幻惑のアレース ー 日本能力者学園編 ー

鍵ネコ

【1年生】4月〜6月 <<1話〜10話>>

旅立ち

人は劇的な変化を目の当たりにする事が多いのか。


ひょんなことからいつもの日常が良いものにも悪いものにも変わってくれるのか。ある日突然有名な人に出会って一気に人生が好転していくのか。


そんな事はほぼない。

人生は基本起伏はあれど平面的だ。


波を生み出す出会いはあってもそれが強く影響する事は限りなく小さい。出会いが全てを変えてくれるわけではない。


でも、そうした縁は変化のあしがかりを生み出してくれる。


その変化を如何にして自分で掴みにいくか、その変化を大きくしていくかが重要ってことだ。


縁は放っておいても紡がれるほど強いものではない。

だから、作りたい縁があるなら必死になるべきで、嫌な事があっても蔑ろにするべきではない。


まぁ、俺が言いたいのはだな。


『昇也』


友達をたくさん作れってことだ。


思い出の詰まったあの空間。

澄み渡った新鮮な空気。

おいしい飲み水、時に腹を壊すこともあったけど。


そんな時の便所はどこでしてもよくて、解放感はいつも隣に居座っていた。

生活が自然に近いものだから、獣や虫とも仲が良く、でも時に捕食しあう関係だった。


俺が持っている服は一着ずつ。


漂白剤もないから汚れたら手洗いでも全然落ちない。


でも石鹸みたいな香りのする樹液があったから臭いとは一度も思ったことはなかった。


辛かったことと言えば、冬のお風呂位。


入りたくないといってもじっちゃんに入れさせられた。死ぬかと思った。いや何回か死にかけた。


冬の川の水は場所によっては凍っているんだから当然か。


フワフワする、そんな今までを刻んだ記憶達。


「まもなく、日本能力者学園前。お忘れ物がないようご注意ください」

「……んあっー…」


永い眠りから覚める感触。するとすぐに意識が覚醒する。もう少しまどろみたいという欲は、じっちゃんに矯正されたせいでほぼなくなっていた。


背をまっすぐ伸ばし、足を揃えて姿勢を正しく保つ。


自身の周囲には同じ制服を着た生徒が幾数人と座っていた。みんな総じて耳と腕に何かつけている。


「もんだーい、日本の三大都市は何処でしょう!」


あまり声が大きいわけではないのだけれど、聞こえてくる女の子の声。


「何きゅーにー。京都と名古屋、東京でしょー?」

「あれ、正解だけど七海でも答えれるもんなんだね」

「え、喧嘩売るための問題だったのこれ?」


言葉はどこか危なげだが、雰囲気は悪くなさそうで少し楽しそうだ。


「てか今日曽根田山さん来てるんだって」

「え、ガチ? 授業受けてる暇なくね?」


(あれが友達ってやつなのかなぁ…)


甘い香りが立っていたあの空間。

大樹と木の二階建ての家と、じっちゃんと。

昨日の事なのにもう少し前の出来事のように思えてしまう。もうとても寂しい気持ちだ。


だから不安が積もる。

楽しい毎日は、これからも続くのだろうかという不安が。


(まぁでもじっちゃんができる子って言ってくれたし、大丈夫だろ)


後ろを向くよりも前を向き、席から立ち上がる。


「日本能力者学園前。お忘れ物のない様にお気をつけ下さい」


初めて乗るはずなのに、体が電車の使い方を覚えている。不思議な感触だが、気にするほどでもない。


なんだって俺はできる子。森の中でも直感的に何でもできたことが多い。


この感覚はそれと一緒だ。


多分これが世にいう天才で、俺は天才なんだろう。そう思えばこれからのことも心が軽いっ。


(そんな俺なら友達も簡単に作れるだろ)


改札を通り、自販機で飲み物を購入し、壁に背を預けながら少し考え耽る。


じっちゃんは俺を送り出す時、学園生活での目標として1人でも多くの友達を作ること、としていた。


友達なんていたことのない俺にとって中々に無理難題で、どうすれば良いかわからずじっちゃんに問うたがじっちゃんもわからんとキッパリ言った。


そんなのもう俺にはどうしようもないじゃんと駄々を捏ねた。


(まぁ頑張るしかないよな…)


正直絶望的なんだけど、でもやっぱりどこかどうにでもなると考える自分もいる。それもこれもじっちゃんが出来る子と言ってくれたから。


(……とりあえず学園に向かわないとな)


今日は入学式、晴れ舞台。

初めて通る為行き道をジッちゃんに描いてもらった。

地図だ。


(これを見ながら……)


バサッと開いた新聞紙くらいの大きさの地図。赤色のマーカーで引かれた線をたどれば問題なし。


さぁ行こう。


晴天と朝日が俺を照らす。軽い気持ちと足取りで、新しく買ってもらった靴で闊歩する。


(ここどこおおおおおおおお!!!!!!!)


のはずなんだけど。

なんか、道迷っちゃった。


「え、ほんとに、え!」


この先壁! 暗がりの壁! 重圧を感じる!


