第46話 背中で語る2人

「きょうえい行こう」


 本日最後の授業が終わり、いよいよ放課後。

 待ちに待ったクラス委員会の時間だ。


「やる気満々だね」


「楽しみだから」


「えっと……なにが?」


「強い人に会える」


 むんと小さい手を握り拳にする姿は、気合に反して可愛らしい。


 入学から約一ヶ月。


 その間は他クラスの生徒との接触を基本的に禁じられていたため、本格的に会うのは今日が初めてだ。


 それにしんかの場合は――


 ……人間関係をわざと広げないようにしてたんだろうなあ。


 炎の魔人に、いつ命が狙われるかわからない。

 だからこそ自身と仲良くなったことで、余計な犠牲がないようにと配慮していたのだろう。


 そういう意味では、そんな彼女が僕を召使いに指名したのは、思い切った決断だったのかもしれない。

 

 しんかに微笑みかける。

 すると彼女も僕を見つめ返す。


「私、ワクワクすっぞ」


「戦闘民族⁉」


 いつから君はそんな戦闘狂バトルマニアになったんだ!

 僕の驚いた顔にクスクスと笑う。


 物怖じしていた前のしんかも可愛らしかったけど――


「変なこと言ってないで、早く行こう。きょうえい」


「話を変な方向に広げたのは、しんかだよね⁉」


 冗談を言う彼女も、とても魅力的なのは間違いない。




「思ったより小さい」


「しんか! それは思ってても言っちゃだめだよ!」


 ……確かにこじんまりとしているけども。


 僕らの目の前に扉がある。

 普段授業を受けている教室の、半分くらいの大きさくらいだろうか。

 扉の上部から垂らされている札には「生徒会室」と書いてあった。


 全学年の委員長は(例外の僕らを合わせて)16人。

 生徒会の先輩も合わせると、20人前後がいるはずだ。


 この生徒会室に、その数が入りきるとはとても思えない。


「張り紙」


 しんかの指が扉を指し示す。


 見るとその先には、


「クラス代表委員会はお隣の空き教室でやります」


 という伝言と共に、座席表が几帳面に記載されていた。

 

「それならお隣だね――はあ⁉」


 視線を隣の教室に移して、驚愕する。


 灰色の煙・・・・だ。


 隣室の扉――正確には、閉まった扉の隙間――から、灰色・・のもやが漏れ出している。

 

 精霊・・だ。

 現在、人類種によって存在が確認されている精霊は五種類。

 火・水・風・木・土。

 その精霊たちが、閉まった空き教室の扉や窓の隙間から溢れている。


 精霊に対応した、赤・青・白・緑・茶。

 その五色が高密度で存在することで、色が交じり合い灰色のように見えているのだ。


 おそらくだが。

 あの室内はしんか怪物レベルの生徒たちが、ひしめいているに違いない。

 

「ピンクで綺麗」


 隣にいるしんかは、目を輝かせている。

 火と風の精霊赤と白が混ざり合って、彼女には桃色に輝いて見えているようだ。

 

 あの精霊密度の感想が、綺麗で済むのは豪胆な精神と言わざるを得ない。


 ……というか。

 

 僕からすれば、室内で火事が起きているようにしか見えないのだが。

 

 ……嫌だなあ。怖いなあ。


「とりあえず……入ろうか」


「うん」


 引き戸に手をかける。


 出鼻をくじかれた気もするけれど。

 中でどんな出会いが待っているのか……とても楽しみだ。


 


「失礼しまーす」


「失礼します」


 入室して最初に目に入ったのは、張り紙に描かれた通りに並べられた、口の字型の座席配置だ。


 既にほぼすべて埋まっている。


 一年生の席は入り口側の一辺。

 中心の二席だけが空いている。


 央成学院は「い・ろ・は・に・ほ組」の5クラス。

 故に僕たち「は組」の席は1年生の列の中心に配置され、それを挟むように左右対称に2席ずつ並んでいる。


 大小入り混じった4つの背中。

 彼らが――僕たちのライバル。


「強い」


 しんかも4人のクラス委員の背中を見て、強者の風格を感じ取ったようだ。


 ……確かに手強そうだ。でも――


 飛び抜けて強いのは多分二人。

 僕らの左側に座る二人だ。


 座席の配置的には……「い組」内部進学クラス「ろ組」推薦進学クラスの委員長。


 最も分かりやすい目立ち方をしているのは、推薦進学クラス――「ろ組」委員長だ。

 彼は、は組」のすぐ左隣に座っている。


 金の混じった短い茶髪。

 座席に座りながらも、際立つ体格の良さ。


 大柄な背中は、学生服の上からでもその筋肉の形がよくわかる。

 鍛え抜かれた鋼のような肉体だ。


 その身体からは、土の精霊たちが溢れ出している。

 総数は恐らく――しんかの火の精霊にすら匹敵するかもしれない。


 土の精霊の中に時折存在する黄金の輝きを見るに、金属系の土属性精霊との適性が高いのだろう。


 身体能力、精霊保有量。

 おそらく間違いなく最上位クラスの実力者だ。


 視線をさらにもう一つ左に移す。

 左端に座る、小柄な少女。


 内部進学クラスーー「い組」委員長だ。


 背中まで伸びる青の髪は緩やかな波を描き、制服姿も相まって、落ち着きのある清楚な雰囲気。

 一見お嬢様のように見えなくもない。

 

 ……実際はまあ、アレかもしれないけど。


 そんな少女もまた、かなり目立っている。

 それは先程の「ろ組」委員長とは真逆の理由。

 その少女からは、一切精霊の気配が感じられない・・・・・・のだ。


 現代の生物には多かれ少なかれ精霊適性があり、赤ん坊ですら精霊を保有している。


 それにも関わらず、一切の気配がないということは――自身の精霊を完全制御下に置けているということだ。


 ……相変わらず・・・・・変態だなあ。


 上級生も含めたこの室内において、おそらく精霊制御だけなら彼女が最優。

 華奢な手足は、戦闘に向いているとはとても思えないが――彼女が強者であることを僕はよく知っている・・・・・・・・・


「どうぞ二人とも座って」


 同級生たちを観察している僕たちが遠慮していると思ったのか、優しげな雰囲気の先輩から声をかけられる。


 濃い緑のセミロングに、同色の瞳と紐リボン。

 セーラー型制服に、膝より下の長めのスカート丈。

 真面目そうな服装に対して、柔らかい表情は――理想のお姉さん。


 安心感と親しみを同時に感じられる先輩だ。


「「ありがとうございます」」


 礼と共に席に着く。

 同級生と先輩たちとの新たな出会い。

 

 それが僕に何をもたらすのかは分からないけれど――


 ……全員倒して、王になる。


 その夢は変わらない。

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