全部


 この国は、思っているよりも腐っているのかもしれない。


 アリイはギルドマスターでありながら、裏社会の組織の頭を務めるその男を見ながら軽く頭を抱える。


 綺麗すぎる川に魚は住めない。


 確かに、多少汚い方が人々も生きやすいのは間違いないだろう。


 しかし、しかしである。


 仮にも正義として人々の前に立つ聖女が、その発言をしていいのかと言われれば答えはNOだ。


 どんな理由があれど、人の血で手を染めたその人物を許してはならない。


 アリイは、アリイの考える聖女としての像が音を立てて崩れていく気がした。


 元よりそんな立派な像では無かったが。


「言っている事は間違っていないが、それを聖女としての立場の者が言うとなると話は違うな。何度でも言おう。それでも聖女か?」

「私が彼を始末して起こる面倒事と、彼を生かして得られる街の平穏。それを合理的に判断したまでです。アリイ様。何事もバランスが大事なのですよ。言っていたでは無いですか。塩梅が大事だと」

「違う。そういう意味で言った訳では無い。我が言ったのは、あくまでも王としての在り方と国としてのあり方であり、正義を振りかざす聖女にそれを求めている訳では無いのだ」

「同じですよ。王も聖女も。私達は所詮、都合がいい方を取る愚かな生き物ですから」


 ニッコリと笑いながらそいういセリーヌ。


 到底聖女とは思えないその発言に耳を塞げば、今のセリーヌは聖女の名の通り美しい笑みを浮かべているだろう。


 しかし、アリイの目にはその笑顔が悪魔の微笑みに見えて仕方がない。


 なぜ魔王が聖女としての在り方を説いているのか、アリイは自分が何をしているのか分からなくなりつつあった。


「なぜ、この国はセリーヌを聖女に選んだのだ........」

「そこの兄ちゃんの言う通りだ。なんでこの馬鹿げた女を聖女に選んだのか分かりゃしねぇ。それで、何の用だ。俺はギルドの金に手をつけたり、組織との繋がりをバレるようなヘマはしていねぇぞ」

「ご安心を。貴方を断罪するために来た訳ではありませんので。ギルドマスター、つい最近この国に勇者が召喚されたという話はお聞きになりましたか?」

「一応は。聖女様が召喚したんだろ?........あぁ、なるほど。この可哀想な兄ちゃんが勇者様か」


 ギルドマスターはそう言うと、セリーヌに振り回されるアリイを見て少しだけ同情する。


 セリーヌに聖女としての振る舞いを求めてはダメだ。


 セリーヌは、聖女と言うにはあまりにも欲に忠実な人間である。


(にしても、なんだこの兄ちゃん。強すぎないか?力の底が見えねぇ。下手に敵対しようものなら、あっという間に殺されるな)


 アリイを不憫に思うと同時に、ギルドマスターはアリイの強さを本能的に感じ取る。


 隣に並ぶセリーヌと同等かそれ以上。


 ギルドマスターからすれば、上澄みすぎてその力の差を測り着ることが出来ないほどに強い。


 間違っても喧嘩を売ってはならない相手であり、1歩でも間違えれば死ぬのは自分達となる。


(後で組織に通達しておくか。じゃないと、この街が滅びそうだ)