「あれ、でも、え、あれ?」


地図通りに来たはずなのに、何故か知らない場所に辿り着いている。


「……あ、あの……」


そんな時、俺の肩を軽く叩きながら声をかけてくれた人が1人。状況も状況と言うこともあるが、なにより人に話しかけられたと言う事に俺は慌てた。


「あっ、え、あ、うんはいえあうんはいなんでしょうか!」

「ちょちょちょ、お、落ち着きましょう。ね、いったん。深呼吸」

「あ、はいえっとふうううううううううううううううううううううううううううううううう」


あ、やべ。


「呼吸の仕方わかんない」


何とか声に似た何かを発した先、助けを乞うように青い顔を向けると。


「えぇ………」


声をかけてくれた人は泡を吹いていた。


「あ、呼吸できた」

「ごぼぼぼ」

「いやそれどころじゃない!! え、こういうときどうすれば!」


その時思いだした、じっちゃんの言葉。


『初対面の人間とは敬語で話せ、それが社会のマナーだ。仲良くもないのに敬語のないやつは嫌われる』


(いやそっちじゃなくて!)


『困ったときは人に助けを求めろ。緊急時ほど助けてもらいやすい』


(これだ!! え、えっと人! 人!)


「あ! そこの人!!」


とても鮮烈で強烈。一目見ただけですべてを飲み込んでしまいそうな風貌。紅蓮の髪にショッキングピンクの瞳。細身で身長も高い。けど、どこかかわいらしさの残るきれいな女性。ただ、強者の風格が強くある。


生半可な力では勝てない様な、覇気に似た直感。


ただ、今は害意の様なものを感じない。あまり警戒することもないだろう。

着ている制服は今から俺が向かう日本能力者学園のもので、俺のと一緒。


同じ学園生ということなら尚更助けてもらえるだろう。


「……え、急に何」

「ひ、人が倒れてて! 助けてください! 泡吹いてるんです!」

「それって学園生?」

「え、あ、え」


そういわれて、そういえば慌てすぎてなにもあの人のことを記憶していないことに気が付いた。

えっと、服は何を着てたっけ……。


「時間かかるの、思い出すのに」

「いやぁーーあー」

「まぁいいわ、喉が詰まらないようにして安静にしとけばいいわ。死んだらそれまでよ」

「は、いや、え!?」

「私救急隊員じゃないし、変な責任とか手間を負いたくないの。どうせ救急車呼んでるんでしょ、じゃあ別に私いらないじゃない」


なんだろう。とてもむかつくなこいつ。

じっちゃんの言う通り敬語じゃないのむかつく、気を付けよう。て、そうじゃない。


「救急車呼んでない!」

「は? なんで見殺し……じゃあ普通助けを呼ばないか。倒れてる人どこ」

「あ、ははい! こっちです!」


ほんのちょっぴり歩いてすぐ、路地裏に向かう角を曲がったところで仰向けのまま倒れている学園の制服をきたか弱そうな男の子を見つけた。

途端、女の子は男の子を軽く蹴り上げた。


「は!? んちょおま、え!?」

「ねぇあんたホログラマーなくしたの?」


少し重力に逆らって浮き上がり、すぐさまストンと落ちては転がっていく。顔は地面に向いていた。


「いや待てよ! なんで蹴った!」

「汚いからよ、そもそもあたし潔癖なの。手荒なのは認めるけど許しなさい」


なんだこの高飛車女、高慢で傲慢。

確かに救いの手を差し伸べてくれているのだろうけどーー


赤髪の女の子は渋々と左手に着けていた、真っ黒い液晶のついた腕時計の様なものを人差し指でたたき。


「救急に連絡」


そういって続けざまに言う。


「……あ、救急搬送お願い。学園生の男性が泡吹いて倒れてる。外傷なし、原因は……」

「道に迷って、慌てふためいて…息ができなくなった…死にかけの俺を助けようとして……だからてんぱってかな」

「何それバカでしょ…そんなんで死にかけるくらいなら死んだって仕方ないんじゃないの」

「お、お前それはないだろ!」

「………」


そう強く抗議する俺に、赤毛の女は顔を少し顰めて押し黙った。


「原因は極度の緊張とストレス。日本能力者学園駅前西口からまっすぐ10分ほどの地点。以上」


恐らく誰かにこのことを伝えているというのはなんとなくわかった。やり方とか言ってることは非常識というかあり得ないのだけれど、行為自体はやりきってくれた。

だからまぁ、お礼は欠かせないもので。


「あ、ありがとうございます」

「…ああ、まぁなに。あんたも学園生ならどこかでまた会うかもね」


赤毛の女はそう言う。

俺的にはあんまり会いたくない。

しかしそれを表に出すと何されるかわからない。心を半ば殺す形で「あー……まぁ」と相槌を打つと、女は言った。


「てことで貸しね。私の貸しは高いわよ。じゃ」

「……はい、また」


ーーあー、なんだろ。なんか、別に貸し借りは良いんだけどなんて言うか、うん。


嫌いだ、この女。

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