四角い空と隙間に吹く風

ゆきしたけ

水族館の音

水族館の音1

 ファミレスの中に入ると冷たい空気が体を包んで外との温度差にすばやく順応するかのように久我半紙くが はんしの体は小さく身震いをした。

 来店を知らせる音が鳴り終わる前にやってきた店員が半紙の姿を確認する。ほんの少し秒にも満たない視線が彼の持っている杖に留まったのを半紙は気づいたが、よくある事なので無視をした。店員は笑顔で挨拶をすると何名の来店なのか問いかけてくる。

 「待ち合わせをしてまして先に来てると思うので」

 久我がそう伝えると店員が笑顔のまま店内へと誘導する。全体を見渡せる場所で半紙は目的の人物を探していると相手がそれに気づき手を上げてきた。

 「いました」

 そう店員に伝えると「ごゆっくりどうぞ」そう言って店員が笑顔で去っていく。待ち合わせ相手は壁沿いの一番奥の席におり半紙がそこへ到着すると相手は見上げるように視線を合わせてきた。

 「やぁ久しぶり」

 友人、任海墨花とうみ すみかが静かに言う。目を細めるような笑顔は昔から、彼は真っ黒なインナーに夏を満喫するような赤地に黄色のハイビスカスがプリントされたアロハシャツを着ており下はジーパンにスポーツサンダルを履いている。

 半紙は席に座るとそこから店内の様子をうかがってみる。先程全体を見た時よりも視野が狭く感じたが自分と墨花以外の五人のお客全員の姿は確認できた。

 「久しぶりに来たよ」

 半紙はそう言うとテーブルを挟んで向かいの正面に座る墨花を見た。

 「君はあまり好かないもんね」

 墨花は目を細める。長い黒髪をうなじの上あたりで団子状にしてまとめられており、それが妙に似合っていた。

 「たまにはいいだろ?」墨花が言った。

 「何がだい」半紙が聞き返す。

 「こういう所に来る事さ」

 「好かない場所に来た所でいいものかどうかと言われても。良くは無いかな」

 「人間を見てたら何かいい話を思いつくかも」

 「観察するには席が悪い」半紙は視線だけを少し動かしまた戻す。

 「私と代わるかい? こっちならよく見渡せるよ」

 墨花の声に半紙は首を小さく振って断るとため息をひとつはいた。

 「燃実さんは?」墨花が話題を変えるように聞いてきた。

 「買い物するって言ってたよ」

 「彼女にも会いたかったな」

 「だったらファミレスは選択ミスだったね」

 「今から買い物の手伝いを申し出てみようか」墨花はそう言うと視線だけでどうかな? と尋ねてきたので半紙は緩やかに首を振って見せるとメニュー表を手に取った。ラミネートされたそれは右上部に穴が開いておりそこに通されたリングでひとつにまとめられていた。

 「何か頼んだのか?」半紙は墨花に聞く。

 「まだ何も。ドリンクバーも頼んでない」

 「先に頼んどいてよかったのに」

 「どうせなら一緒がいいと思ってね」

 「ここにはよく来るのか?」

 「いや、ここは美味しくないって有名だから来ない」

 墨花の言葉に半紙はメニュー表から顔をあげると墨花を見る。

 「今から食おうってしてるのになんでそんな事いうんだ」半紙が口をへの字に曲げる。

 「事前に知っておいたほうが心構えができるだろ?」墨花はいたずらっぽい笑みを浮かべそう言った。

 「そもそも、それを知ってるなら待ち合わせ場所別の所にしろよ」

 「これも含めていい気分転換になるかなと思って」

 「……お前そういう所あるよな」

 「どういうとこ?」

 半紙は墨花を睨みながら店員を呼ぶボタンを押した。

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