ヒールクの街
ルーベルトやカナン、そして商人を加えた小さな旅は終わりを迎えた。
元々ヒークルの街からはそれほど離れていない場所で、馬車は壊れたのだ。アリイの応急措置程度でも問題なく辿り着ける。
彼らと出会い三日後、無事に街へと入ったアリイ達は短い友人に別れを告げる。
「本当にありがとうございました。アリイさんと聖女様のお陰で、この馬車を捨てずに済みました」
「お気になさらず。困っている人を見たのであれば、助けの手を伸ばすのが聖女ですから。もちろん、対価の程は少々受け取りますが」
「フハハ。元気でな。大きくなり、店を持った時また訪れよう」
「はい。何時でもお待ちしております」
相変わらずなセリーヌに呆れながらも、アリイは愛想良く商人に激励を飛ばす。
悪い商人ではなかった。ものを大切にする気持ちや、話し方。どれをとっても彼は商人たる資格を持っていただろう。
商人の仕事は物を売ること。しかし、それ以上に大切なものを彼は理解し持っている。
「聖女様も勇者様もすげーんだな。いやまじで。ゴブリンとはいえど、あんな風に吹っ飛ばせるだなんて........」
「ルーベルトには無理でしょうね。力だけが自慢だもの」
「うるせぇ。俺だってあんな風になるんだよ。いつの日か」
「はいはい。ならお勉強しましょうね。英雄がロクに計算もできなかったら笑いものよ」
対して、こちらの少年はまだその資格を持っていなかった。
彼はまだ若い。英雄が英雄となる以前に、その大切なものに気づける日が来るのはまだ先の話だろう。
(助言は与えた。あとは失う前に気づくのだな。少年よ)
アリイは心の中でそう言いながら、二人のやり取りを微笑ましく見守る。
誰しもが若い頃はある。そして、歳をとった時、次の世代を見て自分とその景色を重ねてしまうものだ。
幾多の歳月を生きてきたアリイにとって、その二人の姿は昔を思い出すには十分である。
「聖女様、アリイさん。お世話になりました。ほら、アンタも頭を下げなさい。誰のお陰でトラブルにも対処出来たと思ってるのよ」
「うわっ!!急に頭を押さえつけるなよ!!あー、聖女様!!俺は英雄になることを諦めていませんからね!!」
「夢を否定している訳では無かったのですがね........頑張ってください。英雄が何たるかをよく考えながら」
「少年よ。人の助言には耳を傾けておくといい。時には取るに足らない老害の言葉もあるが、少なくともセリーヌの言葉は正しいのでな」
「........?よく分かんないけど、分かった!!今度は英雄になってから会おうぜ!!」
こうして、3人の旅人の道は一旦の終わりを迎える。
アリイとセリーヌは冒険者ギルドへと向かう3人の背中を見届けた後、ゆっくりと歩き始めた。
「愉快な旅であったな。二人で哲学のような話をするのも悪くないが、単純で分かりやすい話をするのも悪くない」
「その抜けに明るい子で良かったですよ。翌日まで引っ張られていたら、空気が最悪でした」
「フハハ。あの明るさもひとつの個性よ。楽しそうに英雄譚の話をするその姿は、我は嫌いではなかったぞ。後は、セリーヌの助言をしっかりと理解できるかどうか。それだけだ。一度失えば、二度と戻ってこない」
「あちらのカナンさんは何となく私の話を理解しているように見えましたが、流石に自分の口からは言えませんしね。彼がその大切なものに気づければ、案外いいコンビになるのかもしれません」
「我とセリーヌはどうだ?」
「最悪ですよ。表向きは最高でしょうが」
この言葉を期待していたかのように問いかけたアリイの言葉に対して、セリーヌは肩を竦めながら躊躇いもなく答える。
それが冗談だと分かっているアリイは、楽しそうに笑った。
こういう冗談を言えるのが、セリーヌのいいところだ。セリーヌは、聖女というお堅いイメージとはかけ離れたユーモアを持っている。
