先代聖女v異世界魔王(ディベート)


 突如アリイに投げ飛ばされた先代聖女アーメスは、空中で体制を整えると森の中に上手く着地をする。


 魔王はいつ現れるのか分からない。アーメスの代に魔王が現れても戦えるように、彼女もしっかりと戦闘訓練を積んでいた。


(な、何が........)


 しかし、セリーヌ程の力は持っていない。確かにセリーヌは神への信仰心という意味では歴代最悪の聖女であるが、その戦闘力だけは歴代最強。


 アーメスは信仰心こそ高いものの、戦闘力は歴代の中でも弱い部類であった。


 だからアリイが自分を投げ飛ばしたことすら理解できない。


 神の試練は今訪れた。


「フハハ。流石にこの程度では死なぬとは思っていたが、よかったよかった。流石に先代とは言えど、聖女を殺してしまうと我も肩身が狭くなるからな」

「........どういうおつもりですか」


 投げ飛ばされたアーメスが体制を整えると同時に、森の中へとやってきたアリイが目の前に舞い降りる。


 その姿は、勇者と言うよりも魔王に近かった。否、アリイは魔王なので間違いでは無いのだが。


 険しい表情でアリイを睨みつけるアーメス。


 対するアリイはアーメスの力がセリーヌよりも遥かに劣ることを見抜いて“問題ない”と心の中で思っていた。


 後は口喧嘩に勝つだけ。煽りに煽りまくって、相手に先に手を出させるのだ。


 そして、その後に完膚なきまでに叩き伏せれば心は折れる。


 長年戦場で戦ってきたアリイは、人の心をへし折る方法をよく分かっていた。


「フハハ。セリーヌの事を失敗作と呼び、挙句の果てには我に神の愛を説こうとする愚者に、我自ら試練を与えてやろうと思ってな。神がそんなに偉大か?神の元ならば、人を愚弄する事も是とするのか?」

「神は常に私達を見ておられます。神への信仰が深ければ救われ、神への信仰が浅ければ天罰が下る。これだから、異界からやって来たものは嫌なのです。勇者は神に選ばれながら、神を信仰しない。私がいる限り、そのような事はさせませんよ」

「フハハ。答えになっておらんな。神の元ならば、人を愚弄する事すらも許されるのかと聞いている」

「神の教えを説くには、必要なことなのです。神もお許しになります」


(我が最も嫌う人間だな。つくづく神経を逆撫でする。セリーヌに召喚されて良かったわ。この愚者に召喚された日には、今すぐにでもこの国を滅ぼしていたかもしれん)


 セリーヌと初めて会った際、彼女が最初に口にしたのは謝罪であった。


 そして、保身。自分が後世の代に愚かな聖女として語られないように、何とかしようと頭を抱えていたのだ。


 実に面白い人間だ。それでいながら、街の人々には聖女として接し、人々に慕われている。


 神の愛を説くことは無い。何故ならば、神に愛などないのだから。


(それをわかって居ない時点で、この愚者はダメだな)


「神の愛を説くためならば、人の愚弄を許す。そんな神などこちらから願い下げだ。貴様が神を信じようが、愛を知ろうが勝手だが、それを人に押し付ける事が悪だとは思わないのか?」

