十字架の破砕者
アリイの過去が少しだけ分かり、アリイにも可愛い時期があったのかと笑うセリーヌ。
2人はその後無事に安めの宿(2人部屋)を確保すると、その足でとある場所に向かった。
盗賊から回収した金品。様々な物があり、それを対応する店舗に売りに行くのは少々面倒だ。
また、セリーヌはこの国では有名人。下手に大きな店に顔を出すと、接待を受けて面倒事になる可能性がある。
そんな訳で、セリーヌの友人が経営している買取屋に向かった。
「買取屋の友人がいるとは、セリーヌの人脈も分からんものだな。どう考えても知り合える様な立場ではないだろうに」
「5年程前に、色々とありましてね。簡単に言えば、死にかけていたところを助けたのですよ」
「なるほど。分かりやすい説明だ」
セリーヌは聖女。人を助ける機会も多く、買取屋と言うあまり関わりを持たなさそうな相手とも交流ができる。
アリイは素直に納得した。
暫く歩くとスラム街に入っていく。アリイはそのスラム街の様子を見ながら、明らかに身分の高い姿をしている自分達を襲ってこないこの街の治安の良さに感心する。
どうやら、この街の人々も他者から奪って生きるという所までは落ちていないらしい。
それは、街を治める者が上手くやっているという事を示していた。
「えーと、たしかここら辺........あったあった。このお店です。どんなものでも買取ってくれるお店です。流石にそこら辺の雑草とかは無理ですが、盗品や本来は換金できないものまで買い取ってくれるんですよ」
「フハハ。それ、危なくないか?どう考えても後暗い連中との繋がりがあるだろう」
買取屋はどのように生計を立てているのか。
相手からものを買い取るだけでは、その金が出ていってしまう。自分の利益を確保するためには、その物をどこかに売らなければならない。
では、どこに売るのか。
盗品や本来換金できないような後暗いものを売れる場所、それは、裏社会の人間しか居ないのである。
つまり、犯罪組織との繋がりがある者がこの店を営んでいるのだ。
セリーヌはアリイの言葉に頷く。
「その通りです。この国にも犯罪者組織は多く存在します。この街ですと、“
「フハハ。聖女こそ最も疎ましい存在のはずなのだがな?セリーヌと一緒にいる時は安全なのか?」
「その組織をこの街の頂点に据えてあげたのは私ですよ?彼らは私に頭が上がりませんから」
「犯罪者組織の上に立つ聖女か。一体何があったのだ?」
「ま、まぁ、5年前に色々とありまして........」
余程言いたくないのか、顔を逸らしながら言葉を濁すセリーヌ。
5年前と言えば、セリーヌがまだ10歳の頃の話だ。
一体10歳の少女が何をどうやったら、そんな街を裏から支配する犯罪者組織の上に立つのだろうか。
しかも、聖女が。
(本当に何をやらかしたんだこの聖女は........)
