召喚術士と魔女 ~終わりのない絶滅戦と黒死病軍による人類の殺戮奇譚~

カナベロン

第1章 魔女と召喚兵

プロローグ 泥と血

――自分の敵は、自分の手で打ち砕くのみ。

 

 昔からそう思い、今もそれに変わりはない。人は皆、いずれ自分の敵と向き合うことになる。その時、己の手でその敵に立ち向かわなくてはならない。そして私は今、自分の敵を倒さなくてはならない状況に直面している。息を呑み、右手に力を入れる。


『……ふっ!』


「く、くそが、そうさせるものか!!」


 泥に埋もれてまともに動けないその敵兵は私の意図を察し、剣を拾いそれを止めようとする。だが彼が剣を取り戻すのより、私の攻撃が彼に当たる方が早かった。右手のメイスが全力で振り下ろされ、彼の頭を打ち壊していく。周りに血と鉄の破片か激しく飛び散る。頭の壊れたそれは、体がブルブルと震え、ただ痙攣けいれんするのみだった。兜の穴中の穴と、首当たりの鎧の隙間から血が漏れる。死んだのか。だが、戦いはまだ終わってない。


『お前も死ね』


「ま、待ってくれ……!」


 いや、待たないよ。時間がないから。今のうちに、できる限り敵を殺しておかないと。今死んだ敵兵の隣、同じく泥に埋もれ、まだ立てない奴にメイスを振り下ろす。メイスに叩かれて兜が潰れ、肉と骨の壊れる感覚が手に伝わる。そいつの兜の穴からも血が噴き出る。


「こ、この異端ども目が、死ねええ!」


 その直後、隣の敵兵が私に襲い掛かる。こいつはようやく泥から体を抜け出せたようだ。仲間の死を目の前にし、理性を失ったのか、その目は血走っている。


『……!』


 気合を入れ、敵の斬撃を左手の盾で受け止める。泥のせいで中心を失った奴は、攻撃がかわされたことで姿勢を崩してしまった。その隙間を逃がしてはいけない。だったら死ぬのは私の方になるはず。そう思い、また右手のメイスに力を入れ、敵の頭を狙って全力で振り回す。


「しまっ……!」


 敵の最後の断末魔と共に、兜が砕かれる。頭が潰れ、兜のあいている穴から血が湧き出る。奴の体がブルブルと揺れながら、泥の海に倒れていく。


『ふぅ……死んだ、ようだな……』


 腕が震える。いや、腕どころか、全身が恐怖で震えている。少しでも遅かったら死ぬのは自分だったかもしれないという事実が、そして敵とは言え、人間を自分の手で殺めたという実感が私を包み込む。


『いや、今は感情に浸っている場合じゃない、周りを……』


 目の前の敵がなくなったことで、周りには誰もいないようだ。周辺を確かめる。


「うあっ!ちくしょう!俺は死にたくない!」

「敵を、攻撃……」

「くそがぁ!!!死ねよ!!!」


 予想通り周りは戦闘の最中だった。大地は泥の海に化し、その上で私が召喚した「召喚兵」たちと、敵軍の数百人が戦闘を繰り広げている。泥に埋もれた敵には、私の兵士がつるはしを振り下ろしてその頭を潰す。だが、一部の敵は姿勢を取り直し、我が軍に猛烈な反撃を繰り返している。陣形は段々崩れていき、戦いはその激しさを増している。


『……そうだ。ハウシェンはともかく、ネイアは? 』


 ハウシェンは戦闘に投入済み、だがネイアの姿が見えない。あいつ、今まで私の後ろにいたのだが、いつの間にか消えてしまった。まさか、死んだのではないだろう。


『ちっ、戦況がどうなのか確認できない……』


 戦闘が最初の計画通り進んでいるのか確認ができない。部下たちは私の指示通りに動いているのか?そう疑問を抱いている時、自分の能力を思い出す。


『……アルマ・アルキウム。各小隊長、現状報告を』


 右手を頭に当て、意識に集中する。自分の脳内に命令するように、意識して伝えたいことを口にする。すると、脳内に彼らの声が聞こえる。


(こちらクライスト。現在戦闘中。両方から攻撃されています。増援を要請します)


(こちらシュヴァーベン。敵の攻撃を防御しています。敵は正面と側面から攻撃中)


(こちらラブレ。今全員戦闘中……!敵を全部ぶち倒すぜ!)


