第一章 「スタイルゲート魔術学院」
第1話 「自由な空で」
……顔に吹き付ける、湿った冷たい風。
昨晩の雨で、空も地面もまだ水気を残しているようだ。
そんな眼下に広がるのは、ファーメール平原。俺の第2の故郷のようなものであり、飛行訓練をする時の定番飛行ルートだ。
ここは平原というだけあって、大地には穴や膨らんだ地形が存在しない。だから、こうやって見下ろしながらの飛行には最適だ。物にぶつかる可能性がかなり低くなるからな。
「うーむ、あまり風の調子が良くないな……今日の空模様は、飛行には不向きかな。
風も強くなってきたし、そろそろ飯だ。朝の飛行はこの辺りで切り上げて、大人しく家に帰るとしますかね。」
誰もこんな声を聞かない空中であるのをいいことに、俺は少し大きな声で独り言を言いつつ帰路の方に飛行方向を変更する。
そうすると、自然と市街も見えてきた。この国の首都であり、俺たちの住処がある場所……“モサール市”が。
「空からでも陸からでも、いつ見ても壮観だな……ここは。王宮に政府施設の数々、それに大教会ときたものだ。
ま、ああいう高層建築が馬鹿みたいに建っていると飛行の邪魔だがな。この国有数の大都市となれば、そういう状態が当然ではあるんだが。」
まあ、俺の……というか、俺たちの家はそんな街の中心部から少し離れた二階建ての一軒家だ。
故に、こういう市外への飛行に関してはあまり問題にならないというのは救いとも考えられるかな。
「……えぇい、空気が重くて上手く飛行出来ない! やっぱ、水系の魔術も勉強しといたほうがいいかな!
何となくだが、風系と同じくらいこっちも重要な気がしてならない!」
空の状況に由来する速度と旋回の遅さに愚痴を吐きつつ、空を舞って家の前の道まで突っ込んで行ってから急減速。
馬車一台半程度の大きさの道をフルに活用して減速距離を確保し、ふんわりと着地。まあ、これに関してはいつも通りだがな。
そんなどうでもいい事よりも、もっと重要な事がある。
感覚だが、俺は少し朝食の時間に遅れているかもしれない。
小型時計は一度落として大変な目に遭ったので、飛行には持ち出していないから分からないが……多分、そうだ。
「……まあ、行くしかないかぁ。」
仕方ない。だが、覚悟くらいはしておこうか。
深呼吸をして、精神を統一し……家の扉を、開く。
「……ただいま。」
「遅い!」
我が家に帰ってきたと思うと、開口一番これだ。
まあ、俺のせいでもあるから当然といえば当然だが。
「もうご飯できてるんだけど!」
「そうかいそうかい、俺が悪かった。今から行くから、ちょっと待ってくれよ。」
そうして靴を脱ぎつつ、頬を膨らませながらそっぽを向いている同居人の方へ向かった……が、そこで彼女がこちらに顔を向ける。
すると彼女の膨れ顔は、驚きと怒りのこもった表情に変わる。
そして、さっきと同じ声で彼女は言う。
「ちょっ、制服濡れてる! 何やってるのよ、なんでそうなったの!」
「いや、仕方ないだろ? 昨日の雨のせいで湿気ってたんだ、回避不能な事故みたいなものだって!」
「だったらせめて寝巻きで行きなさいよ! なんで今日使う制服濡らすのよ、なんで!」
「いやいや、この位なら行けるって! 大丈夫だからさぁ!」
「何が大丈夫なのよ……! ああもう!」
そんな彼女は放り置き、俺は食卓に座って食器を手に取った。すると、それを見た彼女はまた口を開く。
「ってちょっと、何で勝手に食べ始めてんのよ! 作り手が最初に食べるべきとか、あんたにそういう観念はないの⁉」
「ああ。自分事でなんだが、誠に残念だ。」
「そういう観念を身に着けなさいって言ってんのよ……! 何年言ってきたと思ってんの⁉」
「さあな。もはや記憶がないくらい……と、言っておこうか。」
「んもぉおおおおっ!」
彼女は声を上げるが、俺はそれを気にせず食事を始めた。
「ねえ! ねえ! もおおおおお!」
…そしてそのお味はといえば、最高に近かった。
【◯】
……あの後は結局、特に何もなく終わった。まあ、一旦は……の話だが。
