神の愛は復讐心を超える
すどう零
第1話 元アウトロー藤堂牧師の教会
日曜日の朝、誰しもが知っている元ビッグアイドル丸井きよこは、黒のファッションに身を包んで、キリスト教会に出かける。
教会だけは、なにがあっても休まない。
なぜなら、教会を休んで遊びにいったら、なぜか遅刻をするという大失敗をやらかしたことがあるからだ。
教会を休まずに平日に遊びにいったときは、遅刻などするはずがない。
また、不思議と教会を休んで仕事をしても、うまくいった試しがない。
きよこにとっては、教会に礼拝をすることは、自分を守ってくれる防波堤のようなものだと思っている。
くるぶしまであり、一切足の見えないロングスカートは、もちろん日曜日の教会用であり、普段の六日は一切履くことがない。
このロングスカートを履いて教会に行くと、なんだか神に包まれているような厳かな気分になる。
このキリスト教会の藤堂牧師は、なんと元アウトローという過去をもっていた。
藤堂牧師は、関東ナンバー1の知名度をもつアウトロー組織で、ナンバー2にまで昇りつめたが、自ら麻薬中毒になり、破門という出口を辿ることになったという壮絶な過去をもつ人物である。
しかし、元アウトロー牧師によってキリストを信仰し、神学校を卒業して、牧師の資格をとった。
そののち、なんと自ら教会を開拓したのだった。
初めのうちは、誰も訪れることはなく、神学校で知り合った友人二人と、礼拝を行っていた。
しかし、神への祈りが聞かれ、二年目からは信者が訪れるようになったという。
類は友を呼ぶというが、教会は牧師に似た人が訪れるという。
牧師に似た年齢、経歴、体験談をもった人が、その教会を訪れる。
元反社、いやなかには、現在も反社の人もいるが、警察にそのことを告知しているので、礼拝に参加するのは問題がない。
また非行に走る子供をもつ親も、すがるような気持ちで教会に訪れる。
痴漢の冤罪をかけられた男性、元不登校だった女性・・・
なにかしら過去に、苦しみをもった人が、まるで救いを求めるように訪れるケースが多い。
もちろん、そうでない平凡な人生の人も、真の神を知りたくて礼拝に訪れるのであるが。
藤堂牧師は、現在には中学や高校にも講演にも呼ばれ、包み隠さず黒歴史ともいえる過去を語る。
もちろんワル自慢ではない。
どんな黒歴史を持った人でも、神によって変えられるという現実を語るためである。
「私にあるもの、刺青、前科、覚醒剤歴。
私にないもの、学歴、職歴、右手の小指。
一般人がなくて当たり前のものが、私にはあり、一般人にあって当然のものが、私には欠如している」
そして、お腹と背中の刺青を包み隠さず、披露する。
すると、生徒からオオーッという歓声があがる。
藤堂牧師は、穏やかな表情のちょっぴりのイケメンであるので、一見したところ、とうてい元反社とは思えない。
しかし、ここまでたどり着くには、並々ならぬ苦労があった。
藤堂牧師の生まれ育った地域は、大都市の隣にあり、当時はキャバレーやスナック、風俗営業が軒を連なる街であった。
離婚女性が、働くためにその地域に転出してくるのだった。
藤堂牧師の母親も例外ではなく、夜になるとラメ入りのドレスを着て、キャバレーに働きにいくのだった。
藤堂牧師は、昼間は母親のために化粧品を買いにいき、夕方の五時になると、ドレスの背中のジッパーを上げるのが日常であった。
そのときの心情を、のちに歌にしてくれた人がいた。
「母子草」
夕闇に誘われるように 厚化粧をした母は
僕の知らない別女となり 背中を向けて
ネオン街へと溶けていく
僕がドレスのジッパーを上げたあと
必ず僕に問題集を解くようにと 母は言った
うしろ髪ひかれる母の未練が
そのまま 僕の背中のじんましんとなる
僕はいつしか問題集を解くかわりに
大人の真似ごとをするように なっていた
まさにこの詩の通り、藤堂牧師は、夜の部屋で一人過ごすことの淋しさから耐えきれず、同じ境遇の少年たちとつるんで非行に走るようになっていった。
タバコから始まり、シンナーにふけるようになってしまった。
ようやくの思いで、入学した私立男子高校は、一年の一学期、同級生とのつまらないことが原因のケンカで、相手の鼻の骨を折ってしまい、入学後たった三か月で自主退学となった。
一方、丸井きよこは田舎ではなるが、塀に囲まれた立派な家に、両親と兄と家族四人で愛情に包まれ、何不自由なく暮らしていた。
安定した収入の公務員の父親と、専業主婦の母親。
母親はきよこに、手料理を教えてくれたおかげで、今でもきよこは手料理が得意である。
当時、兄は医学部を目指して勉強に励んでいた。
高校はカトリックの女子高で、学校特有の女神という立場に選ばれたりもした。
いじめにあうこともなく、学校生活を謳歌していた。
