“電車内の広告でミロとピカソの絵があった。 ミロの絵は自由に束縛され不自由に見え、 ピカソの絵からは不自由から抜け出そうともがく自由を見た。”

<自分以外は自分のためにあり、自分は自分以外のためにある>


自分は自分以外から良くも悪くも影響を受け、自分以外は自分から影響を受ける。

自分は他者の手助けをするため、あるいは迷惑をかけるために存在している、と。





<勝つためではなく、納得の行く勝負をする為に>


勝利は自分だけで決める事は出来ない。

自分がやれるのは、出来る限り勝つ可能性を増やす事。

相手が強者なら、長期戦をもいとわず。

いくら負けようとも、勝ち目を見出せうるのなら、何回でも挑戦すれば良い。

最後の最後に勝てば良い。


最後まで勝つ事が出来ずとも、その挑戦や挑戦するための努力は、

その日々に十分な意義を与えてくれるだろう。





<真実は一つ>


人の数だけ真実がある。から、真実は複数。

しかし、「人の数だけ真実がある。から、真実は複数。」は私の真実。

そして、私は一人なのだから、真実は一つ。





<動物救急病院、密着24時より>


事故に遭った猫を偶然通りかかった女性が動物病院に連れてきた。

女性は泣きながら、猫を心配している。


女性は猫を人と同じように捉えている。

人であっても、殺人犯などに対しては自分達とは違うと捉えている。

昆虫、それから植物をも人と同様に捉える人がいる。

いったい、何がそれを分けているのか?





<「人の命を奪う権利はない」か?>





<大事でないものに気を取られていると、大事なものを見失ってしまう>


自分にとって大事なものとそれにまつわるものに、出来うる限りの力を注がなければ、

“行ける所まで行く”事は出来ない。





<走らなければ走っている者を捕まえる事は出来ない>


自己の戦いを何らかの形で他者に対し表現する事によって、直接的・間接的に同志は集結する。





<目指す>


何かを目指す時、自らの能力を出来うる限りそのために注ぐならば、

もしそれが達成出来なくても、新たな道が開かれる。

少し形を変えたものや、少しランクを下げたものの存在を発見出来るだろうし、

また、それらに対しそれまでの経験を生かし即座に挑戦する事が出来るだろうから。





<受容体>


幾ら素晴らしいものがあっても、それを受け取る受容体がなければ意味がない。

どんなものでも、それを素晴らしいと思う感受性、又は予備知識が必要である。

つまりは、“楽しむためには努力が必要”って事。





<正しい>


人は、それぞれ自分にとっての正しさを持っており、それに従って行動する。

だから、どちらが正しいなどと言う事は出来ない。

片方が正しいと言った所で、それはそれを言った人にとっての正しさでしかない。

結局他者に対しては、上手くコミュニケーションをとり、折り合いを付けて行くしかない。





<『私の知る限り、例は無いと思う。』>


この文はおかしな文だ。自分が知っている事を知らないかもしれないと言っているからだ。

自分が、それを知っているかどうか分からないとはどういう事なのか。

そんなことはあり得ない。

「私の知る限り、例は無い。」or「私は、例は無いと思う。」なら良い。





<ウソとほんと>


ウソだとわかるウソはウソですか?

ホントだとわからないホントはホントですか?