というのも、俺たち二人には揃って用事があった。だから、一旦はお小言が終わっていたんだ。
といっても、今の俺達がいる目的地に到着するまでは小言の嵐だったが。
「……ねえ、本当にわかってる?」
「ああ。もちろんさ、俺を誰だと思ってる?」
「人の話を聞かないし、改善の兆候も見られないような馬鹿なハル。」
「いやいや、そんな事ないさ。俺は話を聞いて理解した上で全く改善をしない、頭のイカれたハルだよ。」
「……だと思った。」
……そうだ、俺の名はハル。本名はリーゼンヴェルト・ハルキット。そしてまたの名を、“自由と狂気のハル”。
このあだ名の由来は、俺の横で歩いている彼女……べルデット・クラウ・フォールズ。彼女が幼少期の俺を、この名で一度ばかり呼んだのが始まりだ。
「さっすが入学試験首席の、自由と狂気のハル様。
誰の助けで勉強したのかわかってる? 誰のおかげで暮らしてると思ってるの?」
「……そりゃあ当然、危険生物の退治で金を稼いでる俺のおかげで……」
「私のおかげに決まってるでしょぉ! 住居も生活費も誰が出してると思ってるのよ!」
「おい、それはお前の親御さんから出して頂いてるものであってお前のおかげじゃない。自分の立場をわきまえて発言しろよ。
それに、そんなにでかい声を出すなよ。見られてるぞ、お前。」
「誰のせいよ、誰の!」
まあ俺たちが見られているのも、当然といえば当然だ。
今の俺達が口喧嘩をしている場所は、この国有数の“魔法士”育成機関であり俺たちが今から入る学校でもある、『スタイルゲート魔術教育校』の眼の前なのだからな。そりゃあ生徒がいるわけだし、嫌でも目立つ。
特に今日……入校式の、この日では。
「こんな場所でもまだ俺にネチネチと厭味ったらしい事を言い続けた、他でもないお前のせいだな。」
「清々しいほどの責任転嫁!」
……魔術、というものがある。
体内から湧き出る、形もなく見えない謎の存在。しかし、それを現象として現実に顕現させる方法を見つけ出した者がいた。その方法というのが魔術であり、その謎の存在というものが魔法だ。
そしてその教えによってこの国は豊かになり、人々はさらなる力を手にし、この国は魔術大国へと進化した。
そういう背景があってできたのが、こういう魔術教育校という存在だ。地域レベルでしか行われていなかった魔術教育を国営事業とし、民間での教育施設や国営教育校が設立されたのが、もう百年も前の話になろうか。
「……ねえ、本当に大丈夫なの? 魔術教育校って、私達が通ってたような地域の教育とは比べ物にならないってよく聞くよ?」
「おいおい、首席様にそれを言うか? 筆記試験47位さんよ。」
「ちっ……! もう、なんなのよ!」
という具合に俺がベルデットを軽くあしらいつつ、試験の内容を軽く思い出していた時。
公衆の面前で騒いでいたからか知らないが、何か面倒そうな奴がこっちに向かってきている姿が視界に入った。
「……おい、うるっせえぞてめえら。」
そう言いながら近づいてくるのは、肌の浅黒い金髪の男。俺と同じくらいの身長だが、ガタイは俺の方よりも少し大きく見える。
そして、俺たちにもスタイルゲート側から支給されている生徒用の鞄を肩がけに持っているようだ。まあ、それは俺もなのだが。
……ベルデット曰く“手提げ鞄としての運用を想定されているものを、わざわざ肩に乗せるのは良くない”ということだったが……まあ、それはいい。
とにかく、趣味が合いそうなやつだってことは分かった。故に俺は気さくに、初対面の相手だからと萎縮することなく話しかけた。
「よお、あんた。あんたもここの新入生かい? そうだってんならお互い、仲良く……」
「寝ぼけてんのか? お前。この俺の前で随分と騒ぎ立ててくれやがって。
舐めてんのか、おい。こっちは貴族なんだよ! お前ら平民とは、身分が違うんだ!」
そう怒鳴りたてながら、彼は近くにいた俺の胸ぐらをつかんで引き上げる。
……どうやら俺と彼との初遭遇は、一筋縄では行かなそうだな……。
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