愛する人へ

MZT

第1話 出会い

「ん…ぁ……。」

1人の人間が目を覚ます。全身に暖かな日の光と心地の良い風を浴び、人間は体を起こした。柔らかい草が風に揉まれ、優しい音が辺りに響いている。足の裏の草がモゾモゾと動いてくすぐったい。目を擦り、辺りを見渡す。ここは遠くまで広く続いている草原だ。ゆっくり体を持ち上げ、立ち上がる。目を凝らすと、草原の先に森のようなものがあるのを見つけた。そういえば、辺りには人間をはじめ、生き物が1匹もいない。鳥も飛んでいないし、虫もいない。人間はとても不安を覚えた。しかし、何かしないと事は起こらない。人間は森に向かって歩き出した。ふと、人間は自分がなぜここにいるのか考えた。

「あれ……?」

人間はなぜここにいるのかがわからなかった。自分の名前や何をしてきたのか思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。その場に立ち止まって何度も考えたが、過去のことを思い出そうとしても、もやがかかったように薄くボヤけていて思い出せそうにない。結局何も思い出せなかった人間は森に向かって再度歩き出した。

森に入って少しすると、風が弱くなった。その代わり、草が固く鋭いものが多くなった。足の裏がチクチクと痛んだが、人間はひたすら歩き続けた。日が少し傾いてきた頃だった。

「キャア!」

人の悲鳴が森に響き渡った。人間は必死に辺りを見渡した。また何度か悲鳴が響く。人間は自分以外の人間がここにいることが嬉しかったと同時に、問題が起こっているのならなんとかしないと、という正義感にかられた。足の裏の痛みはもう感じなかった。大きな葉をいくつもいくつもかき分けた先にひらけた場所に出た。そこにはその辺の木と同じくらいの背丈の化け物とその目線の先に細い木の棒を持って震える女の子がいた。

「来るでない……!」

木の棒を化け物に向かって突き刺したり振り回すが、化け物は気にも止めずゆったりゆったりと近づいている。人間はなんとか女の子を助けようと1歩踏み出した。

 バキィッッ

「「え?」」

女の子と人間は同時に声を出した。化け物もなんとも言えぬ顔でこちらを見ていたが、やがてその顔はみるみる恐ろしいものに変わる。そして、

「グワアアアアアアアアアアアアア!」

と雄叫びをあげ化け物は人間に駆け出した。人間は焦りと緊張、これから感じるであろう痛みに恐怖してしまい、足がすくみ尻餅をついてしまった。手で顔を覆う。

「グワアアアア……!」

しかし、化け物の手は人間に届くことはなかった。目を開けると、化け物の顔には矢が刺さっていた。顔にはてなを浮かべながら女の子の方を見ると、女の子の側にはすらりとした男の子が立っていた。男の子はこちらに気づいて、タタっと駆け寄ってきた。

「大丈夫…?大丈夫そうだね。よかった。君、村で見ない顔だけどどこから来たのかな?」

「えぇっと。えと…。わからない…です。」

男の子は困惑した顔つきで更に尋ねてきた。

「名前は?もしかして奴隷だったの?」

「な、名前もわからない。ど、どれい?じゃないと思うんだけど…。」

女の子が男の子の後ろに隠れるようにして近づいてきた。

「奴隷の生まれだろう?ララ、はよう帰りたい。奴隷は村に寄越したくない。な、帰ろ?」

女の子は男の子に甘えるように言った。女の子の見る目は厳しく、少し怖い。人間はあたふたしてしまう。自分が何者かがわからないからなんとも言えない。

「んー、でも、身なりが整いすぎてる。奴隷じゃないと思うんだ。多分、記憶もない…?それとも都合がよくないのかな?」

「いや、えっと、多分記憶がないだけ…。」

女の子の方は人間をあまりよく思ってなさそうだ。男の子は少し人間を心配しているようだ。

「まあ、メデラ、この子記憶がないだけだから、大丈夫だと思うよ。さ、村に帰ろう。夜は危ない。君…名前がないんだったね。」

男の子はうーんと首を傾げながら唸った。

「イン、なんてどうかな?」


男の子はララタブという名前で、女の子はメディプーラという名前らしい。お互いにララ、メデラと呼び合っている。許嫁らしい。

「で…この島に村は3つあって、そのうちの1つが―。」

ララタブは自分の村が好きなようだ。村に着くまでずっと自分の村の話ばかりしている。メディプーラはララタブの質問だけに答え、後はずっと黙っている。

「あっ、ついたね。これが俺らの村、アビゾン。」

先の尖った木の柵がずらーっと並び、大きな木でできた門の前に男が1人立っている。

「やあ、ララタブ、メディプーラ。おかえり。ん?その子は誰だい?」

「インって言うんだ。中に入れてくれ。」

「あぁ。入ってくれ。」

ララタブはメディプーラと一緒に先に村の中に入った。インも早足で中に入る。そしてすぐに門が閉められた。

「150テリトンだ。はい、まいどー。」

「お母さん、待ってー!」

「ちょっと、手伝ってよ。」

「ここもっと強く支えたらいいんだよ。」

日はほとんど傾いて、顔を隠そうとしている。でも、村の人々の交流は活発だ。ララタブはメディプーラと話しながらどこかに向かって歩き続けている。やがて、この村の中で1番綺麗な形の家に着いた。

「俺たちは下っ端農民だから、ナタリィ様に聞くといいよ。」

「ナタリィ?」

会ったこともないのに何故か聞き覚えのある名前…。何故かこの名前に安心感を覚える自分がいた。

「そう!ナタリィ様はこの島の神だよ。」

「神?」

「神も聞いたことないの?」

また呆れられる、と思うと少し辛かったが首を縦に振った。しかしララタブは呆れたり驚いたりする様子はなかった。

「神ってのは、島を治める1番偉い人だね。確か5人いるんだっけ。」

「うん。」

ララタブの質問にメディプーラが頷いた。

「じゃあ、入ろうか?」

「わ、わかった!」

ララタブが扉を開けた。イン達は中に入る。中は温もりのある家具を基調とした優しい雰囲気の部屋になっている。

「ナタリィ様、失礼します。来客です。」

「そう。いらっしゃい。中に入ってくださいな。」

中から優しい声がした。やっぱり何か聞き覚えがある。インは不安そうにナタリィのいる部屋の中に足を1歩踏み入れた。

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