<結果はどうでも良い>


結果は自分だけの問題ではない。

たとえば、相手のいる勝負の場合、自分がいくら努力したからと言えども、

それ以上に相手が努力しているとか、元々能力が高い、あるいはセンスが良く負ける。

いや、負けるという事自体で、その勝負において自分が相手より劣っていたという事になる。

相手より劣っていたのなら、負けて当然である。

負ければ、その事実によって負けて当然、勝てば、その事実によって勝って当然。

結果は結果でしかない。

大切なのは、勝負をするに当たって自分が何をしたか、

また、それを勝負で生かしたかという事なのではないか。

そうゆう意味では、勝負するに当たって有意義な準備を行なえたかどうかが勝負であり、

やれるだけの事をやったという事自体が結果なのだ、と。





<サンチャゴ>


私は折りに触れ、彼を思い出す。

そして、今、自分がやるべき事をやる、それがすべてだと教えられる。

そう、それがすべてなのだ、と。生きるとは、そういう事なのだ、と。


漁師は漁師、そして自分は自分がやるべき事をやる。

そして、やるべき事をやるためにも、無駄なことはやらない。

まずは、他人に腹を立てない、と。

ストレスのかかった状態で物事に当たるのは、気が散ったり、集中できなかったりして、

そうでない場合にくらべて力が発揮できないのだから。





<衝突しない>


興奮して怒ると、その興奮が相手にも伝わり、相手も興奮状態になる。

そうすると、お互い、相手の言い分は耳に入らず、頭の中は自分の言い分で埋め尽くされ、

結局、何の解決にもならない。

自分の言い分を聞いてもらいたいのなら、

相手が聞いてくれる状態を待つか、そういう状態に持って行く必要がある。

相手が興奮して文句を言って来た時は、相手が間違っていようとも、まずは反論せず、

相手の話を素直に落ち着いて聞き、すべて吐き出してもらう。

そうして、いくらか落ち着いて来たのなら、ここで初めて自分の言い分を落ち着いて語る。

相手が落ち着かない場合、話しても意味がないので、話さない。





<迷惑はかけた方が良い>


手助けは良く、迷惑をかけるのは悪いとされているが、実際には一概にそうとも言えない。

手助けをする事が、相手の成長を妨げる事になり、

逆に、迷惑をかける事が、相手の成長を促す事になる、とも言えるからだ。

迷惑をかけるのは、相手のためだとも言える。





<トラブルを有効に使う>


普段している事は、慣れているため自然にこなして行くだけだが、

トラブルはたまにしかなく、突発的に起こるため、そこで得られた経験は価値が高く、

より困難なトラブルに対して、冷静に対処出来るようになるための数少ない訓練の場なのだ。





<無理な選択肢>


現実的に無理がある(自分にとっては都合の良い)モノを選択肢に入れることによって、

その選択肢の中から選び出す際に、

現実的に無理な選択肢がベストであるにもかかわらず、現実的に無理なため選択できず、

仕方なく現実的に可能な次善手を選択しなければない、という事になってしまう。

『現実に選べないものを選択肢に入れてはいけない。』





<「ベストな選択肢」と「一番マシな選択肢」は同じモノである>


両方とも、複数の選択肢の中のトップを指しているから。

にもかかわらず、「一番マシな選択肢」の方が印象が悪いというのは、

そのときの状況以外でなら可能な選択肢をも含めて考えているから。

『現実に選べないものを選択肢に入れてはいけない。』





<『自己の選択は常に最善。』>


これは「選択」という言葉の意味合いから導き出されたモノであるため、

常に成立している。にもかかわらず、自己の選択を最善だと認識せずにいると、

自分は妥協しているとか、甘んじていると感じ、ストレスが溜まる原因にもなりえる。




<作品>


『作品』というのは、とりあえずでも完成させているならば、良くも悪くも評価の対象になりえるが、

未完成なものは評価の対象にすらならない。





<人は何のために生きるのか?>


永井均氏は何のためでもなく、自分のためだと書いていた。

自分の行動は自分のためにしている、と言う意味ではそうだろう。

これで納得できるのなら、もう問題はない。

が、これでは不十分な所がある。

それは、自分は何のために”自分のために“生きているのか?

