第5話 「説教部屋」

「……ですから王子、いくら始めるための理由が正当であったとしても……って、聞いておられますか? 聞いていただかないとこちらも……」

「あーはいはい、そうだねそうだね。」

「絶対に真面目に聞いておられないではないですか! ……おいお前、お前だ! ハルキットとかいうの! 貴様、筆記試験で首席だったからと言って調子に乗るなよ!」

「ちょっと……俺はちゃんと聞いています。言いがかりはよして頂けます?」


……あの後、俺は人混みに何とか紛れて教員から逃げようとした。そしてその案自体は悪くなかったのだが、想定外の邪魔が入ったのだ。

王子様はあろうことか、俺を売ったのだ。魔力の流れを正確に探知された事でピンポイントで追い詰められ、その結果がこの狭い説教部屋。


「態度がなっとらんと言っているのが分からないのか!」

「ならそう言ってくださいよ。俺は馬鹿なもんで、そんな高尚な事は理解できません。」

「過去最高の点数で筆記試験を通った男が、ほざくな! 今まではそうやって生きてきたのかもしれんが、この校ではそんな舐めた態度は通用せんぞ!」

「へぇ、そんな舐めた態度の人間をこの学校に入れたのはどこの教員だろうな? 面接担当官さんよ。」


……少々強気すぎる態度かもしれないが、俺は破壊行為など一切していないのだからこれで正しい。寧ろ、もっと自信を持った余裕のある態度でいた方がいいとさえ思える。

無論、誰のせいでこうなったかと言えば間違いなく俺だが……とはいえ、あの男以上の被害を出そうとは思っていなかった。俺が何か言われる筋合いなど、何一つ無いのだから。


「お前……! ちょっと王子、あなたからも何か仰られないんですか⁉ 私達が彼を確保することに協力したのは、あなたでもあるんでしょう⁉」

「だからといって、私が何かを言う筋合いはない。それに、私はこの校の施設を破壊した張本人だろう? そんな男に、何を期待しているのやら。」

「……っ、ええい!」


少し、この男に同情しないでもない。彼の置かれた立場と職務を考えると、俺も溢れ出てくるような敬意を抑えるのが精一杯だ。

まあ、それはそれとして無実の罪に対する抵抗はするのだが。

……と、目の前の男の立場になって物を考えていた時。突如、俺たちの後ろの扉が開く。


「……君、後は私に任せなさい。」

「な……っ、学校長殿⁉ いえ、この二人は私が……!」


後ろを取られた、と反射的に椅子から立ち上がりつつ俺は振り向く。そして、そこにいたのは……初老の、男だった。


「構わん。それより、君はクラス分け試験の方に行って手助けをしなさい。なんせ毎年のことながら、生徒が多いのでね。手は一人分でも多い方がいい。」

「しかし!」

「いいから行きなさい。或いは、こう言おう。『この学園の長として命ずる』と。」

「……っ、わかりました! それでは私は、失礼いたします!」


そう言うと、俺たちに説教をしていた男の教員は扉から外へ向けて駆け出す。

……と言う反応を見ても理解できる事だが、彼はかなりの権力者。まあ、学校長であるという事の証明はされたと考えるべきか。

そして、そんな彼が先ほどの教員と同じ位置に座る。さらにそれを見た王子は、驚いて椅子から転げ落ちそうになっていた。


「うぅええぇえ⁉︎ せ、セバスチャン⁉︎」

「おやおや、王子。なにもそう驚かれることはないのではないですか? 私が学校長である事は、すでに貴方にお伝えしたはずです。」

「いや、しかし……!」


どうやら彼は、王子と何か関係があるらしい。側から見ている限りでは、随分と親しそうな様子に見える。


「だいたい、ここでは私に関わるなと言っただろう! 私の言いつけを破るのか⁉︎」

「“セバスチャン”として貴方と関わりを持とうとした訳ではありません。

それに……あれだけの事を起こされれば、私も貴方と話をせざるを得ないのですよ。」


……どうやら王子様は、本当に誰の助けも借りずに学校生活をしていくつもりのようだ。

しかし、今まさにその心づもりを邪魔された……と。まったく、偉いさんというのも大変なものだ。


