第13話 私の過去とお弁当

 母は私を生んですぐ亡くなったらしい。

 写真で見た母はとても優しそうで……話してみたかった。


 だから私の幼少期の思い出は父との思い出ばかりだ。


 私が火の精霊と通じ合った時。

 私が初めて空を駆けた時。


 私が何かをやり遂げた時の父の笑顔は本当に嬉しそうで、今でも私の中に残っている。




 そんな父が亡くなったのは一体の人型の魔物――魔人――が原因だ。


 火の精霊たちが渦巻く中で、父と魔人が戦っている。


 父の振るう大剣「比翼連理」は燃え盛る炎にも負けない存在感を示し、幾重にも煌めく剣光が走る。

 対する魔人も類似した大剣を振るい……その打ち合いは互角。


 音を立てて交じり合う閃光は美しく――示し合わせた舞の様だ。



「お前は比翼連理を使いこなせておらぬ。寄越せ」


 それでも――限界はある。

 人間が故の限界。

 そこに至っても尚――


「悪いが『比翼連理』は妻や娘との思い出だ。渡せない」


 父は揺るがない。

 自分のため? 私のため?


 ……多分、どちらもだったのだろう。

 

 膨れ上がる奴の存在感、圧迫感。

 火の精霊の密度と輝きはまるで奴が炎そのもののように感じてしまうほどだ。


「しんか! お前は逃げなさい!」


 見たことのない形相だった。


 でも――


「嫌! お父さんと一緒にいる」


 父が揺るがないのに、私が揺らぐはずがない。


 私は逃げない。

 父が勝てない様な相手なら――どうせ追いつかれるのだから。


 どうせ死ぬなら……父と一緒が良い。



 永遠に続くかと思った果し合いは――


 カランと乾いた音を立てて、父の手から「比翼連理」が零れ落ちることで終わりを迎える。


「お父さん!」


 まだ父は生きている・・・・・


 それなら私の番だ。


「比翼連理」を拾い上げる。


 もちろん実力差はわかっていた。

 私は一人と一体彼らの戦いに、動くことすらままならなかったのだから。


 私は死ぬだろう。

 それでも。

 それでも最期の時まで私は―― 


「お前の父親に免じて、今は取り上げぬ」


「っ⁉」


 震える手。

 父の荒い吐息。


 私たちを見据える魔人の瞳は、血のように赤い。


「……か、感謝する」


「例などいらぬ。娘。お前が使いこなせないのであればその時は――」


 それから先の私の意識はない。



 だから私は力を求める。

 奴を倒さなければ、私は何も始まらない。

 父の仇は私がとるのだ。




 学校での朝。

 今日はいつもよりも静かだ。


 黒白こくはく君と男子たちの追いかけっこが開催されていないからだろうか?


 よくよく見ると教室の中にはそもそも男子がいない・・・・・・

 女子は結構いるし海風うみかぜさんに至っては席についている。


 彼女海風さんがいるなら黒白君も学校にいるはずだけど。


 ボケっと彼女を見ていると、空色の少女は私の視線に気づいて笑顔を返してくれる。

 可愛い。



「黒白、嘘じゃないだろうな?」


「もちろんだよ!」


 黒髪黒目の少年が、複数の男子を率いて入室してくる。


 黒白君だ。


 たった数日。

 彼はほんの数日間で、男子たちの心を掴んだようだ。


「できなかったらわかってるな?」


「その時は風山君を差し出して僕は生きる!」


「何で俺なんだよ⁉」


「安心しろ。お前ら二人とも――」


 何故か緊張感のあるやり取り。

 きっとその緊張感が、彼らの強さに関わっているのだろう。




 授業時間はあっという間に過ぎて昼休み。


 今日も校舎裏に移動するのかと黒白君と海風さんを見ていると、二人とも私の近くへと来てくれる。


 黒白君の手には三つ・・のお弁当。


「どうぞ、火光かこうさん」


「ありがとう」


「ほら、つむじ」


「さんきゅー」


「それじゃあ、僕も」


 彼は座ろうとして――


「僕はクソ野郎ども男子たちと食べようかな」


 ピタリと動きを止める。

 周囲を見回しているあたり、私たち女子と食べるのが恥ずかしかったのかもしれない。


 昨日も一緒に食べられなかったし少し残念だ。


「よく来たな黒白」


「いい子だ」


「いたたたた!」


 男子たちに快く迎え入れられた黒白君は、全身をバンバン叩かれている。

 男子特有のノリというやつかもしれない。


「火光さん、早く食べよーよ」


 海風さんは私の隣に座る。


 柔らかな声に誘われて、


「うん」


 お弁当のふたを開ける。


 目に飛び込む色とりどりの料理。

 昨日のお弁当もそうだったけど、今日も実に美味しそうだ。




「おいしいね! 火光さん」


「うん」


 涼しい声。

 嫌味のない台詞。


 気の利いた答えが返せない自分が歯がゆい。


「うちのきょうえいも中々やるでしょう」


「うん、料理上手」


「嫁に欲しい?」


 微笑みとからかい。

 黒白君にご飯を作ってもらう毎日。

 想像してみると……それはとても幸せな気がして。


「うん」


 私の言葉に彼女は目を丸くする。


「それなら私と二人でシェアだね!」


 爽やかな海風さんの笑顔。

 彼女も私のお嫁さんにしたいくらいだ。



こいつ黒白やっぱり許せねえよ」


「落ち着け! クラス役員決定戦まで待て」


「いや……今、息の根を――」


「やめて、皆! 僕をめぐって争わないで!」


「「「殺せえぇぇぇぇぇ!」」」


「ごめん! 冗談! じょおだんだからあぁぁぁぁぁ!」


 男の子たちはお昼ごはん中でも元気いっぱいだ。




「今日は私も訓練に行ってみていい?」


「勿論」


「楽しみだなあ」


 風の精霊たちは輝きを増す。


 火と比べて、私は風の精霊の扱いが得意ではない。

 そんな私でも見える程の、風の精霊たちの存在感。

 

 それだけでわかる。

 海風さんは間違いなく強いと。


 だから、きっと。

 

 彼女との訓練も実のあるものになるはずだ。



「黒白君は来る?」


「きょうえいは部活体験に行った後参加だって!」


「そんなやり取りよりも、助けてえぇぇぇぇ!」


 黒白君の代わりに答える海風さんと、ぐるぐる巻きにされている彼。


 そんな通じ合っている姿を見て、私は昨日の二人黒白君や海風さんとのやり取りを思い出す。

 

 彼らの深い繋がりが、とても。

 私には羨ましかった。

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