ゴルフコースとかスポーツジムとかが併設されてる高級マンションってなんかいいよね、というだけの話
パルパル
前編
いや、流石にゴルフコースはないだろうか。詳しくないから分からないが、ゴルフコース……いや、練習場なら併設された物件があるのだろうか?
しかし、あれだ。シミュレーターというのか? ゴルフボールを打って、飛距離や方向をシミュレーションしてくれるゲームを遊べる小スペースというのか。ああいうのが併設されてるマンションがあると楽しそうだね、という話には同意を覚えた。
「こちらの物件は単身世帯でビジネスマンの方々に人気ですね。伊集院様のお探しになっている条件には合うかと思いますよ」
愛想よく話す仲介業の女性は、私を前にして営業トークに拍車がかかっている。30を手前にした、いかにも働き盛りという外見の独身者を仲介できるのでモチベーションが高まっているのだろう。こちらとしても渡りに船だし、いい物件を薦めてくれる限りであれば、遠慮なく私の財布からカネを搾り出してほしいと思う。
申し遅れたが、私は
「いかがですか、伊集院さん。ゴルフなどはなされますか?」
都内の某地下鉄駅近くに設けられた、築10年ほどの高層マンション……の、地下一階で彼女は私にセールストークを続けていた。
あいにくだが、私はゴルフを嗜まない。父も兄もいつのまにかハマっていたスポーツだから、「やってみると楽しそうだな」とは思う。
でも、それだけだ。仲介業の彼女は私の外見からゴルフをやっていると判断したのかもしれないが、残念。とはいえメジャースポーツを自宅の範囲で楽しめるマンションは悪くないと思ったし、仕事が軌道に乗った今までは、こういった「遊び」を併設している物件を見たこともなかったので魅力的だとは思った。
そういう意味では、ゴルフコースとか、スポーツジムとかが併設されてる高級マンションって、なんかいいよねとは思う。
──とは言いつつ、この物件にそれ以上のプラスアルファは感じなかったのだが。
「そうですね。他の物件も見てから決めたいと思います。今日、私が予約を入れていたのはあと2件? それかもう1件ありましたっけ?」
なにせ、生活基盤に直結する買い物である。このマンションも、客観的に見れば高級な部類の物件にあたる賃貸であるというだけあって中々魅力にあふれているが、それ以上のものを求めても贅沢とは言われないはずだ。
と、いうわけで案内を務めた女性に訊ねてみたが。
「そうですね、内見予約を承っているのは他に……」
折あしく、彼女に電話が入ったようだ。
気にせず出てもらうように伝え、5分ほど待つ。少し離れたところで電話を続けた末、彼女はばつの悪そうで「大変お待たせしました」と言いながら戻ってきた。
一人で歩いて、10分ほどの時間が経過する。
先ほどの仲介業の言葉を思い出しつつ、私は次の物件に着いた。
『こちらの都合でご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。内見の案内は向こうのコンサージュが担当してくださいますので……』
急用が入ったのならば、仕方あるまい。なんというか、営業における欲を隠さない、明るい空気を持っていた案内人だったから惜しいと感じる気持ちはあったが詮のないことだ。
コンサージュという言葉に聞き馴染みがなかったのだが、歩いている最中に考えてホテルの「コンシェルジュ」と同じ意味だと気が付いた。さっきの物件に居た、フロントに立つ係の人と同じ役割なのだろう。
さて、私がやってきたのは、≪エチエチンヌ赤山田≫という名の高層マンションであった。どことなく気の抜ける物件名が不思議だが、オーナーはどういう意図でこの名前を付けたのだろう。
大人しい色合いの壁に囲まれた数多の部屋が見え、3、40階ほどのフロアを備えたマンションの高さに思わず首が反ってしまいそうになる。1階2階は保育園だか図書館だかが入っているようで、子供向けの掲示物や背の低い本棚がガラス窓に透けて見えた。
(タワマン、というやつか? まあ、こんなことを感じるのも今更だな)
先ほどの物件と同じく、働いているビジネス向けの部屋を探していたのだが。ファミリー層に人気があるというのも、気分としては悪くないかと勝手に想像する私であった。
