30歳までに童貞を卒業すると死んでしまう王子、隣国の公爵令嬢をお持ち帰りする
高岡未来@9/24黒狼王新刊発売
第1話
「リセラ・ダンヴァース! 貴様のような性悪娘とは今日を限りに婚約を破棄する!」
それはレンフェルが招待された二か国合同で行われた魔獣討伐の祝勝会での一幕であった。
大広間に声をとどろかせるのは、ウォリン王国の王太子フィリップ。隣には薔薇色の髪の少女を従えている。否、抱きかかえるようにその背に腕を回している。
「おまえが、このスザンネに行った数々の嫌がらせ。全部僕の耳に届いているのだぞ。どうせ僕がスザンネに優しくするから嫉妬をしたのだろう」
フィリップが指を突きつけた先にいるのは一人の女性。薄い金髪をゆるく結い上げた濃い青色のドレスを纏う娘だ。詳細な年の頃はあいにくと分からないが、婚約を破棄すると彼が言ったのだから、まだ年若いのだと思われる。
一方的に糾弾されている彼女は、何も発しない。
「ふん。言い訳もできるか」
「い、いえ……。とんと身に覚えがないので、どう説明したらいいのかと」
「ようやく口を開いたら、なんとお粗末な言い訳をするのだ」
「殿下が何か口にしろとおっしゃったので……」
「うるさいっ! おまえはいつもそう小癪なのだ。本当にそういうところだぞ!」
フィリップが煩わしそうに手のひらを振った。
「もういい。おまえのような娘は僕には似合わない。僕は今日を持っておまえとの婚約を破棄して、このスザンネを新しい婚約者に迎え入れる! おまえの顔など見たくもない! 宮殿から出て行け」
「で、出て行けとは……?」
「言葉の通りだ。今おまえが所属している王宮魔術師団もクビだ! おまえの代わりなどいくらでもいる!」
フィリップは一方的に宣言をすると、隣の少女の肩を大事そうに抱きかかえて去っていった。
ざわざわ。聴衆たちが囁き始める。
「ダンヴァース公爵家の長女だろう? 長い間殿下と婚約状態でいつ結婚式を挙げるのだと思っていたのだが――」
「まさか妹の方を大事にされていらっしゃったとは」
「見ろよ、リセラ・ダンヴァースのあの顔。振られたのだというのに顔色一つ変えやしない」
「あれじゃあ殿下に見限られても仕方がないなあ。可愛げってものがない」
遠慮のない言葉の数々に、見たくもないものを強制的に見せられたレンフェルは「ちっ」と舌打ちをした。
それを聞いた招待客があからさまに距離を取る。
レンフェルの視界の先で、件の少女リセラ・ダンヴァースが動いた。
彼女は堂々と歩き出す。
動向を窺っていた出席者たちが気圧されたように彼女のために道を開ける。
リセラは彼らの誰一人とも視線を合わせずに大広間から出て行った。
皆が呆気に取られる中、レンフェルの隣に佇むパトリックが「なんなんだ……」と呟いた。
「この場は、我がハークウェルム王国がこちらのウォリン王国たっての希望によって魔物討伐を協力した先の掃討戦の祝勝会……。そのような場であのような茶番をするなど……。まだレンフェル殿下への謝辞の言葉すら賜っていませんが」
彼がこう言うのも仕方がない。祝勝会が始まって早々にフィリップが一人の少女を伴って入場し、客人であるはずのレンフェルたちへの挨拶もないままにあのように一人の女性を糾弾し始めたのだから。
「品性を疑うな」
レンフェルは吐き捨てた。
「今日は魔物討伐に参加した騎士たちを慰労する場だ。誰か一人を貶める場所ではない」
その声は存外に多くの者の耳に届いた模様だ。
気まずそうに視線を逸らすのは、リセラのことを面白おかしく話していた連中だろうか。
声の主が隣国の王子だと知って気まずくなったのかそそくさとその場から離れる始末。
だったら最初から口にしなければいいのだ。
とはいえ、微妙な空気を作り出したのはレンフェルも同じこと。
嘆息一つ吐いたレンフェルは大広間をあとにした。
何となく、先ほど一方的に糾弾され傷つけられた少女のことが気になったからだ。
彼女を探してどうしようというのかも分からないのに気にかけてしまうのは、フィリップのやり方が気に食わないからだ。
婚約を破棄したいのならもっと穏便に済ませればいい。
何もこのような無関係の聴衆が大勢いる場で、仮にも己の婚約者を貶めなくてもいいではないか。
独り取り残されたリセラが好奇の的にさらされることなど予測もつくだろうに。
(つまりはあの子を笑いものにしてやりたかったってことだろう? 性格が歪みすぎだろうが)
むかむかしてきた。おそらく私情も入っている。こちとらわけあって二十六になるというのに婚約者を持つことすらできない身の上だというのに。あの男は婚約者がいる身でありながら別の女性と懇意になった挙句に、自分のことは棚に上げて聴衆の面前で、その婚約者の品位を貶めたのだ。
いくつかの続き間を覗いては歩いてを続けていると、バルコニーに抜けるガラス戸が空いている箇所があった。
(見つけた……)
一人の少女の後ろ姿が見えた。背格好からリセラ・ダンヴァースと見当をつける。
「こんばんは。……月がきれいですね」
なんて話しかけていいものか分からずに、夜空を飾る白い輝きを話題に出した。
我ながら気障だったか。口から出てしまったものは仕方がない。無視をされればその場から立ち去ろう。己は部外者なのだから……。
だが、彼女が振り返った。
バルコニーを彩る最低限の明かりに、リセラが映し出される。
「こんばんは」
小さな声には僅かばかり感情が乗っているようにも思えた。
レンフェルの目の前でリセラが幾度か瞬きをする。何かをこらえるように。
「すみません。わたしはもう行きますので、ごゆっくりなさってください」
「違う。追い出すつもりはなくて……ええと、その――」
レンフェルは己の無神経さを呪った。
あの場でしっかりとした受け答えをしていたからといって、彼女が何も感じていないなどということはなく、傷ついた心を見せないようにと必死だったことに今更ながらに思い至る。
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