すごく気になってしまうが、聞いたところで教えてはくれない。
アリイは無理に聞き出すのを諦めた。
セリーヌは会話を断ち切るかのように扉に手を掛けると、サッサと中に入る。
アリイもその後ろに続き、中に入るとそこは想像通りのこじんまりとした店であった。
買取店ということもあり、あるのは少し大きめのカウンターと椅子だけ。
そこには、前髪を少しだけ下ろし触覚のようにしている青髪の男がいる。
「おや?誰かと思えば
「その名前で呼ぶのは本当にやめてください。この店を叩き潰しますよ」
「ハハハ。そいつは勘弁して欲しいな。俺だってまだ命が惜しいんだ。ジジィになってあと数日もしない内に天使が迎えに来る時期になってから、ぶっ壊してくれ」
「あなたを迎えに来るのは、地獄の悪魔ですよリカルド」
リカルドと呼ばれた40代ぐらいのおっさんは、やれやれと言いたげに肩を竦めて首を横に振る。
アリイはリカルドがさほど強くないただの人だと見抜くと同時に、その肌に染み付いた血の匂いを嗅ぎ取った。
(セリーヌよりは薄いか........いや、セリーヌがおかしいだけか)
セリーヌに染み付いた血の匂いは、この目の前にいる犯罪者よりも濃い。
一体どれだけ多くの命を奪ったのか、疑問に思ってしまうほどに。
「相変わらず口が悪い聖女様だぜ。これがこの国で最も気高く美しい女性だなんて言われるんだから、世の中狂ってると思わないかい?お客人」
「フハハ。全くだな。俗物に染まった聖女ではあるが、表向きは綺麗な聖女だ。仮面の使い分けがそれだけ上手という事だな」
「夢が壊れるねぇ。仮面を使い分ける聖女様だなんて。アンタを信じる人々がその事実を知ったら、反乱が起きてしまいそうで怖いよ」
「勝手な幻想を押し付けられ、その幻想に合わせる苦しみが分からない人は気楽でいいですね。全くもって羨ましいです」
「おうおう、聖女様が言っていい言葉じゃねぇぞ........さて、冗談はこの辺にして、何の用だ?こんなデッカイ兄ちゃんを連れてきてよ」
リカルドはこれ以上の冗談はセリーヌを不愉快にさせるだけだと判断し、話題を切替える。
リカルドは裏社会との繋がりがあるだけに、その辺の空気の読み方が上手かった。
相手が不愉快にならない程度に冗談を言う。その塩梅というのは、意外と難しい。
「勇者様ですよ。異界の地より私達の勝手な都合で呼び出されてしまった、世界を救う英雄様です。私達は今、その旅に出たばかりなのです」
「アリイと呼んでくれ。勇者と呼ばれるのはあまり好きでは無いのでな」
「あぁ。そう言えば、聖都で勇者を呼ぶだ何だって言ってたな。それがこのアリイさんって訳か」
リカルドはそう言いつつ目を細める。
セリーヌが勇者と言うならば、間違いなくアリイは異界からやってきた勇者だ。
しかし、その身に纏う独特な雰囲気は、正義の味方と言うよりも悪の支配者と呼ぶに相応しい。
長年修羅場を潜って来たリカルドには分かる。
この勇者は、とてつもなく強く、それでいて恐ろしいと。
(勇者ねぇ........これが?まだ魔王と言われた方が納得できるな。できる限りその気配を隠していたとしても、底にある物は滲み出る。コイツは間違いなく、血に染っているぞ)
しかし、口に出すことは無い。
言葉一つで自分の首が飛ぶかもしれないから。
冗談でも言っていいことと悪いことがあるのだ。正義の味方に“魔王みたいだな”なんて言った日には、異端審問にかけられる所では済まないだろう。
「アリイさん、聖女様は聖女らしい姿がほとんど無い上にとんでもないお転婆娘だが、悪いやつじゃない。出来れば仲良くしてやってくれ」
「フハハ。分かっておる。世の中には仮面も被れぬ者もいるからな」
「リカルド。貴方は私の親ですか?十字架の元に裁きを下しますよ?」
「ほらな?そこは笑って許すのが聖女様だろ。んで、何を売りに来た?アリイさんを紹介しに来ただけじゃないんだろ?」
「ここに来る途中で盗賊に襲われまして。盗賊を殲滅した後に戦利品を回収したんです。中には売れなさそうなものもあったので、あなたの所に来ました」
「........盗賊に慈悲を与えずに殺したのか。相変わらずそういうところはしっかりしてんな。この街で暴れた時も滅茶苦茶だったし........」
「その話はやめてください。あの時は若かったんです」
今も充分若いだろうが。
リカルドは、そう思いつつも早速買取の仕事に取り掛かるのであった。
後書き。
聖女ちゃんの二つ名はまだまだある。全部聖女とは思えない名前だけど。
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