暗殺者の情報
ダンジョンで狩った魔物の素材を査定してもらう事となったセリーヌとアリイは、ギルドマスターがせかせかと魔石を数える横でのんびりとお茶をしていた。
ギルドマスターはセリーヌの大きな借りがある。
とても不本意、誠に不本意だが、今彼がこの街の裏社会においてトップに立てているのはセリーヌのお陰なのだ。
棚から牡丹餅のような出来事ではあったが、借りがある以上余計な真似はできない。
お茶の一つや二つぐらいは出して、機嫌を取らなければならなかった。
「そういえばギルドマスター。この街に暗殺者が入り込んだとか」
「リカルドの野郎から聞いたのか。相変わらず聖女様の前では口が軽いなアイツも」
「直接命を助けて差し上げましたからね。多少の情報を貰ったとしてもバチは当たりませんよ。それで、なにか詳しい情報が入っていたりしますか?リカルドの予想では、貴方か私を狙っているとの事でしたが」
この街にやってきて直ぐ、買取屋を訪れた時に聞いた暗殺者の話。
あくまでもギルドマスター達とは取引相手であるリカルドは、噂話程度に話を聞いただけであり詳しいことはギルドマスターが知っている。
セリーヌはそう判断して、情報を聞き出そうとした。
本来このような情報は金銭を払って手に入れるものなのだが、ギルドマスターとしても弱みを握られている上に相手が相手なのでここで金を寄越せという訳には行かない。
相変わらず人の使い方が上手く、そして嫌らしいと思いながらもギルドマスターは自分の知っている情報を話し始めた。
「暗殺者の野郎が誰を狙っているのかはだいたい分かっている。この街は広いようで狭いからな。薄暗い場所には大抵俺の息がかかってるんだ」
「それで?誰が狙われているのですか?」
「あんただよ。聖女様。どうやら奴は、情報屋やそこら辺で果物を売っているおばちゃんに聖女様の話を聞いているらしい。コレが俺の情報を集めているとかだったら、即捕まえて色々と吐かせてたんだがな。暗殺者も運の悪い依頼を受けたもんだ。正直、魔王と戦ってこいと言われた方がまだ希望があると思うね俺は」
「ほう。セリーヌが狙われておるのか」
アリイは静かに目を細めながら、紅茶の入ったカップをテーブルに置く。
セリーヌを狙うとは随分と馬鹿な連中も居たものだ。
異界の地にて絶対的な力を持っていたアリイですら、“強い”と確信させるだけの力を持つセリーヌを殺すことができるわけも無い。
しかも、組織ぐるみの暗殺でも無い個人の暗殺。
食事に毒を仕込むことも出来なければ、罠を仕掛けるのも難しいだろう。
そんな状態でセリーヌは殺せない。というか、そもそも、毒を飲んでも死ぬのかすら怪しかった。
「ギルドマスターの言う通り、その暗殺者は運が悪いな。どうやってこの歴代最強の聖女を殺すというのだ」
「全くだ。人質を取ったとしても、その人質ごと殺しちまいそうな人なのにな」
「流石に助ける方法を考えますよそれは。その人質が生きる価値もないクズならば殺しますが、穢れも知らぬ市民の方ならば助ける方法は最後まで考えますよ」
「ケッ、どうせ自分の評判のためだろう?しかも、その言い方だと手がない時は殺すと言ってるようなもんだろ」
「そうですが?本当に手がない場合は、人質ごと殺しますよ。でなければ、私も死にますし何より人質が有効だとバレて被害が拡大します。その人質の方には申し訳ありませんが、私は立場上一を殺して十を助けなければならないのです」
そういうセリーヌの顔は、至って真面目であった。
アリイは“そんな顔もできるだな”と思いつつ、疑問をなげかける。
「では、人質の解放条件がセリーヌの自殺だった場合はどうするのだ?」
「そんなんで人質が開放される訳ないじゃないですか。犯罪者が自分の口約束を守るとでも?私が死ねば、その人質の使い道は自分の身を守る為の盾になりますよ」