「神の有り難さを説くのに、なぜ悪なのですか?神は常に正義であり神の元ならば全てが正義なのですよ」

「ならば神は悪だな。やっている事は、自らの偉大さを知らしめようと他国に戦争を仕掛ける愚王と変わらん。人はそれを神ではなく悪魔と呼ぶのだぞ?」

「........口には気をつけてください。たとえ神に選ばれし者であろうと、私は容赦しませんよ」


 そう言って体の半分ほどある大きな木の杖を取り出すアーメス。


 一体どこからその杖を出したのだとアリイは突っ込みたかったが、そんなことが言える雰囲気では無いので話を続けた。


 先程から何を話しても“神の愛”“神の教え”とだけ言ってきて話にならないが、生憎そのような相手と渡り合ってきたアリイだ。


 異世界魔王が持つ神へのディスは、この程度ではない。


「ふむ。我は神に選ばれたのだな?」

「異世界から呼ばれし勇者が、神以外の誰から呼ばれるというのですか?」

「フハハ、フハハハハ!!つまり我は神の使いという訳だ。頭が高いぞ神への信奉者よ。控えよ」


 神に選ばれたと言うことは、それ即ち神の使徒。


 自らを神に選ばれたと名乗る存在とは訳が違う。たかが一宗教国家の元聖女が口を聞いていい存在ではない。


 アリイはそう言っているのだ。


 神を信じるものならば、神の使いの言葉にも耳を傾けるべき。


 アリイは、アーメスの言葉を利用して自らを神の使徒と名乗ったのである。


 それはもちろん、信仰深いアーメスの逆鱗に触れる。


「勇者が神の使徒だと........?笑わせないでください。神の使徒は天使なのです。清く美しい天使のみが、神の使徒と呼ばれるのですよ」

「フハハ。では、神に選ばれたものはなんと言うのだ?少なくとも、神の信者よりは位が高いと思うのだが」

「神は人に優劣をつけません」

「フハハ。ならば、セリーヌを失敗作と呼ぶな。同じ高さに立つ人間なのだろう?神は人に優劣を付けぬと言うのに、人は人に優劣をつける。人の方が余程神の真似事をしているではないか。人の傲慢さもここまで来ると見物だな」


 苦し紛れの言葉。何を言ってもアリイの方が正論に聞こえるだろう。


 相手の揚げ足を取っての反論。相手が口を開く度、勝利の天秤はアリイに傾く。


(これだから宗教家は嫌なのだ。せっかく楽しくやれていたというのに、この愚者のせいで台無しだな)


「神もきっと、呆れ果てて人を見捨てるだろうよ。何せ、神以上に人は傲慢なのだからな」

「その不完全さこそが神の愛なのです」

「フハハ。流石に苦しすぎるのでは無いか?そんな神の愛を説かれて、誰が神を信仰する。先程から何もかもが滅茶苦茶だぞ?」

「いいえ、私は何も間違っておりません。神は人に試練を与えているのです。不完全で傲慢な人がその傲慢さを無くしたその時、神の愛を受け取れるのですから」


 その言葉を信じるのであれば、最も神の愛から遠いのはアーメスであろう。


 セリーヌを見下し、ましてや失敗作を呼ぶ傲慢さは神の試練に抗っていると言っても過言では無い。


「ならば最も神の愛に近いのはセリーヌだな。傲慢がすぎる先代聖女は、神の愛から最も遠いだろうよ。そんな相手に神の教えを乞いたいと思うか?所詮、貴様は神が何たるかを何も理解していない愚かな人なのだよ。言葉だけの愛を説き、言葉だけの教えを説う。それになんの意味がある?神の意思に抗っているではないか。人の傲慢さを持ってな」

「私も道半ばなのです」

「ならば余計教えを乞う必要は無いな。半端者に教わるほど、愚かなことも無い。セリーヌに謝罪し、二度と我の前にその面を出すな。それが無理だと言うのなら、我が直々に試練を与えてやろう。喜べ、神に選ばれし者が神の試練をくれてやるぞ」

「勇者ごときが神の名を語るなど言語道断!!勇者だから多少の言葉は見逃しますが、その言葉は頂けませんね」


 そう言って杖をアリイに向けるアーメス。その目は、完全にアリイを敵として見なしていた。


 掛かった。


 神を信じるものに最も効果的な言葉は自らを神と呼ぶこと。アリイはニィと白く鋭い歯を見せながら、笑う。


(相変わらず神への盲信者は扱いやすくて助かるな。少し小突けばあっという間に暴力を言う手段を選ぶ)


“チョロすぎて笑えるな”。アリイはそう思いつつ、ダメ押しの言葉を口にした。


「都合が悪くなれば、神の名の元に武力を行使。何が神の教えだ。何が神の愛だ。所詮は都合のいい道具として使ってるだけの偽善者にも劣る屑が。我が天罰を下してやろう。有り難く思えよ?」

「戯言を........!!」


 両手をバッと広げ、ニヤリと笑うアリイ。その姿は勇者ではなく異世界の魔王そのものであった。

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