バカップルが内見に来た
結丸
第1話
バカップルが内見に来た。
「ねえねえ、見て。ここショッピングモール近いんだ。これなら子ども産まれても買い物楽だね」
「はは、気が早えって」
若いバカップルを車に乗せて、俺は内見の案内をしている。今日は3軒の賃貸を回る予定だ。
礼儀知らずの2人は、運転手など気にも止めずにイチャイチャしている。爆ぜろ、車を降りてから。
オーディオ機器搭載の会社の車。先輩の独断で「I Will Always Love You」のCDが入っている。カップルが内見に来たら頃合いを見計らって流せと指示が出ている。だけどこいつらのためには絶対流さねえぞ。
そうこうしているうちに1軒目に到着した。
俺は車を駐車場に停めて、イチャイチャをやめないカップルを部屋に案内した。
「いかがでしょう。少し手狭ですが、駅とショッピングモールが近いので、生活はしやすいと人気の物件です」
バカップルは手を繋ぎながら部屋を眺める。
なんだ、離れたら死ぬ病気なのか。
「へー、いいんじゃね? 駅近い」
「あ、でもここ縦型コンロだ。あたし横型がいいなあ」
「ははっ、料理とかほとんどしないじゃん、お前」
「……は? あんたが毎朝食べてる朝食は誰が作ってると思ってんの?」
「よ、夜はほとんど作らねーじゃん。そんな怒んなよ」
お、雲行きが怪しくなってきたぞ。
彼女はむすりと不機嫌になり、それから喋らなかった。
□■□■□■
続いて2軒目。
やや気まずい空気の彼女と彼氏に部屋を紹介する。
「こちらは南向きで、日当たり良好ですよ。今話題のクッションフロアです」
「あっ、ここグリルコンロもついてる。いいなあ」
「ここはやめようぜ。近くに客が結構住んでるから」
「……まさか女じゃないでしょうね」
「あ?」
さらに雲行きが怪しくなってきたな。
□■□■□■
俺は3軒目に向かって車を走らせていた。
車内の空気は険悪で、先ほどとは打って変わって静まり返っている。
いやいや、静かでいいなあとか思ってないよ?
ただ、一応俺も仕事だ。
成果を上げるためにも、賃貸に住んでもらわねばならない。
ハンドルを切りながら、2人に向かって話しかけた。
「そういえば、俺この間久しぶりに料理したんですよ。いやあ、味噌汁ひとつ作るのもなかなか美味しくできないんですよね」
「……出汁でけっこう味が変わりますからね」
思ったとおり、彼女さんが反応してくれた。
「でしょー? 彼氏さん、いいなあ。毎朝ご飯作ってくれる彼女で」
「…………」
彼氏の表情に少し変化があった。
よしよし、もういっちょ。
「そういえば彼氏さんは営業マンなんですか? さっき、お客様の近所には住みたくないって言ってたから」
「え、ああ、まあ、はい」
「分かるなあ。休日でもお客様に会うと、無下にできないですもん。彼女さんとの時間、落ち着いて過ごしたいですよね。彼女さんを大事にしてるんですね」
「…………」
今度は彼女の表情に変化があった。
さてここで3軒目、本日最後の内見だ。
「いかがでしょう?」
「……キッチン、広いな」
「ここは、近くにお客さん住んでない?」
お互いに相手のことを考えながら、物件を確認していく。
内見が終わると、2人は手を繋いで車に乗り込んだ。
「よく考えたら、1軒目もよかったかも」
「2軒目も、外出の時ちょっと気をつければいいよな」
「ふふ、ちょっと考えようか」
「そうだな、この3軒のうちのどれかにしよう」
2人の雰囲気は、すっかり元のバカップルに逆戻りだ。
俺はやれやれと息を吐いて、CDの再生ボタンを押す。
えんだあああいやあああと情熱的な声が、車の中に響いたのだった。
バカップルが内見に来た 結丸 @rakake
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