(バシリア小隊。現在ラブレ小隊を支援しています)


(エリーヌ小隊。今かなり追われています。司令、増援を!)


『……予備隊はない。各自、何とか耐えてくれ。そしてハウシェンは?ハウシェン上級大佐、現状報告を』


(……)


『何か問題があるようだな。各自戦闘を続行せよ。以上』


((了解))


『ふぅ……今のうちに、最大限敵を殺さないと……』


 ハウシェンがないのなら、その分私が敵を殺すのみの話だ。このメイスで、頭を全部壊してやる。そう思いながらメイスを握り締める。その時、どこかから声が聞こえる。


「うりゃっ!死ぬがよい、この異端ども目が!」


 声がした方を見る。何メートル先、そこには敵の首、辺境伯が猛烈な戦闘を繰り広げていた。私の兵士を何人とも相手にし、己の剣術で彼らを圧倒している。彼は今戦いの熱に満ちていて、目の前の戦いに背いっぱいらしく、私の存在にまだ気付いてない。


『今が、機会なのか……?』


 今の戦況を考える。今、敵軍は次第に最初の衝撃から抜け出し、本格的な反撃を始めた。そのせいで戦いは拮抗している。敵は我が軍より精鋭だ。このままだと不利になる可能性すらある。だが、もし敵の首である彼を無力化できれば、敵軍に精神的なダメージを与えられるはずだ。そう思い、私は彼に赴く。


『辺境伯!この戦闘は君の負けだ!今のうちに降参しろ!』


 私の声が届いたのか。辺境伯がこちらに顔を向け、私を見る。その血走った目、怖いな。


「お前は……は、はは!この我が、魔女どもに降参だと?笑わせるな!やはりお前がこいつらの首だったか。今から殺してやる!」


 辺境伯が剣を握り私に近付く。一対一の戦いになるのか。兵力の一部をこっちに回したいとは思うが、どうやら全兵力が戦闘中であるため、そうはできないようだ。


(ハウシェン!早く私の元に来い。司令官としての命令だ!)


(……)


 頭の中でハウシェンを呼んでみるが、全く返事がない。あいつ、死んだのか?


『避けたかったが、一騎打ち、やるしかないのか』


 右手のメイスを強く握る。左手の盾がボロボロなのが心配だが、一撃ぐらいは止められるんじゃないかな、と思いながら彼に向かう。


「……」

『……』


 周りで激戦が行われている中、7メートルの距離を置いて私と辺境伯が睨み合いながら対置する。辺境伯の目を見ると、私に凄まじい程の殺意を持っているようだ。


「……ふっ!」


 先に彼が参る。鎧を着ているとは思えない程の素早い動きだ。突進して来る彼の剣を意識しながら、盾を構える。


(まず盾で最初の一撃をかわし、その直後にメイスで叩き潰す……)


 そう考えながら辺境伯の攻撃を待つ中、突然、後ろからネイアの悲鳴が聞こえる。


「きゃあああ!!!ゆ、勇者!助けて!!!」


『……!?ネイア?あいつ、生きていたのか?』


 これはどういうことだろう。今あの子に何が起ころうとするのか?そう彼女の心配をしていると、つい気が緩んでしまった。大事なのは、数多い経験で戦いに慣れた辺境伯は、その隙間を逃さないということだった。


「食らえぇ!!」


『……!?しまっ!』


 辺境伯の憎しみと、殺意の込められた素早い一撃が、私に飛来する。

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