その一方できよこは、歌が好きでばくぜんとした歌手へのあこがれが芽生え始めていた。
オーディションを受けたが、落選通知が届くだけだった。
しかし、そんなことであきらめてしまうような、きよこではない。
少女雑誌のコンテストに応募すると、奇しくも準優勝し、そのとき、きよこの声を聞いていたレコード会社からスカウトにやってきた。
もちろん、家族全員大反対。
特にきよこを可愛がってくれ、通学時は車で送ってくれた父親さえ、
「そんなに歌手になりたかったら、この家を出て行け」
とビンタを食らうほどだった。
テレビの歌番組も刺激になるからといって、見せてはもらえなかった。
親戚にまで、歌手になるのだったら、親戚の縁を切ると言われたほどだった。
そんな日が一年半続くなか、父親は心労のあまり白髪だらけになってしまうほどだった。
しかし、レコード会社の熱意に負け、有名プロダクションに入所することが決まったので、きよこは高校も中退し、十六歳のときに単身上京を果たした。
プロダクションの社長はきよこを一目見たとき、田舎のお嬢さんだが、根性のすわった目をしている。この根性がどこまで続くかという一種の賭けにでたという。
その頃、藤堂牧師は、高校を一年の一学期で退学になったのを機に、ディスコでナンパをしたり、地元の風俗店のボーイをしたりしていた。
そのうち、暴走族を飛び越えて、スカウトされるがままに、反社の世界に入ってしまった。
反社の世界は、生きるか死ぬかという生易しいものではなく、殺すか殺されるかという二者択一の冷徹な世界である。
いつしか藤堂牧師は、覚醒剤に覚えるようになり、当然刑務所送致にもなった。
刑務所内でいちばん困難なのは、人間関係だという。
「こいつとだけは、同じ空気を吸いたくない」という囚人と一緒の部屋になるのが、何よりのストレスだったという。
一方、丸井きよこは、なかなか歌手としてデビューすることができず、同じプロダクションの先輩の付属として、ドラマの端役でテレビデビューすることになった。
発音がうまくできず、舌を噛み切ってしまったこともあった。
それからはCMソングでデビューしたが、あくまでBGMであり、きよこのフェイスがテレビを飾ることはなかった。
この頃から、きよこの澄み切った張りのある声が注目され始め、歌番組に出演することになり、徐々に注目を浴び始めた。
きよこは二曲目からはオリコンで一位を飾ることになった。
それからは、あれよあれよという間に、スターになっていった。
出す曲はすべて一位。なんと六年間連続して二十四曲一位という金字塔を打ち立てた。
しかし当時、共演していた男性アイドルのファンから、階段から突き落とされたり、あらぬスキャンダルにまみれたりして、マスコミとの闘いの日々でもあった。
しかし、そんなことにめげるほど、きよこの生命力は弱くはなかった。
むしろスキャンダルをこやしにして、まるで逆手にとるように、きよこは老若男女問わず、注目を浴びるようになっていた。
最初は女性から反感を浴びていたが、徐々にきよこの生き方があこがれの対象となり、女性ファンも増えていった。
出る杭は打たれるというが、杭は出すぎると打たれまいを地でいく生き方だった。
きよこは歌手としてばかりではなく、映画やドラマ、バラエティーにも主役をこなし、押しも押されもせぬトップスターに昇りつめていた。
きよこは、根が明るく気さくで、誰にでも親切だった。
当時のライバル歌手に、口紅を貸すというお人よしぶりだった。
藤堂氏は、有名反社の組ではナンバー2、組長代行にまで昇りつめたが、その当時から暴対法が行使され、シノギという名の稼ぎがやりにくくなってしまった。
今までは、水戸黄門の印籠の如く威光をあらわす金バッチが、それを見せた途端に警察に駆けこまれると、すべてオジャンという時代に変わってしまっていた。
反社の世界は、いかにしてシノギという名の金稼ぎを成功させるかにかかっている。
しかし、藤堂氏は、もう稼げない利用価値のない存在に落ちぶれてしまった。
藤堂氏は、その頃から屈辱と不安にまみれ、落としてしまった小指と共に麻薬に溺れるようになってしまっていた。
二十五歳のとき、離婚した元妻に、一人娘せいなの養育費を支払おうとしたが、
「反社のつくった汚い金だと、受け取ることはできない」ときっぱりと拒否された。
しかし、藤堂氏におもかげが似た一人娘せいなが可愛く気がかりであることには、変わりはなかった。
幸いなことに、娘せいなは健やかに育ち、非行に走ることなく、高校は進学校に通うことになった。
しかしこの頃から、せいなは軽い精神疾患に悩まされるようになってしまっていた。
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