第12話 訓練室と彼の夢

 授業時間が終わり、放課後の訓練室。


 ボンという音と共に、ジャージ姿の赤光が訓練室の宙を駆ける。

 不規則と規則の音を刻むのは自由自在だ。


 それゆえの必然として――


火光かこうさん……嘘でしょ⁉」


 僕の攻撃はすべて・・・彼女火光さんに躱されていた。

 彼女は僕に一撃を入れて、すぐに間合いの外に逃げる。

 いわゆる一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイ


 僕よりも動きが速い相手では、移動速度で追いつけない。

 故に風の精霊で敵の動きを察知し、交錯する瞬間を狙うのが僕の採れる最良。

 しかしそれは――入学試験で彼女には割れている。


「風の精に注意しておけば黒白こくはく君に対処は可能」


「くっ⁉」


「遠距離はどう?」


 彼女の拳が防御の上を叩く。

 それすらも異常な力強さだ。


 拳を交えながらの検討会。

 会話をする余裕が彼女にはある。


 ……というか可愛いな⁉


 僕へと向かう顔は無表情ながら、首を傾げている。


 それにしても――


 遠距離か……。


 どちらかというと僕は近距離戦の方が得意だ。


 でも自在に火の精霊を扱う火光さんを見て、思いついた・・・・・こともある・・・・・


 遠距離を提案した彼女は、しかし僕に接近戦を挑む。

 遠距離戦をしたければ、自分で機会を作れということなのだろう。


 ……やってやろうじゃないか!


 こちらへと突っ込んでくる彼女の拳に、ぶつかる様・・・・・に直進する。


 拳が僕の顔面に当たる直前で――


「今だ!」


 更に腰を落とす。

 拳を振り切った少女は勢いのままに僕の後方へと飛ぶ。


 よし……これで。


「距離はできた!」


 直進することで、彼女とは距離が生まれる。


 ここが好機! 


 僕の火の精霊が球形をとる。

 撃ち出すのは火球。


 優先するのは威力よりも――数だ!


「させない」


 僕の精霊の動きを読んだのか、彼女は身を翻し、再び突っ込んでくる。


行け・・!」


 打ち出された火球の軌道は直線。


 しかし数が多いからこそこれは――


 ……当たる!


 この程度の火球なら、彼女は多少受けてもダメージはないはずだ。

 それでもまずは彼女へと当てなければ、勝負にすらならない。


 僕の火球に、彼女が変わる・・・

 僕を捉えるのは二の次に、躱すのが最優先。

 そんな軌道だ。


「まさか……僕の火球を練習にするつもり⁉」


「そのまさか」


 舐められたものだ。


 無差別に彼女は移動していく。

 大きく躱す動きが少しずつ小さく。


 爆発の規模の大小を調整することで、自身の動きを意のままに制御する。


 失敗したらただでは済まない。

 そんな加速を彼女は連続して続ける。


 ……なんて胆力だ!


 恐るべきは練習量。

 これが当然となるまでの努力量だ。


「このっ⁉」


 火球を放ちながら、逃げ続ける。

 躱す軌道の精確さは増し、今では――


 躱しながらでも火光さんの方が速いってどうなってるんだ⁉


 徐々に追いつかれる。 


 じゃあ――


「これならどうだ!」


 再び火球を複数放つ。


 再びの回避軌道はしかし――


 ……当たった!





「すごい」


 ……やっぱり黒白こくはく君は面白い。


 手合わせの時間が経つほどに、より強く意識する。


 今の火球は直線・・軌道だったはずだ。

 火の精霊を見ていればわかる・・・・・・・・


 それが――

 私の回避に合わせて曲がった・・・・・・・・


 火球自体の速さはそれほどなかったからこそ、当てられた驚きが大きい。


 ……どうして?


 再び火球が放たれる。


 今度の火の精霊たちは、直線以外の軌道も含まれている。


 ……でも、これなら。

 全ての火の精霊の動きは見えている。

 躱せるはずだ。


 回避は最小限に。

 あらゆる無駄を削るのが、この訓練の私の目標だ。


 先頭の火球。


 狙いは……顔面⁉


 彼の躊躇いのなさは嬉しいような悲しいような。


 首を左側に傾げる。

 意識するのは最低限の動き。


 これで火球は私の右方へと抜けていくはずだ。


 バチッ


 しかし火球の軌道が変わる。

 私の顔面から胴体へ。


 これは……躱せない。


 音を立てて燃える炎。


「そこそこ痛い」


 ……何が起きてる?


 確かに火球の動きは読み切っていたはずなのに。

 どんな仕組みなのだろうか?





 ……これは有効だね!


