居心地
山樫 梢
居心地
あちこちにガタが来ている。騙し騙しやってきたが
内見もせず条件だけで選んでしまったこの住宅は、移り棲んだ後から欠陥が見つかった。不良物件ではあるものの、大家が気のいいやつだった為にずるずると居続けてしまい、今に至る。
勝手知ったる我が家は便利で扱いやすく、手を掛けてきただけあってそれなりに愛着がないでもない。が、家はあくまでも生活する場だ。
日々修繕に追われる中で、住宅は何を差し置いても丈夫で長持ちするものが一番だと痛感した。今度こそ落ち着いて根を生やせる所がいい。
若かりし頃は気の向くままひょいひょい移っていたものだが、私ももう歳。転居は
手間を惜しんで同じ失敗を繰り返しては
𖠿
まずは一軒目。
立ち入ってすぐに失敗を悟った。
そこそこ新しいから小綺麗に整っているだろうと思いきや、とんだ誤算だ。部屋中にヤニの臭いが染み着き、壁が変色している。大家は相当なヘビースモーカーらしい。
とてもではないが借り手はつかないだろう。
なぜこんな状態にしておくのか。あの築年数でこれとは勿体無いことだ。
いや危なかった。条件だけで選んでいればここに決めていたかもしれない。やはり直に見てみなければ分からないものだな。
二軒目。
立地・外観・築年数、全てが理想的な物件と出逢った。際立って好条件だ。好条件……なのだが。
住宅を目の前にして感じたのは、静電気を帯びたドアノブに触れた時のような反発。
嫌な予感がする。
こういう時の私の勘はよく当たる。止めておくべきだ。
だが、こんなにも魅力的な住宅を易々と諦めるというのも……。
ええい、何の為の内見だ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。結論を出すのは様子を確認してからにすべきだろう。
思い切って中を覗く。入り口から眺めただけでも
いそいそと踏み入み――途端に、酷い揺れに体が
地震!? 停電!?
いや違うこれは
ああ苦しい、堪え難い。家が私を押し潰そうとしているかの
高望みなどするものではないな。目先の好条件にばかり
何とおぞましい住宅。二度と立ち寄るものか。
三軒目。
三度目の正直だ。前回の反省を踏まえて、条件はまあまあ悪くはないといった程度で
中は……驚いたことに、予想より遙かにいい。完璧とはいかなくとも、かなり良好と言える状態に見える。が、気にかかるのは大家の態度だ。随分と自信が無い様子だった。何も問題がないのであれば、なぜああも消極的なのだろう? どこかに落とし穴があるのではないか?
隅々まで見て回ったが、特に問題点は見当たらなかった。ううむ、気がかりはあるが、ここに決めてしまうか。
何より、大家が扱いやすそうなのが気に入った。あの相手ならば
𖠿
移り棲んでみると、この住宅は期待以上に落ち着く場所だった。長年暮らしているかのような安住感。内見二軒目のような圧迫感は欠片もない。
大家の態度だけが引っ掛かっていたが、付き合ううちに理由が分かった。どうやら外観の悪さを気に掛けていたらしい。散々こちらの不安を
まったく、
……それに惑わされた私も言えた立場ではないが。
改めて学んだ。住宅を選ぶ上では相性が重要だと。どれほど好条件であっても合わなければ身が持たない。
並以下の見た目が何だと言うのだ。作りは頑丈で、消極的で自信に欠ける大家。大変望ましい。
あれとは対照的に、ここでは伸び伸びと過ごせる。何と居心地の良いことか。
この気弱な
居心地 山樫 梢 @bergeiche
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