「俺はクレイ。お初にお目にかかる。勇者様。ここで聞いた事は、出来れば内密にして欲しい」

「フハハ。我が言いふらした所で、誰も聞く耳など持たぬよ。短い間だが世話になる。クレイよ。お主もおぬしで大変そうだな」

「勇者様程じゃないさ。俺からすれば、この聖女様と旅をしなきゃならん方が大変そうに思えるよ。同情するぜ」


 ハッハッハ!!と、笑い合う二人。


 共通の話題があると人は一気に距離が近くなる。今回は、セリーヌが共通の話題であった。


 話題なされた方は気分が悪いだろうが。


「ギルドマスター、アリイ様。ここで十字架を振り回しても?」

「本当に勘弁してくれ聖女様。ギルドを建て直すのに幾らかかると思ってんだ」

「フハハ!!セリーヌの気分を悪くしてしまったな。だが、日頃の行いと言うやつだぞ」

「余計なお世話です。さて、アリイさまの紹介も終わりましたし、本題です。私達を銀級冒険者にして下さい。もちろん、試験は受けますので」

「........一応言っておくが、冒険者ギルドはそういった権力によるランク上昇は禁止されているからな?」


 呆れた顔でセリーヌを見るクレイ。


 冒険者ギルドにも様々な規定がある。その中には特権階級の権力によって、冒険者のランクを上げることを禁ずる旨も書かれていた。


 これは、不正にランクを高くする事で得られる権力や利益を防ぐ他、間違った依頼を出して事が大きくならないようにする為である。


 クレイもギルドマスターという立場がある以上、そのような不正に手を貸すことはできないのだ。


 裏社会の顔を持っているなら尚更。


「確か、規定回数の依頼を達成することで、試験を受けられるのでしたよね?」

「冒険者ってのは信頼がないとやって行けないからな。依頼の達成率やその冒険者の態度によって、試験を受けられるかどうかは変わるぞ」

「具体的に何回ほどですか?」

「大体50~100だ。最低限の実力があって、特に問題を起こさなきゃ銀級冒険者にはなれる」

「なら問題なさそうですね。このオークの素材納品依頼。冒険者ギルドが買取をしてくれるため、何度も受け直せますよね?」


 セリーヌはそう言うと、いつの間に持ってきていたのか1枚の依頼書をピラピラと横に振る。


「まぁ、そうだな」


 ギルドマスターは何となくセリーヌの言いたいことを察して、嫌そうな顔をした。


 冒険者ギルドの依頼には三つの種類が存在する。


 冒険者ギルドが仲介人となって依頼主と冒険者を繋ぐ通常依頼。


 冒険者ギルドから依頼を出して冒険者受ける常設依頼。


 そして、個人が冒険者を指名する指名以来の三つだ。


 セリーヌが持ってきた依頼は冒険者ギルドが冒険者に発注する常設依頼。


 報酬が少し低い代わりに、何度でも受け直せる依頼だ。常に依頼されているから“常設”。


 アリイはこの説明を聞いた時“なんて捻りのない名前なんだ”と思っていたりもする。


「アリイ様、今日の成果をここに全て出してください」

「む?全てか?我は構わんが、この部屋が酷いことになるかもしれんぞ」

「あー確かにそうですね。では、とりあえず魔石だけよろしくお願いします」

「フハハ。了解した」


 アリイもセリーヌが何をしたいのか理解したので、今日取ってきた魔石を亜空間から全て取りだして床にばら撒く。


“俺達はこんなにも沢山の魔物を狩ってきたんだぞ”と言わんばかりに、ギルドマスターに見せつけるように。


 ギルドマスターは“やっぱりか”と思いつつも、次から次へと出てくる魔石を眺め続ける。


 その顔には、面倒と言う文字が刻まれていた。


「........おいおい。一体どれだけの数の魔物を狩ってきたんだこれ。ダンジョンに入ったんだろうが、アンタらが来たのは昨日だろ。今日だけでこんなに狩ったのか?」

「えぇ。そうですよ。査定、お願いしますね。それと、アリイ様のお力を隠したいので、貴方に対応してもらいたいのです」

「そういえば今、何も無いところから出てきていたな。それが勇者様のお力って訳か。たしかにこれなら依頼100回分ぐらいは余裕であるな。俺もいい訳が立つ。人格の問題は........まぁ、俺は知らん」

「なぜ言葉を濁すのですか?私ほど慈悲深い人間もそうはいませんよ」


 とぼけるように、首をコテンと傾げるセリーヌ。


 そのあざとい仕草にクレイは若干イラッとしつつも、ゆっくりと席を立った。


「寝言は寝てから言え。半ば脅しみたいなやり方で昇格試験を受けようとする聖女がどこにいるんだ」

「フハハ。全くだ。自分で言っている時点でおわりだな」

「2人とも失礼ですね。私のどこが聖女らしくないと言うのですか」

「「全部」」


 綺麗に言葉が合わさるギルドマスターとアリイ。


 二人は顔を見合わせると、肩を竦めるのであった。

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