という問いの答えにはなっていないからだ。





<何のために存在しているのか?>


答えには二種類考えられる。

・それが作られた意図。

・現在それが存在しているために起こる作用。


人の場合、

・親に聞けば良い。

   子供がほしかったからとか、堕胎出来なかったとか。

・自分が周囲に与える影響。

   協力をしたり、迷惑をかけたり。





<私は何のために生きているのか?>


私は何のためにも生きていない。

私は、単に生きている。それだけ。

アメーバが生きているように私も生きている。

そして、石が存在するように私も存在している。





<Last Fantasy>


人は何のために生きているのか?との問いに、

“人は何のために生きるのか?”と問うために生きているのか?と問い返す。

「YES」なら、始めの問いに答えが与えられ、解決。

「NO」なら、始めの問いを問う必要が無くなり、解決。





<大人はロボット(ただ反応しているだけ)>


ヒトはネオテニー(幼形成体)だという見方がある。

見た目、ヒトはサルの赤ん坊に似ている。

サルは1、2年で成体となるが、ヒトは約20年成長を続ける。

成長する期間が長いという事だ。

つまり、子供のまま成体になっているのだ、と。

サルの集団に、今までに見たことの無い物を与えると、大人のサルは警戒して近寄らないのに、

子供のサルは学習中で好奇心が旺盛なために近づいてくるのだ。

大人になると言うのは、成長を止めるという事だ、と。

成長中は自分に理解できない事、納得行かない事に出会うと、それを新しい情報として取り入れ、

元々自分が持っているモノと折り合いをつけながら、全体として再構成する。

しかし成長が止まると、自分の考えが固まってしまい、

理解できない事、納得行かない事を、新しい情報として取り入れられず、拒否反応を示し、終了。

「今の若い者は・・・」と言うのは、その典型である。

現実は日々変化し、時代は変わるのにもかかわらず、過去のある時点で成長を止めたから。

過去の価値観を正しいとして生きるという事は、

現在が間違っている、つまり現実が間違っているという事になってしまうのだ。

間違った現実で間違った事柄に腹を立てながら生きてもしょうが無い。

現実はそうなのだという事を受け入れた上で、

自分が良いと思う様にするには自分がどうしたら良いのかを考え行動する。これが現実を生きるという事だ。

自分のせいにすることによって、能動的に生きることが出来る。

何でもかんでも、自分以外のモノのせいに(自分以外のモノが悪いと)すると、

自分ではどうすることも出来ないものという事になり、受動的にしか生きれない。


っと、忘れてた。

サルはヒトの祖先ではなく、ヒトとサルは共通の祖先から進化してきています。

因みに、ネアンデルタール人もヒトの祖先ではないと言う見方が主流です。





<サンチャゴ>


まず、「これで良い。」と思える事。自己肯定、ここから全てが始まる。

たしか、桂ざこばさんが若い頃、落語が下手で自身が無くなり、

対人恐怖症とか人間不信とかに陥ってた時があった、と。(医者にもかかっていたらしい)

そこから抜け出すきっかけが、「これで良いんや。」と自分自身に言い聞かせた事だった。

「下手だろうが何だろうが、自分にしか出来ない自分の落語をやれば良い。」と。

で、逆算。

あとで「これで良い。」と思える行動を取る様、常に心がけておけば良い。

それは『やるべき事をやる。』と言う事。

やるべき事をやって、それでもダメなら仕方が無い。


サンチャゴは、容易に取れる魚を取らず大魚一筋で勝負する。

三日の内、2日は普通に漁をし、残りの1日だけ大魚を狙うなら、

日々の糧や新しい網を手に出来たのにも関わらず、彼は漁の全てを大魚に費やした。

彼はそういう漁師なのだ。





<生きる>


生きる事に一生懸命な人は、死ぬ事や「人は何のために生きるのか」という不毛な問いを考えない。

やるべき事をやっている人も同様である。

常に自分がどう生きるかについて考えている人にとって生きる事は必然である。





<魚釣り>


自分の容姿とそれに付随するものは、異性に対してのエサとなる。

釣りたい魚によって、エサは替えられなければならない。

それがエサとなる魚は、そのエサを重要視しているという事。

例えば、ブランドに身を包んだ男性に引かれる女性はブランドに価値を見出している人であるという事。

だから、自分が提示するエサは自分が価値があると思うものが適している。

なぜなら、カップルにおいて価値観の一致は必要不可欠であろうから。





<協力>


ある島では1日を2つに分け、一方で漁をしもう一方で狩りをする。

平均的な人の収穫を、漁で取れる魚と狩りで取れる肉を等価値とし、それぞれXとする。

したがって、平均的な人は一日に2Xの食料を手に入れる。


そこで、ある二人が協力する。

Aさんは漁が得意で平均より1,5倍収穫出来るが、狩りは苦手で平均の0,5倍しか収穫できない。

反対にBさんは狩りが得意で平均より1,5倍収穫出来るが、漁は苦手で平均の0,5倍しか収穫できない。

この二人が協力し、お互い得意な方を午前午後とも行ない、それぞれ収穫してきた物を等分したとすると、

それぞれ1,5X(魚)+1,5X(肉)=3Xと、平均よりも1、5倍の収穫を得る事が出来る。


極端なケース。

Nさんは漁は平均的だが、狩りはてんでダメで全く収穫出来ない。

Mさんは狩りは平均的だが、漁はてんでダメで全く収穫出来ない。

この二人が協力し、お互い収穫可能な方を午前午後とも行ない、それそれ収穫してきた物を等分したとすると、

それぞれX(魚)+X(肉)=2Xと、平均的な人の半分の能力しかないにも関わらず、

平均的な人と同じ収穫を得る事が出来る。


白いのは平均的な人が二人で(←何人でも同じ)協力しても、

X(魚)+X(肉)=2Xで、協力しても一人でやるのと変わらない。

それと違い、上記の極端なケースのNさんMさんの収穫可能な方の能力が平均を少しでも上回っていたなら、

総合力で平均的な人より劣っていても、収穫は平均を上回る。


結論。

同じ様な能力を所有している者同士が協力するより、異なった能力を所有する者同士が協力する方が有益だ、と。

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