でも何かあったら連絡して?いつでも渡せる様にしておくから」


俺はなんとかお金は受け取らずに、宇佐美の近況報告等を済ませて、宇佐美の母親と別れて家に戻る。


電車に揺られながら、俺は宇佐美の事が好きなのか考えていた。夜から朝の明確な時間が無いように、友達から好きな人というラインが分からない。俺は今まで本気で好きな人が出来た事は無かった。だからこそ違いが分からない。


結局宇佐美に対する気持ちが何なのか、はっきりさせる事は出来ずに家に帰宅し、14時半頃に家に着き玄関を開けると、すぐに宇佐美が駆け寄ってきた。


「おかえり!」

「ただいま、何してたの?」

「今はアニメ見てた!!」

「また見てたんか、好きだな〜」

「えへへ〜」


何故か照れている宇佐美の横を通って、自分の部屋に荷物を置き、すぐにリビングに戻る。俺が帰ってきて、出かける前より少し上機嫌でソファに座って、また恋愛アニメを見ている宇佐美を見ながら、また自分の気持ちを考えていた。


同居し始めて5日が過ぎ、そういった雰囲気になる事は無い。だからと言って宇佐美と同居するのが嫌になり始めた訳でも無い。実際にまた会って考えてみれば変わるかもと思ったが、特にその気持ちがハッキリと分かる訳では無く、モヤモヤとしたままだった。


宇佐美への気持ちを知るのはもう少し先になりそうだ。

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