「ようこそお越しくださいました。
エントランスで名前を告げると、応対してくれたコンサージュがそのまま名乗った。春野というのは苗字なのか名前なのかと聞いてみると、下の名前は「
私は確かに独身の働き盛りだが、セクハラ親父のような言動をしてやる義理はない。名前も、表情も本心から素敵だとは思ったが、今時はこういった褒め言葉もハラスメントになる時代である。地雷原へ不用心に踏み込むこともあるまい。
「22階のお部屋と、34階のお部屋の内見と伺っております。私が案内させていただきますね」
品の良い笑顔を崩さぬまま、彼女は私をエントランスの奥へ導いていった。
──部屋の案内はあっさりと終わった。
するりするり、という言葉が思い浮かぶほどに滞りなく終わった。
「以上ですね。ご予約のあった2部屋の案内でしたが、いかがでしたか」
と、話す秋生さんの案内は淀みなかったし、内見の途中、彼女の指や足が止まることはなかったと思う。1対1で部屋を見たということもあってか、私が物件を見ている間も、常に傍にいて部屋の設備について細かく補足を入れてくれた。
部屋は広いし、悪くない。
最初に見た22階の部屋は日当たりが良く、床面積から収納スペースまでどこを取っても今住んでいる部屋の上位互換といった具合で非常に住みやすそうだ。34階の方はコの字型の間取りに若干戸惑ったが、22階よりも総面積は大きいし、何より眺望がすばらしい。
ただ。それでも、しかし。
悪くない──止まりでしかない。
(最初に見てきた部屋と比べて、目新しいところはなかったな)
予算を惜しむつもりはないが、『この部屋に月○十万を払うのか』という気持ちがないわけでもない。高層マンションのイメージに囚われ、物件に期待しすぎたと言おうか……。
しかし、私の「金額相応か?」という疑問は的外れかもしれない、と同時に思う。
まず、1階ロビーから徒歩2分以内で地下鉄駅へアクセスできる立地は何にも代えがたい。次にサービス、つまり秋生さんのように随時対応をしてくれるフロント職員が24時間体制でいるのも無視しがたい点だ。
何より、独身の私に広すぎる部屋があっても仕方ない。『悪くない』とは思いつつも『文句がある』とは感じないし、これでプラスアルファを感じ取れる要素があれば言うことがないだろう。
「プラス、アルファ……」
そういえば。
ゴルフコースやスポーツジムが併設されてるマンションってなんかいいよね、と思っていたところである。実際にゴルフをやるかはともかく、軽いレジャーを自宅で楽しめるなら生活のモチベーションが上がるかもしれない。
「このマンションですが、住民が気軽に利用できる施設はありますか?」
私が訊ねると、パッと明るい表情を浮かべた秋生さんが応じてくれた。
「ちょうどよかったですっ。部屋の方に質問等がなければ、今から案内させていただきますねっ」
そこから、エレベーターへ乗ったり下りたりのフロア行脚が始まった。
「──こちら、20階のレストランです。11時から20時までの利用時間となっております」
「──こちらはゲストルームです。大人2人まで利用できる広さになっていて、週末はご友人やご家族を呼ぶために予約される利用者様が多くいらっしゃいますね」
「──3階にはコンビニが入っています。ここからフロントへお繋ぎできるカウンターもありますので、1階のロビーと合わせてご利用ください」
「──こちら、2階は図書館とカフェが併設されておりまして……」
……うん、なかなかのラインナップだ。
実際に住んでみたところでこういう施設をどれほど利用するかは自分でも未知数だが、楽しみにはなってくる。とはいえ、立て続けに紹介されると、それだけで体力が削られていくような気持ちは否めない。
地下1階まで降りてきて、駐車場の紹介を終えた後に秋生さんは言った。
「それでは、次が最後にご紹介する施設となります」
「なんでしょうね。自分が見た物件では、スポーツジムなんかがありましたが」
「ふふふ。最後の施設はですね……少し変わってるんですよ~」
声は明るく、しかし持ち前の笑顔を浮かべないままミステリアスに私を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます