ヤンデレだった幼馴染から告白された主人公が大学進学を機に歪な同棲を始める話

下等練入

第1話

「ねえ、由貴ゆきは春からどこ住むか決めた?」

「いや……」


 由貴が幼馴染である香織かおりのベッドの上に寝転がりながら本を読んでいると、尋ねられた。


 どこに住むかか……。

 やばっ、早く決めろって言われてたの忘れてた。


「香織は?」

「来週内見行ってくる予定」

「あーそうなんだ……。気を付けて」


 私に訊くだけあってやっぱちゃんと決めてるんだな。

 家探しか……。

 めんどくさい……。

 入学書類も書かなきゃだし……。


 再認識した自分のやらなきゃいけないことの多さに辟易としていると、香織は驚いたような声を出した。


「え? 由貴も来るでしょ?」

「私が?」

「そう」


 由貴が自身に向かって指をさすと、大きく頷いた。


「そもそもそれって私がついていっていいものなの?」


 その言葉を聞いて香織はなに言ってるの?という顔を向けてくる。

 話が通じてないと思った由貴は慌てて付け足した。


「いやだからさ、内見って住む人が行くものじゃないの?」

「由貴も一緒に住むでしょ? 大学一緒だし」

「あーそういうこと?」


 確かに大学は一緒だし。

 まあ私が気が付いたときには同じ大学の同じ学部を受けることになっていたという感じだったけど。

 ただ一緒に住むって約束したっけ?


「そうだよ。受かったら一緒に住もうって受験の時約束したじゃん」


 受験の時。

 受験の時……?


 記憶の引き出しを空き巣のように出してはひっくり返し、出してはひっくり返しと繰り返していると、確かにそんな記憶が断片的に出てきた。


 そういえばそんな約束があった気がする……。

 けどあの時は受験のノリとかそういうつもりでいいよって言ったんだけど。

 ただ今ここで住まないって言ったら、絶対怒るよなぁ。

 お母さんにも早く決めろって言われてるし、一緒に住むってことにすれば一つやることが減るか。


「ごめん、そうだった。ただ……」

「ただ?」


 そう言いかけたところで口を噤んだ。


 いやまだ付き合ってないのに一緒に住んでいいの?なんて訊けるわけないじゃん。

 それにそんなこと言ったら答えなきゃいけなくなる。


 去年の七月、夏休み以降受験勉強で忙しくなるからしばらく会えないと言ったら、突然香織に告白された。

 ただ香織のことを恋愛対象として意識してこなかった由貴が返事をできるわけがない。

 結局それ以上催促してこないことや、彼女との居心地のいい関係を崩したくないという思いから今までずるずると返事を引き延ばしてきた。


「忘れないでよ」


 そっか無意識に春から独り暮らしと思っていたけど、この流れだと一緒に住むのか。

 ルームシェア?同棲?って本当にいいの?。


 小さいころからずっと一緒にいたこともあって、香織の部屋はいつの間にか由貴の部屋と同じぐらいくつろげるようになっていた。

 本棚には何冊も由貴が買った本が刺さっており、クローゼットの中には服が一式入っている。

 この部屋はほぼ二人で共有していると言っても過言ではなかった。


 一緒に住むとなったら部屋に遊びに来るのとは違うよね。

 掃除とか洗濯しないとだし。

 いやそれより、一緒に住むってことはほぼ返事したようになるのかな。

 香織のことは好きだけど、あくまで幼馴染としてだし。


 読みかけのページに栞代わりの指を差し込んで物思いにふけっていると、香織が尋ねてきた。


「由貴ってどんな部屋がいいとか希望ある?」

「どんな部屋ね……。私は特に。まあ強いて言えば、お風呂とトイレがきれいだといいな。あと虫があんまりでなければ」


 あとは出来るなら駅チカって思ったけど、調べてなくても駅から近いほうが高いのくらいわかる。

 あんまり家賃が高いところには住めないし、駅チカで水回りが汚いなら、遠くても綺麗な方がいい。


「なら、どこも大丈夫そうだね」

「よかった」

「月曜日でいい? なにも予定ないよね?」

「予定、ね」


 頭の中に入っているスケジュール帳を開いてみるが、毎日香織と遊ぶ予定が入っているが、遊ぶと言ってもここにきてゴロゴロするだけなので、暇だ。


「大丈夫、空いてる」

「じゃあ月曜日で」

「まあ私は香織の決めた部屋で文句はないから、一人で行ってもいいけど」


 由貴の軽口に対し、香織は真剣な表情で答える。


「ダメだよ、一緒に住むんだし二人で決めないと。それに私一人で行ってる間、由貴は独りになっちゃうじゃん」

「ああ、そうだったね。ごめん。なら私も一緒にいく」

「よかった」


 答えを聞くと満足そうに微笑んだ。


 告白された際、返事を伸ばす条件として二人は五つの約束をした。


 一、振るとしてもいつか必ず返事をすること。

 二、返事を伸ばすなら、それまでは互いを優先すること。

 三、返事より先にほかの人と付き合ったり仲良くしたりしないこと。

 四、振ったら互いに二度と関わらない。

 五、この約束は絶対に破らない。


 四つめの約束がどこまで本気かは由貴にはわからない。

 ただこの約束をした時の香織の口ぶりからは本気で目の前から消えるというのが伝わってきた。


 別に私を独りにしてもなにもしないのに。


 口に出せない不満を視線に乗せてぶつける。


 あの約束をしてしばらくしてから友達は一人また一人と消えていった。

 初めのうちは誰かと遊ぶのを許してくれたが、だんだんと受験勉強してない時間は香織と過ごすようになり、気が付いたときには「由貴はどうせ彼女と遊ぶんでしょ」と言われるようになっていた。


 ただそこで友達を優先したら香織が消える。

 そう思うと、いつの間にか誰かと遊ぶという選択肢は完全に消えていた。

 今考えると体よく彼女自身を人質にされたのだろう。


 振れば香織はいなくなるし、返事を引き延ばしても手放したくないと思う限り誰かと親しくなれない。

 ただ受験の忙しさから約束のおかしさに気が付くことができず、気が付いたときには彼女のいない生活が考えられなくなっていた。

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