........それと同時に、悪辣さも兼ね備えているが。
「フハハ!!確かに最悪かもしれんな。それで、この街ではどのような活動をするのだ?通り過ぎるだけか?」
「いえ、少しだけ依頼を受けておきましょう。路銀はいくらあっても困りませんし、聖女と勇者が来たにも関わらずその街の問題事を片付けなかったとなれば、名前に泥が着きます。少なくとも、この国にいる間は」
「........相変わらず保身に関しては一流だな。我はセリーヌのそういう所だけは尊敬しているぞ」
「含みのある言い方ですね。私は清く美しい聖女ですよ?悪しき魔の者全てが見習うべき存在かと思いますが?」
「フハハ。寝言もここまで来ると最早妄言だな。セリーヌを見習い、全ての者が同じ行動をすれば今頃世界は混沌に満ち溢れているぞ」
「今も混沌に満ち溢れていますけとね。魔王に反逆者。更には国家間の戦争から、それぞれの思惑まで。何もかもが複雑に絡み合っていますよ」
セリーヌはそう言うと、今日の宿を探すために歩き始める。
今日の空は雲が天を覆い隠していた。
【ヒークル】
シエール皇国とバットン王国の国境付近にある最北端の街。近くには大きな森があり、定期的に魔物が出てくるため冒険者にの仕事が多く、それに伴い多くの冒険者が住んでいる。
レーベスの街(ダンジョンがあった街)の次に冒険者が多い街とされており、それなりの賑わいを見せている。
ヒークルの街の近くには、大きな森が存在している。
決まった呼称こそないものの、街の人々はこう呼んでいる。
“魔の森”。
倒しても倒してもどこかともなく湧き出てくる魔物達。その魔物達に飲まれた人間は数しれず。しかし、その恩恵によってこのヒークルの街は存続していると言っても過言でない。
魔物は人類の敵でありながら、物資や食料という面では味方である。
人間を殺すと言う点を除けば、魔物はある種の恵みの言えるだろう。
そんな魔の森の奥深く、まだ誰一人として立ち入ったことの無いその場所でそれはゆっくりと目を覚ます。
1年ほど前に現れた魔王。その存在は、例え魔物たちを配下に抑えずとも大きな影響を各地に及ぼすのだ。
「グルル........」
静かに目覚めたそれは、曇った空を見上げる。
鬱陶しい。魔王が産まれてからこの方、ずっと纏わり付く嫌な気配。
低級の魔物ならば気にも欠けない気配だが、強い魔物ほど気配に敏感だ。さらに言えば、その気配は魔物に対して特に有効的である。
静かに立ち上がったその魔物は、1年もの間眠りを邪魔してくるその気配についに痺れを切らす。
魔王が突如として現れたその日から、この現象は各地で起こっている。
ある都市は消え去り、時として国すらも消え去る。しかし、彼らはそれが魔王の仕業だとは思わない。
ただ、眠れる竜が目覚めただけだと認識している。
魔物達は違う。邪魔なその気配を消そうとし起き上がると同時に、周りを飛び交う羽虫を燃やしているだけだ。
そして、その羽虫は何も人だけに留まらない。周囲を彷徨く魔物すらも、彼らは邪魔な存在として認識するのだから。
「グルァァァァァァァ!!」
既に隠居し、その森の支配者として安寧を守っていた魔物はついに動き出す。
北へ。眠りを妨げる邪魔な魔の王を名乗る不届き者に制裁を。
目覚めた主は、平穏を守ってきた森を脅かす。
最初は森の奥深くから。
徐々に、徐々にその波は大きくなりて、気づけば街をも飲み込む激流の波となる。
全てが逃げ惑う魔物達に蹂躙されるのか、それとも人々がその波に抗い自ら居場所を守るのか。
それは、いつ雨が降るか分からない曇り空のように暗雲によって閉ざされている。
後書き。
ルーベルト君は普通にまた出てきます。もちろん、純粋な少年として。同じ街にいるからね。しかも同じ冒険者で。そりゃ会うよ。
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