今日も藤巻刑事は新人を育てる その二

久坂裕介

出題編

 そのフロアを一周すると奥野おくのは、思わずつぶやいた。

「いや~、こうして建物の内部を観察かんさつしていると先週、行った住宅の内見を思い出しますよ~」


 すると、ちょっと興味を持った藤巻ふじまき刑事けいじは聞いてみた。

「へえ、先週、住宅の内見に行ってきたんですか。それはまた、どうして?」


 藤巻刑事の後輩である奥野は、説明した。奥野は先週、姉の引っ越し先の候補こうほである住宅の内見に行った。姉は今度、結婚するので今、住んでいるマンションから住宅に引っ越す予定だ。


「なるほど」とうなづいた藤巻刑事は、疑問を聞いた。

「それでどうしてお姉さんの住宅の内見に、君も行くことになったんですか?」


 すると奥野は、咳払せきばらいをしてから答えた。

「はい。姉の話だと刑事という仕事をしている僕は、観察力がするどいに違いない。内見には旦那だんなさんになる人も行ったんですが、姉たちが見つけられない、住宅の欠点を刑事の観察力で見つけて欲しいということだったんですよ~」


 それを聞いた藤巻刑事は、冷静に聞いた。

「で、見つかったんですか、その住宅の欠点は?」


 すると奥野は、胸をって答えた。

「いえ、欠点の無い、完璧かんぺきな住宅でした! だから姉と旦那さんになる人にも、その住宅をすすめました!」


 ただ姉は地方に住んでいて、内見をした住宅も地方にあった。そのため飛行機で移動したがエコノミークラスだったので長時間、同じ姿勢しせいでいてあまりリラックスできなかったそうだ。


 藤巻刑事はため息をつくと、呟いた。

「まあ君の観察力では仮にその住宅に欠点があったとしても、見つけられないでしょう……」


 奥野は思わず、聞いた。

「え? それって、どういうことですか?! 僕の観察力は、あてにならないと?!」


 すると藤巻刑事は、頷いた。

「はい、その通りです。刑事になりたての君は、まだ観察力は十分ではありません」

「え~、ちょっと~。それって、ひどくないですか?~」


 それならばと藤巻刑事は指差ゆびさして、奥野に質問した。

「それでは君に、この男性の死因しいんが分かりますか?」


 藤巻刑事の指先ゆびさきには、パイプ椅子いすにガムテープで固定されて転んでいる男がいた。その男は、すでに死んでいる。鑑識かんしき郡司ぐんじによると死因はまだ分からないが、この現場であるはいビルの一階のフロアには、あやしいモノが落ちていた。サバイバルナイフと、青酸せいさんカリと書かれた小瓶こびんと、直径二センチほどのロープだ。


 他にも怪しいモノがないか藤巻刑事と奥野は探していたが、結局は見つからなかった。奥野が先週、行った住宅の内見を思い出しただけだった。そして今、藤巻刑事は奥野にまだ分かっていない死因を推理させた。間違ってもいいからチャレンジさせる、それが新人を育てる方法だと藤巻刑事は考えている。


 奥野は、死体を細かく観察した。男はパイプ椅子に、ガムテープで固定されて転んでいる。左右の足は、すねの部分をパイプ椅子のあしにグルグルきにされている。手は後ろで組まれガムテープでグルグル巻きにされ、胴体どうたいもパイプ椅子の背もたれにやはりガムテープでグルグル巻きにされていた。


 郡司から死体に外傷がいしょうは無いと言われたが一応、確認した。するとナイフで切られた箇所かしょも刺された箇所も、ロープで首をめられたあとも無かった。「うーむ」とうなった奥野は、藤巻刑事に聞いてみた。

「あ! 死因は青酸カリを飲まされたからじゃ、ないでしょうか?!」


 すると藤巻刑事は、冷静に答えた。

「それでは男性の、口元くちもとにおいをいでみてください。青酸カリが死因なら、青酸ガスのアーモンドの臭いがするはずです」


 奥野は男の口元を少し、嗅いでみた。

「いいえ。そんな臭いはしません……」


 藤巻刑事は奥野に男の死因を推理させるために、ヒントを出した。

「そうですね、もし死因が青酸カリだったら、鑑識のぐんさんが気づいているはずです。死因は、君も経験したことですよ?」

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