 連続で火光さんを捉えたことに手応えを得る。

 彼女の目には・・火の精霊の方が色濃く映る。

 適性の高い精霊が見えてしまうからこそ――通用する方法だ。


 風の精霊・・・・で火球を制御する。


 火球に風の精霊たちを載せて撃ち出す。


 僕が試したのはこれだけだ。


 彼女の回避に合わせて、乗せた風の精霊で火球を火光さんへと誘導する。


 彼女の適性は火の精霊が圧倒的に高い。

 故に風の精霊は見えにくいのだ。


 それでも大きい回避をしていれば、変化したとて関係なく躱せたはずだ。

 しかし彼女はそれをしない。


 躱したという油断読みと、効率を求めた動き。

 その二つが彼女の首を絞めていることに気付いていない。


 ……このまま変化がないのであれば、僕にも勝機があるけど……。


 再度火球を打ち出すと、次は警戒して大きく避ける。


 ……同じ轍は踏まないね!


 もう火光さんには当たらない。


 でも大きい回避軌道によって、僕への接近はできない。


 ……狙い通りだ!



 ただ。

 それだけで彼女に勝てるかというのはまた別の話。


 問題点を無視しているのは理解していた。

 それは――火の精霊の遠距離戦でも火光さんの方が分があるということ。


「これでお終い?」


 彼女が紅蓮の輝きに染まるとすぐに――

 炎の奔流が僕を呑み込んだ。





 私の炎の海に黒白君が沈んだかと思われた直後、聞き慣れた・・・・・爆発音と共に、炎の海から彼が飛び出してくる・・・・・・・


「これは……」


 彼の身体全体が縦回転しながらそのまま天井へと突っ込んでいく。

 炎の海を抜けるための移動方法。

 彼が実行したそれは私の移動爆発を踏む方法とよく似ている。


「私の真似?」


 ……来る⁉


 警戒して身構えると黒白君は――頭から天井へと激突した。




「やっぱり、火光さんの移動方法は難しいね」


「私は幼少期からやっているから」


「慣れってこと?」


「それもあると思う」


 私は物心ついた時から、火の精霊と風の精霊によってこの移動方法ができていたらしい。

 今は亡き・・父が言っていたので間違いない。

 

「しんかは天才だ! 流石は私の娘だ!」


 そう言って褒められたのが嬉しくて今でも覚えている。


 頭を強打したはずの黒白君はケロリとしている。

 驚くべき強靭さと回復力だ。

 彼の強さの秘訣はそこにあるのかもしれない。


 爆発を踏んだ黒白君の靴は燃え尽きてしまい、足の裏も軽く火傷をしている。

 初めての試行。

 満足のいかない結果。


 だからこそ彼は止まらない。


「うーん……精霊たちの比率は正しいと思うんだけど、爆発を踏むバランス感覚と着地が……」


 痛みがあるはずの中でも、彼は考え続けている。





「黒白君はどうして――」


 火光さんの移動方法をどうにか再現しようと考えていると、素朴な質問がポツリと彼女から出てきた。


「どうしてそんなに頑張るの?」


 純粋な疑問だ。

 勉強も、実戦も。

 できないことは何もない火光さん。

 だからこそ――何かを目指す向上心が気になるのかもしれない。


「……叶えたい夢があるんだ」


「王になる?」


 彼女に僕の夢を教えたことはあっただろうか。

 まだ話した覚えはないけど。


「うん! そのために僕はクラス役員になるんだ!」


「……王になって、何をしたいの?」


 更に踏み込んでくる。

 遠慮のない真っ直ぐな言葉は純粋さ故だろうか。

 心地いい。



「昔、つむじたちが泣いてて。その時に約束したんだ――」


 火光さんの真剣な表情につられる様に、僕の気も引き締まる。


「僕が王になって、世界を平和にする・・・・・・・・ってね」


 真剣な話は少し気恥ずかしい。





 ……眩しい。


 彼を見てそう思ってしまう。

 海風うみかぜさんのことを、彼が純粋に想っていることがよくわかる。

 

 誰かのため。

 それがきっかけの夢。

 

 自身よりも他者を思いやったその姿は――美しい。


 私にこんな綺麗な夢があるだろうか。


「火光さんは? 夢ってある?」


「私は……」


 私には誰かのためになんて美しい夢はない。


 ある魔物……魔人を倒す。


 私にあるのはそれだけだ。

 何も言葉が出てこない私を彼は待ってくれる。

 

 その気遣いが少しもどかしい。


「私には黒白君みたいな綺麗な夢はない」


「そうなんだ――」


 ……がっかりしてないだろうか。

 しかし、彼は続ける。


「でも――それでいいんじゃない?」


「?」


 だって――


「僕の夢だってきっかけがつむじたちなだけだし。

 世界の王になってつむじをこき使ってやるんだ!」


 本気なのか嘘なのかわからない彼の台詞に、私は思わず笑ってしまったのだ。

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