溶ける時、凍る池

「茜ちゃん今暇?」




見覚えあり、名前もわかる、会話を1度交わしたこともある、


だが無に等しいほど接点のなかった女子に急に声をかけられてどぎまぎしつつ、こくりとうなずく。はたから見たら私は挙動不審だが彼女は何も思ってないのか、間を開けずしゃべりだす。




「実は研究で使うメダカを保護したくて、、人手が欲しいんだけど手伝ってくれないかな?」


人助けは好きだ。特に今回の場合はとても役に立てそうな内容である。




そう、何を隠そう、声をかけてきた彼女ーーーー三笠 氷河ーーーーは研究発表会の全国大会で中学1年生の時点で優勝を飾るほどの実力者だ。終業式なんかでよく表彰されている、期待のエースだ。




研究以外にも勉強も運動も帰るスピードも常人離れしているということでとても有名人なため、私も彼女の名前を知っていた。名前を知っているだけでなく1回会ってしゃべったことがあるので彼女は私の名前を間髪入れず思い出してくれたようだ。


とはいっても、しゃべったのは1年以上前なのだが。記憶力も常人離れしていたりするのだろうか。




「いいよ、メダカはどこにいるの?」


私が了承すると彼女は1秒たりとも時間を無駄にしたくないのか、階段を上がりながら私の方を振り向かずに答えた。




「駐車場の近くに小さな池があるでしょ、あの池にいるんだよね」


「え?駐車場だったら階段上がらなくていいんじゃ?」


「生物教室から道具を用意しないとね、網2つとバケツ3つとゴム手袋4枚と、、」




私はなんでそんなことも分からなかったのだろうと穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい気分で下を向きながら階段をのぼった。




「ところで茜ちゃんは何をしてたの?」


「あぁ、私、?暇すぎて校内散歩してた」




嘘である。




私は吹奏楽部に入っていてその練習に来たのである。


だが、、




最近音楽室に入りにくくなった。




「途中入部だし今からうまくなるよ」




そう何度も先輩たちから言い聞かされて私も頑張って練習していたつもりだった。


つもりだったのに、私は一向にうまくならず、後から入った後輩のうまさに圧倒され劣等感と羞恥心のあまり部活に行けなくなってしまったのだ。


だから私はもう部活をやめようかなと迷っているところだ。


どうしようかなとすることもなく校内をさまよっていたら三笠さんに会ったのである。




「え、その格好で?寒くない?」




上にダウンとか来てもいいような12月の中旬に私はコートを着ず、薄手のパーカーだけ羽織っていた。私は寒い方が感傷に浸れるのでいいかなと思ってわざとそうしていたのだが、


事情も知らなければ(いや事情を知っていようとも)さすがに変に見えただろう。




「あーちょっと寒いかも、、」


「じゃあ私のコート貸してあげるよ」


「ありがと、、ってえぇぇぇ!??」


三笠さんコートあげちゃったら私と同じ格好みたいになるんじゃない?それで三笠さんにかぜでもひかせたら私は罪悪感まで抱えながら生きねばならないし、普通に嫌だ。。


そんなことを思ってどうしようかと迷っていると




「大丈夫大丈夫~私コート3枚着てるから~」とさらっと衝撃発言をした。


私は一瞬聞き間違いかと思いぴたっと動きを止めてしまった。


生物教室のある3階まであと数段だというのに。


「あ、本当だよ、はい、どうぞ」


三笠さんの思いやりに感謝しつつコートを羽織る。




生物教室で道具を手に入れた後来た道を戻り、他に誰も見当たらない閑散とした校舎を横切って駐車場の近くにある池へと向かった。普段あまり来ない場所なので親しみがなく、本当にここは校内なのかと少し疑ってしまった。


「池、凍りかけてるね、、」


あいかわらず頭の回らない私はメダカの保護をする意味をようやく理解した。


これまではこの池で飼っていたのだろうが、池が凍ればメダカが死んでしまうので救出しようとして私を呼んだのだろう。


三笠さんは1秒たりとも無駄にしたくないのか、池についた瞬間さっと網を凍りかけの池の中に突っ込んだ。幸運なことにそこまで氷が張っていなかったため網を動かすことができた。




私は三笠さんの横にバケツを持って行った。網とバケツの係を交代でしてメダカを救出する作戦だ。


しばらくして網を引き揚げると思っていたより多い、数10匹のメダカが絡まっていた。




三笠さんのことだから手際よくメダカを引っ剥がすのかと思いきや少し手こずっていたためもう一方の網を彼女に持たせ、私がメダカを引き剥がす係を請け負った。






ここまで三笠さんと行動していてわかったことがある。




はじめから薄々と感じていたのだが、


彼女は、、とてもせっかちだ。




さっきのように焦るあまり本来ならできることも手こずって上手にできなかったりするところがあるようだ。


三笠さんはステータスで見ると完璧だが、性格などを見たところやはり完璧ではない。


だが、そうだからこそ、私はだいぶ安心した。






人間誰しも完璧じゃないーーーー。








しばらくして彼女と係を交代することになった。


もちろんメダカのいる位置など見当がつかないため手探りで網を動かしていた。


「底の方まで網を入れてみて、めっちゃメダカいるよ」


途中で三笠さんからアドバイスをもらったのでその通りに網を動かしてみると、見たことのない数のメダカが出てきた。


うん、だいぶ気持ち悪いな。




だが三笠さんはとても喜んで




「すごいよ茜ちゃん、!メダカ採集のプロだよ!」




なんて今まで言われたことのないようなことを今まで言われたことのないようなハイテンションで言ってくるので私はさすがに照れた。




こんなにべた褒めしてくれるあたりいい人なんだろうな、少し人使いが粗い気もするが、、。


そんなこんなで私たちは無事にすべてのメダカを救出できた。




こんななんともないメダカを救出してるだけの日常が予想をはるかに上回る恋物語につながっていくなんてまだ、私は知らなかった。




溶かした池は凍っていく、でも時は溶けて進んでいく。


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