口約束を守る者は、そもそも犯罪などしない。
最もすぎるセリーヌの回答に、アリイもギルドマスターも大きくうなづいた。
「最もだな。俺も犯罪者側の立場ならそうする」
「フハハ。我も同じだな。人質の使い道などいくらでもある。では、セリーヌは自殺せずに人質ごと殺すと?」
「まぁ、そうなってしまいますね。我が身が可愛いと言うよりは、単純に犯罪者に人質が有効と思わせては行けないと言うことですから。私が死んだ後、他の衛兵が困りますし彼らにも自殺を強要されます。そして、彼らが死ななかった場合、非を浴びるのは彼らです。そういう役目は私の役目なんですよ。誠に不本意ですがね」
「そういう所は聖女らしいのだな」
「とてもでは無いが、人の弱みを握って揺さぶる奴と同じ発言だとは思えないな」
実に合理的な判断だ。
自分が死ぬことによるメリットなど無いのだから、死なないことによるデメリットを許容して相手を殺す。
アリイは自分が思っている以上にセリーヌには覚悟があるのかもしれないと、素直に感心する。
普段の行いがあまりにも聖女からかけ離れているので忘れがちだが、セリーヌは本当に困っている人や正しい判断をする時は迷わず動けるのである。
「聖女様の優しさが、少しでも俺達のような人間にも向けられると嬉しいんだけどな。残念ながら、それは期待するだけ無駄だとは知っている」
「当たり前です。犯罪者に慈悲の心など要りません。大人しく死んでください」
「辛辣すぎて涙が出そうだ」
そう言いながら泣き真似をするギルドマスター。
セリーヌは汚物を見るかのような目でギルドマスターを見る。
街の均衡を保つために色々と努力しているのは知っているが、それでも彼は犯罪者。
今この場で殺されても文句は言えないのだ。
「涙を流しもしないくせに、よく言いますよ」
「ま、そんな訳で気をつけてくれ聖女様。間違っても街を破壊するなよ。特にギルドは破壊しないでくれ」
「善処します」
「勇者様。この
セリーヌの“善処します”が信じられず、アリイにも保険をかけておくギルドマスター。
セリーヌは本当に加減を知らない時がある。それこそ、5年前の時のように。
アリイは今までに見た事がないほど本気で頼み込んでくるギルドマスターを見て、静かに笑った。
「フハハ。出来る限りは止めてみよう。暗殺者の特徴などはあるか?」
「報告では、夜になると全身真っ黒な衣装を着ているらしい。昼間は普通の市民に紛れ込んでいるそうだ。服装は毎回違うが、髪色や髪型までは変えていない。緑髪で目元が少し隠れるぐらいの長さをしている。もし先に見つけたら、攫って詰めるのもアリかもな」
「なるほど。覚えておこう。身長は?」
「大体160~70ぐらいの間だ。どこにでもいるような見た目をしているから、かなり見つけづらい。部下が一日中張り込んで、人を使って何とか追跡出来るレベルだったらしいからな」
(ふむ。目元が隠れるぐらいの緑髪。そして、160~70程度の身長。血の匂いもさぞ濃いだろうし、それに該当する人物を見つけた時点で追跡しても悪くないかもしれぬな)
暗殺者という事は、それだけの人を殺してきたという事。
アリイは血の匂いに敏感なので、染み付いたその匂いを嗅ぎ分けることは容易だ。
その特徴に該当し、更に血の匂いをまとった者が、セリーヌを狙う暗殺者と判断してもいいだろう。
もし違ったならば、その時はちょっと小細工をして元に戻せばいいだけである。
「物騒な世の中だな」
「全くです。枕を高くして寝ることもできませんよ」
アリイはそう言うと、テーブルの上に置かれていた茶菓子を摘むのであった。
(ん、これ中々に美味だな)
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