醜い王子と妖精の子

たかぱし かげる

第1話 ともに進むために

 奇妙なお見合いだった。

 いや、お見合いではなく、顔合わせだった。

 王宮の一角で、少女は少年に引き合わされていた。

「こちらが婚約者となる第五王子のデイビッド殿下です」

 王宮にしては、えらく寂れた部屋だった。しかもなんだか酸えた嫌な臭いがする。

 そしておそらくその臭いの発生源は、目の前にいる王子と紹介された少年だと思われた。

 うっそりと被さるように伸びた黒髪はパサパサで艶などなく、肩口に散らばるフケが雪のよう。

 半ば髪に隠れた顔は浮腫むくんで脂っぽく、覗いた鼻も頬もニキビだらけ。口角は赤く爛れている。

 伏せがちな目は細く、しきりに瞬きを繰り返し、目脂めやにがこびりついているのが見えた。

 纏う服こそ品のいい王族のものだがお世辞にも似合っているとは言えず、手のひらを擦り付けている上着にはシミができつつある。汗だろうか。


 あまりの醜悪さに王から見放されている第五王子。

 どんなご令嬢も裸足で逃げ出す醜い王子。

 そんな王子を婚約者として紹介された少女、ベルナデッタは言葉を失い息を飲んだまま固まっている。

 紹介した侍従は二人からさっさと離れて遠い隅へ行ってしまった。沈黙が場を支配する。茶のひとつも出されることのない、婚約の顔合わせ。

 居たたまれなさにデイビッド殿下の猫背がますますひどくなった。

「……迷惑をかけて……申し訳ないが、家へ戻って、ほとぼりがさめたころ……破棄を申し出てくれれば」

 声もひどかった。喉を痛めているのか、すっかり嗄れている。しかも口がもごもごとこもって何を言っているのか聞き取りづらい。

 ベルナデッタに裸足で逃げ出すよう勧めているのだと理解するのに少し時間がかかった。

「迷惑だなんてとんでもありませんし、それに」

 困ったふうにベルナデッタは形のよい眉を寄せる。

「帰る家がありませんの」

 デイビッド殿下は身じろぎした。王子は目の前の少女のことをよく知らない。どこかの侯爵令嬢だと聞いただけだ。

 これまで王子の前にはいろいろな、それはもういろいろなご令嬢が現れた。

 そして何度か繰り返された婚約と婚約破棄のため、どんなご令嬢がやって来ようが自分と関係などないのだと思っていた。

 侯爵令嬢に帰る家がない、とは一体どうしたことだろう。疑問に引かれたデイビッド殿下の目はちらりと相手の顔を覗いた。

 まったく予想だにしていなかった、きらきらと光を纏った少女がいて、デイビッド殿下は情けない悲鳴を上げた。

 驚いた少女が首をかしげ、さらさらとプラチナブロンドがこぼれ落ちる。アイスブルーの瞳がやや伏せられた。

「驚かれますよね。この通りの珍しい容姿をしておりまして、わたくしは妖精のとりかえっ子なのです」

 少女の微笑みは諦めの色を浮かべていた。

「そのため、お恥ずかしいお話ですけれど、両親からは疎まれております」

 デイビッド王子には“妖精のとりかえっ子”がなんなのか、なぜ美しい少女が疎まれるのか分からない。

 ただ、今回のこの婚約が、どこかのだれかの都合でまとめられた最低のなにかなのだ、と理解した。

「……どう、しよう」

「そうですわねえ」

 ベルナデッタにとってこの婚約は、家からの追放であり、肉親からの嫌がらせである。彼らは妖精ととりかえられてしまった自分たちの娘を探し求め、血の繋がらない娘のようななにかを嫌悪している。

 そのことには、とうに悲しみも怒りも尽きた。

 ここへ来て、王子に会うまではそう思っていた。

 会った王子の醜悪さ――病んだ体と耐え難い悪臭――はベルナデッタの予想をはるかに上回っている。

 嫌がらせの茶番にいいように使われて、ダシにされて傷つけられている王子に、ベルナデッタは怒りを覚えた。

「せっかくですから、殿下。わたくしたち、幸せになりましょう」

 花が咲くような笑みを浮かべて手を差し出した。

 デイビッド殿下はその手を戸惑ってただ見つめる。

「触れると……汚れる」

 王子が見せた手のひらは、浮腫が破れてところどころ血と膿が滲んでいた。

「構いませんわ。たとえ汚れても洗えば済む話ですもの」

 白い手が痛々しい手を包む。

 ベルナデッタはそっと握りしめた。

「きっと幸せになれるまで、わたくしの手を離さないでくださいませ」



 これは、醜い王子と妖精の子が世界を見返して幸せになるまでの物語。

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