「ああ、そうかい……で? そんな私にあなたは何を話そうというんです?」

「まあ、色々とございますが……まあ、それはあなたがお住まいにお帰りなさってからにしましょう。」


……おや、話をせざるを得ないと言った割には何もしないのか。まあ、後々の彼が話をされるのは確定ではあるが。


「実は、私がこの部屋に来たのはあなたをお叱りするためではないのですよ、王子。」

「……なんだって? じゃあ何故あなたは、この部屋に来たというんです? 指導をしていた教員を、わざわざ下げさせてまで。」

「そうですね、私の目的は……あなたです、ハルキット君。」

「うぇえ⁉︎ あ、あわぁっ!」


机を掴みつつ椅子の前足を浮かせて遊んでいた俺に、突然の衝撃。

そしてあまりの驚きにより掴んでいた手を離してしまい、椅子の背から地面に叩きつけられてしまった。


「……おやおや、驚きすぎではないですかな?」

「あっははは! いいね、面白いよハルキット!」

「クソ、あんたらなぁ……!」


そんな俺の滑稽な姿を見て、二人が笑った。

そしてそれに少しばかりの恥ずかしさを感じつつ椅子と共に立ち上がると、学校長も今度は真剣な表情を浮かべつつ言う。


「……さて。先ほどもお話ししましたように、私の目的はハルキット君、君と話をする事です。」

「俺が何なんです? 別に俺は破壊行為に加担したつもりはないんですがね。」

「いえ、そうではなく……君の、戦闘能力についての話をしたいのですよ。はっきり言って、君は異常だ。

先程のの一幕、拝見させていただきましたが……幼少期から王宮で訓練を受けてきた王子の魔法を避けきり、さらにはシュゲイルによって強化された斬撃でさえ防いで見せた。」

「まあ、その程度なら危険生物の退治で何度もやっていましたからね。

剣を使ってくる奴もいれば魔法を撃ってくる奴もいるって、あなたもご存じない訳じゃないでしょう?」

「……なるほど。ならば言わせて頂くが、君はそこからまず異常なのですよ。

危険生物の対処は本来、王国軍が担っていた仕事でもある。本来は、君のような民間の人間がやるべき事ではない。

といっても、民間人による対処がある程度推奨されるのが今の制度なのですが……だとしても、君のような若さでそういう行為をしている者はいないのです。」


……危険生物。

生命体が何らかの原因により高純度の魔力と接触したり、あるいはそれを摂取する事で変化した存在の総称だ。

彼らは非常に凶暴で、知覚できる周囲の生命体を襲って食い散らかす事でも知られている。

一説によるとそういう行動は、身体活動に必要とされる魔力を得るためだと推測されているが……何にせよ、危険には変わりない。

だから国が対処しようとした。だが、数が多すぎた。

十数年ほど前から国内外で徐々にその数を増やして来た危険生物に対し、王国軍は苦戦を強いられた。その性質上出現位置が全く予想できず、そのくせして一度の発生でまとまった数が出て来るためだ。

だが、そいつらのために国家に存在する全ての戦力を投入する訳にもいかない。

そこで編み出された苦肉の策が、民間委託だった。

一般人の中に危険生物と戦える者を見い出し、彼らに討伐を行わせ、報奨金を支払う。

まあ、この方策が打ち出された当初は“危険だ”とか“王国軍の仕事だったはずだ”といった具合に批判が殺到したらしいが……

なんでも元々、一般人の中でも危険生物に対処するための戦闘能力を育てていた者がいたらしい。奴らはいつ現れるかわからないから、と。

そしてそんな彼らの力を有効活用する形となったこの方針は、結果的には何とか上手くいったと聞く。それ故の、今の体制だ。


「危険生物に対処できる時点で、兵士とほぼ同等の戦闘能力がある事になる。

何故君が、そんな力を持っているのか……ますます、興味が湧いて来ましたよ。」


……正直、勘弁してほしいんだけどなぁ。

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